第48話 『竜帝』、来たる

 急降下してきたメルの拳が、隕石の如き威圧感を放ちながら、暁の頭上に降ってくる。

 暁は、それを後ろに跳んで回避した。

 目標を逃した拳は、潔く地面に到達し、凄まじい轟音と共に大地を隆起させた。

 メルは舌打ちをすると、突然暁に向かって背中を見せる。

 背中には、先ほどまで宙を舞うために振るわれていた漆黒の翼がある。

 しかし、暁の視界に入ったのはそれだけではない。

 スカートの下からイチゴ柄の下着と共に顔を出したのは、丸太ほどの太さはある巨大な尻尾だった。

 その尻尾が、ルビーのような鱗を光らせて、バットの如くフルスイングされる。

 流石の暁もイチゴパンツには目もくれず、すぐに屈んで尻尾を避ける。

 尻尾は暁の髪を掠りながら空を切った。

 暁は屈んだ姿勢から腕の力を使って背後に跳び、メルとの距離をとる。

 防戦一方で避けるばかりの暁に、メルはしびれを切らした。


「てめぇ! さっきから逃げてばっかりじゃねぇか!! 『容赦しない』って言葉は嘘だったのか!?」


 メルの言葉に、暁は「うーん」と何か含みのある唸り声を出した。


「なんだよ……」


「いや……僕もさっきは頭に血が上ってあんなこと言ったけど、やっぱり君の言う『理由』が気になってさ。どう考えても、君から恨みを買った覚えがないんだよね」


「なにぃ?」


「その理由もはっきりしないのに、戦うというのもねぇ……?」


 そう言って首を傾げる暁を見て、メルは呆れた。

 命を狙われているというのに、その命を狙っている相手の事情を気にするとは。

 とんだ甘ちゃんである。

 メルには先ほど見せたあの眼光は気のせいだったのかと思えてきていた。


「ふざけるなっ!!」


 未だに煮え切らない暁に対し、メルはさらに苛烈な攻撃を加えようと息を吸い込み始める。

 しかし、メルは途中でその動きを止める。

 暁の頭上に現れた者の存在に気づいたからだ。

 メルはその人物を見て、固まってしまった。

 メルの不審な様子を見て、暁も自分の頭上にいる人物に気がつき、目をパチクリさせた。


「あなたは……『赤銅色の魔王』!」


「久しいな……『灰色の魔王』」


 『赤銅色の魔王』―――――アルドラゴ・レクスレッドはその荘厳な雰囲気を漂わせ、天空という玉座に座していた。

 メルは、突如として現れた父の姿を下唇を強く噛みながら、睨み付ける。


「親父……」


「やはりここにいたのか……さぁ、帰るぞ」


「いやだね!! 俺はこの野郎をぶっ殺すまで帰らない!!」


 牙を剥き出しにし、メルは暁を指差す。

 そんな娘の様子を、アルドラゴは眉ひとつ動かさず、ジッと見据えた。


「メル……お前の意見は聞いていない。


「っっ!!!!」


 突然、メルの全身から力が抜ける。

 糸の切れたマリオネットのように、メルは膝から崩れ落ちた。

 アルドラゴの発する凄まじいまでの圧力に、メルは刃向かう力を完全に押し潰されていた。

 その威圧感は、傍目から見ていた暁も肌に突き刺さるように感じていた。

 あれほど傍若無人に振る舞っていたメルをいとも簡単に黙らせたのだ。

 その力を目の当たりにして、暁は改めて彼が『竜帝』と呼ばれる所以ゆえんを認識した。


(流石……『竜帝』の名は伊達じゃないってわけだ)


「迷惑をかけたな『灰色』。損害についてはまた後日話し合おう。今はこの娘に灸を据えねばならんのでな」


 空という玉座から降りてきたアルドラゴは、メルを連れ立ち、再び空に上がろとする。

 しかし、立ち去ろうとする二人を暁は逃さなかった。


「ちょっと待ってくださいよ。こっちは命を狙われた上に大事な臣下まで好き放題やられたんだ。『じゃあ、後で』と言われて『はい、わかりました』って訳にはいかないでしょ。今回の一件、言い換えれば、『第一区の魔王が他区の魔王の命を狙った』も同然だ。そんな軽く済む話じゃない。それは貴方が一番よくわかってるはずじゃないですか? ねぇ、『赤銅色の魔王』?」


「…………何が言いたい?」


 暁とアルドラゴ。

 二人の視線が交差する。

 二人の魔王の間に、鉛のような沈黙が重くのし掛かる。

 その沈黙を破ったのは、暁の方だった。


「とりあえず…………そこの喫茶店で話を聞かせてもらおうかな。もちろん、彼女も同伴の上で」


「はぁっ!?」


 暁の提案に、メルの方が驚きの声を上げる。

 『竜帝』である父を喫茶店に誘う者など、同じ魔王と言えど聞いたことがなかった。

 誘われた当のアルドラゴは、相変わらず表情を崩さずに暁を見る。


「何言ってやがんだテメェは!?」


「それが飲めないなら、この件はもっと大事おおごとにさせてもらう。もうドロッドロの泥沼に引きずり込んで、さらにややこしい話にするけど……それでも構いませんね?」


「テメェッ……!!」


 メルは怒りで歯を噛み鳴らす。

 この男はあろうことか『竜帝』と呼ばれる最強の男に脅しをかけているのだ。

 そして、自分の浅慮せんりょな行いがこの状況を生み出してしまっただけに、メル自身強く言い返せずにいた。


「……わかった。話をしよう」


「親父!?」


 歯痒い思いをしている自分を尻目に、父はあっさり暁の要求を受け入れた。


「それは良かった。じゃあ、少しばかりお待ちを。臣下彼女たちの手当てをしてからゆっくり話をしましょう」


 そう言うと、黙って腕を組み立つアルドラゴと、ギリギリと歯を鳴らすメルを尻目に、暁は懐から携帯を取り出すと、ムクロに連絡を取り始めた。

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