第24話 魔剣『ヴァナルガンド』

「追いついた! こいつが『首なしライダー』か!!」


 青い巨大バイク――――魔剣『ヴァナルガンド』に跨り、隣を走る異形のライダーを見て暁が叫ぶ。

 確かに写真で見たように首から上が青白い炎となっていて、本来存在するはずの頭部が見当たらない。

 格好も例の特撮ヒーローを真似たものだ。

 くだんの首なしライダーで間違いないだろう。


「それじゃあ、コイツの動きを止めるとしますか!」


「止めるってどうするつもりだ!?」


 暁の後ろに座る姫乃から当然の疑問が上がる。

 『ヴァナルガンド』の大きさならば、少人数ならば同乗することが出来る。

 現に今、姫乃の他にもその横にふらんも掴まるようにして乗っていた。

 無論、彼女たちがデモニアだからこそこのように平然としていられるだけで、常人ならば掴まっているのがやっとの速さではあるのだが。

 そう、相手も含め、今暁たちの乗るバイクの時速は軽く千キロメートルを超えている。

 そんな音速を超えた物体をどうやって止めるのか。

 疑問を投げかける姫乃に対し、暁はニヤリと思惑ありげな笑みを返した。


「簡単な話さ! もう少しだから……二人とも、フォローよろしく!!」


「はぁ!?」


 姫乃の間の抜けた声も聞かぬまま、暁は更に『ヴァナルガンド』のスピードを上げる。

 かと思うと、ハンドルを横に切り、隣を走る首なしライダーに思い切りその巨大な車体をぶつけた。

 巨大な車体に押され、首なしライダーのバイクは玩具のように宙に浮き、回転する車体でガードレールをへし曲げると、一棟のビルの一階に突っ込んでいった。

 ガラス片や砕けた建物の破片が辺り一面に飛び散り、周囲は酷い有様になっていた。


「……っとまぁ、こんなもんよ」


「バカたれ!!」


 『ヴァナルガンド』を止め、得意げになっている暁の後頭部に姫乃は拳骨を入れる。

 音速で車体をぶつけたため、危うく暁たちも横転してしまうところを、姫乃の糸とふらんの馬鹿力で無理やり体勢を立て直し、何とか事なきを得ていたが、一歩間違えれば三人とも危ない状況だった。


「痛っ……何すんの姫ちゃん……タンコブ出来たよタンコブ」


「タンコブで済まないところだったんだぞ! 三人ともな!!」


「だから『フォローよろしく』って……」


「あんなギリギリで言うな!! もし私たちが失敗したらどうするつもりだったんだ!!」


「それは大丈夫。二人は絶対に何とかしてくれるって分かってたからね」


「んぐっ……」


 暁の真っ直ぐな視線に姫乃は言葉が出なかった。

 暁は自分たちが何とかしてくれると本気で思っている。

 そこまで信頼されていることを示されると、姫乃としては何も言い返せなかった。


「でもでも! 上手くいったし、幸い他の人に被害はいってないし! 姫ちゃんもそれくらいで……ね?」


 二人の様子を見かねて、ふらんが助け船を出した。

 姫乃は掴んでいた暁の胸元から手を放すと、決まり悪そうな顔をした。


「それにしても変だね……何でここだけ人が全然いないの?」


 ふらんは不思議そうに周りの様子を窺う。

 現在、午後九時を少し過ぎた頃。

 人気ひとけがなくなるには早すぎる時間帯だ。

 なのに、ここら一帯から人の気配が全くしない。


「当然だよ。新妻さんに頼んでここら半径十キロは避難勧告と立ち入り禁止令を出してもらってるからね」


「え!?」


 しれっとそんなことを述べる暁に、ふらんは思わず声を上げる。


「暁ちゃん……いつの間に……」


「そうでもしなきゃ周りへの被害を気にして、こんな大捕り物は出来ないからね。優先すべきは臣民の安全だよ」


「しかし、よく立ち入り禁止エリア内でヤツを止めることが出来たな。運がいい……」


 溜息をついて感心する姫乃に、暁は「ちがうちがう」と手を横に振った。


「『運がいい』んじゃないよ。ここ以外にも複数立ち入り禁止エリアを準備してたんだ。あとはコイツを見ながら、近くの立ち入り禁止エリアでヤツを止めればいいってだけの話だよ」


 そう言いながら、暁は携帯端末を取り出し、二人に見せる。

 作戦決行前に新妻にも見せていた地図アプリが表示されている。

 その地図の中には、円で囲まれたエリアと赤い点が表示されていた。


「この円が立ち入り禁止エリア。んで、この赤い点が『首なしライダー』だよ」


「発信機か」


 暁が神無に指示していたのは挟撃のための追跡と、この発信機をつけることの二つだった。

 神無は最初に『首なしライダー』と相対した時、攻撃と同時にこの発信機をヤツの体に付けていたのだ。

 あとは、その発信機を頼りに『ヴァナルガンド』で追跡してきたというわけである。


「相変わらず用意周到だな……そういうところは感心する」


「お? 惚れ直したかい?」


「くたばれ」


 姫乃はそっけなく返してはいるが、内心では感心を通り越して呆れていた。

 確かにここまで用意周到に準備をし、その思惑通りに事を運ぶ暁の力は驚くべきことである。

 さっきのバイクをぶつけるのにしても、限られたエリア内で音速を超えた物体に音速を超えた物体をぶつけるのだ。

 恐らく『首なしライダー』を視認し、実際の速さを確認してから即座に計算し、立ち入り禁止エリア内に被害が収まるように速さを調整しながらぶつけたのだろう。

 そんな神業のようなことを魔力を持たない人間の暁が平然とやってみせたのだ。


(人知を超えているという点では、私たちとそう変わらんな……)


「姫ちゃん姫ちゃん、何ボサッとしてんの。アイツを取り押さえるよ。まぁ、あの速さで横転したんだ。恐らく気を失ってるだろうけど」


「ん……あぁ……そうだな」


 暁に呼びかけられ、姫乃は自らの思考の中から戻って来た。

 姫乃は指先から糸を出し、もうもうと土煙の立ち込めるビルの中に糸を伸ばす。

 すると、その糸や土煙を払いのけて、白銀の影がビルの中から飛び出してきた。


「何!?」


 白銀の影は三人の頭上を飛び越え、地面に着地する。

 三人は影の降り立った方に振り返った。

 三人の視線の先にいたのは、服が所々破れた傷だらけの首なしライダーだった。

 バイクも所々が破損し、フロントライトの片方はつぶれ、フロントフォークも歪んでいる。

 最早走れる状態ではないにも関わらずあれだけの跳躍を見せたこと以上に三人を驚かせたのは、首なしライダーの異様な魔力だった。

 傍目はためから見ても、異様なほど魔力が高まっている。

 それを示すかのように、首の炎がより激しく、大きく燃え上がっていた。


「コイツ……これだけの魔力を……」


「でも、何か様子が変だよ……?」


「ああ……アイツから意識を全く感じない。気を失ってるのは確かみたいだな」


「気を失って、魔力のたがが外れたか……」


 三人は身構える。

 首なしライダーから意識は感じられない。

 しかし、感じられる魔力は明らかにこちらに敵意を向けていた。


「……来るぞ!」


 暁が叫ぶと同時に、首なしライダーのバイクの乾いたマフラー音が響く。

 暴れ馬のようにその車体を躍らせながら、首なしライダーはエンジンを全開にした。

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