第46話 暴竜の少女

「ふっ……かかってくるからどれほどのものかと思えば……」


 痙攣しながらうずくまる姫乃に対し、少女は吐き捨てるように呟く。

 少女は姫乃の長い銀髪を掴み、乱暴に引っ張り起こした。

 髪を引っ張られた痛みに、姫乃の表情が歪む。


「っ……貴様……!」


「ほう……まだそんな表情ができるのか……今も隠れてるどこぞの腰抜けよりも俺好みだ。だが…………」


 痛みに堪えつつ、自分を睨み付ける姫乃に対し、少女は軽く手首を捻る。

 すると、髪をさらに引っ張られた姫乃は苦悶の唸り声を上げた。


「俺が用があるのはその腰抜けの方だ。見たところお前はヤツの臣下ヴァーサルのようだからな……ヤツを誘き出すための餌になってもらう」


「……ぐっ!」


 少女の指が、姫乃の白く細い首を這う。

 撫でるように皮膚をなぞっていたかと思うと、その指先に力を込め、食い込ませた。


「がはっ…………!」


「さあ! どうだ『灰色の魔王』!! このまま出てこなければ、お前の臣下の首をへし折るぞ!!」


 首だけを持って、姫乃を持ち上げた少女は声高に叫ぶ。

 何事かと校舎から何人かが顔を出すが、暁の姿は見られない。

 少女は指先にさらに力を込める。

 姫乃の白く細い首が、赤みを増しながら変形する。

 姫乃の口から、声にならない叫び声が上がった。


「どうした!? お前の大事な部下が苦しんでるぞ!? このまま見殺しにするか腰抜け!!」


「あっ……ぁぁ…………!!」


 苦しみもがきながら少女の腕を掴んでいた姫乃の腕が力なくぶら下がる。

 姫乃がそのまま意識を失おうとする寸前、少女の指先から力が抜かれ、姫乃は地面に倒れた。


「がはっ……がほっ……がっ…………!!」


 姫乃は咳き込みながら、朦朧とする意識で必死に状況を把握しようとする。

 姫乃が前を見上げると、不遜な態度で仁王立つ金髪の少女と、その背後に立ち、アルマ・リングを向ける暁の姿があった。


「腰抜けのくせになかなか出てくるのが早かったじゃないか?」


「君みたいな美少女に呼ばれれば喜んで出てくるさ」


 少女は顔は前に向けたまま、背後にいる暁に視線を向ける。

 自分に向けられているアルマ・リングの宝玉を見て、少女は鼻で笑った。


「まさか、そんな玩具おもちゃで俺に対抗しようってのか? 嘗められたもんだぜ」


「まさか。竜人ドラゴニュートの君に効果がないことくらいわかってるさ」


「ほぅ……それがわかっていながらここに来るとは、お前はよほどのバカみたいだな」


「バカなのは否定しないけど、残念ながら僕の目的は君を倒すことじゃない。ただの時間稼ぎさ」


「何……?」


「チャージに時間がかかるんだ。だから、すぐに駆けつけられなかった」


「お前……一体何を言って……」


 少女の言葉を遮るように、一筋の閃光が走り、少女の体を彼方へと吹き飛ばした。

 少女がいた場所には、一筋の残光だけが残り、その数十メートル先で巨大な爆発が巻き起こる。

 その爆発を見て、暁は感心するように口笛を吹いた。


「流石新型の機工義肢オート・リブ。すごい威力だな」


『大丈夫暁ちゃん!? 怪我はない!?』


 耳につけた通信機から、ふらんの声がする。

 暁は別の校舎の屋上に視線を向けると、ヒラヒラと手を振って見せた。


「大丈夫だよふらん。照準バッチリだ」


『良かった……姫ちゃんと神無ちゃんは!?』


「そっちも大丈夫。虫の息だけど。とりあえず


『えっ……どうして……?』


「当然……からさ」


 暁の言葉通り、爆炎を振り払い、翼を広げた少女が空へと舞い上がる。

 ドレスの所々は焼けて破れているが、少女の透き通った肌には傷一つついていなかった。

 しかし、その顔は先ほどまでの油断した不遜なものではなく、明らかに怒気を孕んだ表情をしていた。


「あれだけの攻撃を受けて大した傷もなし……まったく恐れいるよ」


「……油断していたとはいえ、よくもやってくれたな。おかげで服が焦げちまった」


「君は一体何者だ? それほどの力だ。ただのデモニアではないだろ?」


 暁の問いかけに、少女はフンッと鼻を鳴らす。

 ドレスの焦げた煤を払い、少女は暁を睨み付けた。


「いいだろう、教えてやる。俺の名はメル。メル・レクスレッド」


「何……『レクスレッド』? まさか……君は!?」


「そうだ……俺は『赤銅色しゃくどういろの魔王』、アルドラゴ・レクスレッドの娘。そして……次期魔王だっ!!」


 少女――――メルは大きく翼を広げ、叫ぶ。

 地面が、空気が、そして暁たちの体が、声と共に放たれた魔力によって激しく震えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る