第25話 想定外

 バイクは一直線に三人に向かってくる。

 しかし、先ほどまでのスピードは出ていない。

 せいぜい普通のバイクくらいの速さだ。

 三人にとっては避けることなど容易い。

 現に三人はかなり余裕を持って避けることが出来た。

 それぞれが他方に跳び、着地すると次の攻撃に備えて身構える。

 だが、首なしライダーの次の行動は三人の予想の外であった。

 首なしライダーは暁たち三人のうち誰にも追撃を加えることなく、その場に留まりフロントタイヤを軸に独楽こまのように回り始めた。

 摩擦熱によってリヤタイヤから出た煙が、辺り一面に立ち上り始める。


「アイツ……一体何をしてるんだ?」


「『マックスターン』っていう技だ。けど……なぜ急に……」


 首なしライダーの不可思議な行動に一同が訝しんでいるうちにも辺りは煙に包まれていく。

 首なしライダーの回転する速さが上がるにつれて、煙以外にも周囲にある変化が表れ始めた。

 その変化に最初に気づいたのは、暁だった。

 初めは夜風のせいだと思っていた。

 しかし、辺りの落ち葉や塵が不自然に宙に巻き上がり始めていることに暁は違和感を覚えた。

 まるで渦を巻くように宙に巻き上げられている。

 つむじ風が起こっているわけでもないのにだ。

 渦巻きながら舞い上がる落ち葉や塵を見て、暁はようやく首なしライダーのやろうとしていることを看破出来た。


「姫ちゃん! ふらん! ここから離れるぞ!!」


「え!?」


「どうしたんだ急に!?」


「説明してる時間はない! 早く『ヴァナルガンド』に乗って!!」


 暁のただ事ではない様子に、姫乃とふらんは理由を聞くことを止め、すぐに指示に従う。

 暁は二人が『ヴァナルガンド』に乗ったことを確認するとアクセルを全開にし、すぐに首なしライダーから距離をとる。


「一体どうしたの暁ちゃん!?」


「くそっ……新妻さんにも連絡しないと……アイツとんでもないこと始めやがった!」


「一体何のことを言ってるんだ!? アイツは一体何を始めたんだ!?」


「説明するより後ろを見た方が早いよ!」


 携帯で新妻に連絡を取りながら、暁が叫ぶ。

 二人は言われるまま、背後で遠ざかっていく首なしライダーの方を見た。

 そして、視界に飛び込んできた光景に二人は目を見開く。

 二人の背後に首なしライダーの姿はない。

 正しくは首なしライダーの姿を確認することが出来なかった。

 何故なら、巻き上がる粉塵と煙によって出来た巨大な渦によって視界を塞がれているからだ。

 渦は天にまで届く程の高さとなって、周囲の物や建造物を渦の中に飲み込み、暴風という名の牙で噛み砕いていた。

 驚き言葉を失う二人の傍で、暁は電話口の先にいる新妻に向かって声を荒げる。


「新妻さん!? すぐに七曼しちまん通りの立ち入り禁止エリアを拡大して民間人の避難誘導を! そこからでも見えるだろ!?」


 暁は背後からの荒れ狂う暴風に一瞥し、舌打ちをした。


「アイツ…………竜巻を起こしやがった!!」



 ※



「……さて、どうしたもんかね」


 数十キロ先で立ち上る竜巻を、一棟のビルの上から眺めて暁は呟いた。

 あれから竜巻は一定の規模に達すると、その場から動くことなく周囲の物を巻き込み次々と砕いていた。

 神無との挟撃、発信機と様々なことを想定していくつかの手立てを準備していた暁だったが、この展開は流石に想定していなかった。

 不幸中の幸いというべきか、発生した竜巻は移動する様子を見せないので、これ以上被害が拡大する心配は薄そうだが、だからといって悠長に自然消滅を待つわけにはいかない。

 どうにかあの竜巻を止める術はないかと暁は思案に暮れていた。

 悩む暁を見かねて、姫乃がある一つの提案をした。


「暁、『ドラクレア』で切り裂くことは出来ないのか?」


 『ドラクレア』はあらゆるモノを切り裂く魔剣だ。

 特に魔力を帯びたモノにその効果を発揮する。

 見たところあの竜巻もただの竜巻ではなく、魔力によって発生し、魔力を帯びた竜巻だ。

 『ドラクレア』の刃は効果的であるはずだと姫乃は考えたのだが、暁はすぐに首を横に振った。


「規模がでか過ぎる。流石に『ドラクレア』でもあれを切り裂くのは難しいだろう」


「じゃあ、何も打つ手は……なし?」


「まあ、あるとしたらあの魔力の暴風を掻い潜って、竜巻の発生源そのものを叩くことが出来ればあるいは……」


「それが出来ていれば、こんなに悩む必要はないのだがな……」


「せめて、あの竜巻の力が弱い部分があれば……」


 暁がそこまで言うと、再び三人の間に沈黙の時間が流れる。

 三人が必死に打開策を考える中、鈴のような声がその沈黙を破った。


「あるよ。あの竜巻の弱点」


「え!?」


 三人は驚き振り返る。

 三人の振り返ったその先には、神無が息を弾ませながらそこに立っていた。

 恐らく急いで駆け付けたのだろう。

 額にうっすらと汗を滲ませながら、神無は三人に駆け寄った。


「神無……?」


 神無の姿を見て、暁は言葉を失う。

 ふらんもまた、口を手で覆い、何も言えずにいた。


「神無……お前……!」


 姫乃はわなわなと唇を震わせ、慌てて神無に歩み寄ろうとする。

 そんな姫乃を押しのけて、暁は神無の肩を両手で掴んだ。


「……神無……」


「暁ちゃん……?」


 突然両手で肩を掴まれ、神無は小首を傾げる。

 そんな神無に対して、暁は声を震わせながら、絞り出すように、しかし力強く呟いた。


「……あざっす……!!」


 姫乃は神無の肩を掴む暁の首に向かって、その長く綺麗な脚を生かした回し蹴りを見舞う。

 首から鈍い音を発しながら、暁は蹴り飛ばされ、顔面を固いコンクリートの床に叩き付けられた。

 首を押さえ、悶絶する暁を無視して、姫乃は着ていた自分の上着を神無に差し出した。


「神無……服を着なさい」


「わふ?」


 神無は犬のような声を出すと、さっきとは逆方向に小首を再び傾げた。

 完全な狼形態に変化した際に、神無の身に着けていた衣服は破け、今神無はその健康的な肢体を惜しげもなく晒していた。

 僅かに汗ばんだ褐色の肌が妙な色気を発している。

 姫乃に蹴られ、悶絶しながら痛みにのたうち回る暁だったが、その表情は泣き顔半分、もう半分はいやらしい下卑た笑みを浮かべていた。

 そのことに気づいた姫乃は更に暁の顔を側頭から踏みつけた。

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