第4話 デモニア
ムクロの案内で志歩は大広間に通された。
大広間に入ると年季の入った木製の長机があり、席につく三人の人影が見える。
その中に姫乃の姿があり、志歩は思わず駆け寄った。
「紅神会長!」
「双崎さん、もう体の方は大丈夫?」
「はい……ありがとうございます」
姫乃は駆け寄ってきた志歩を温かく迎える。
首の怪我以外何ともなさそうな志歩に、姫乃は安堵した。
志歩の方も姫乃の姿を見て安心したのか、表情から緊張の色が薄らいだ。
緊張が和らぎ、気持ちに余裕が出来た志歩は、姫乃と同席していた二人の顔を見る。
二人の顔を見て、志歩の両目は驚きで大きく開かれた。
一人は、艶やかな黒髪をショートにした褐色肌の少女。
もう一人は、葵色の長髪に陶器のように白い肌をした少女。
片や活発そう、片や内向的そうと対照的な二人を志歩はよく知っていた。
何せ二人もまた姫乃と同じく七生学園の有名人だからだ。
「
『狼森』と呼ばれた黒髪の少女は、ヒラヒラと軽く手を振って答え、『平賀』と呼ばれた長髪の少女は恥ずかしそうに会釈をして答えた。
明るく
しかし、彼女の人気の一番の要因は、その超人的な身体能力にあった。
球技、陸上競技、体操、水泳、武道と彼女はあらゆる運動分野で活躍し、出場した大会全てで大会新記録を叩き出したり、チームを優勝に導いたりした。
そんな優れた能力を持ちながらも特定の部活には所属せず、助っ人として多くの部活で活躍したことから、『
そのため、運動部の間では『狼森を特定の運動部で独占してはいけない』という不文律が存在するまでになっていた。
そして、神無の隣に縮こまって座る平賀ふらんもまた、志歩と同じ一年生だ。
ふらんも姫乃や神無と肩を並べる程の器量よしで、繊細で儚げな印象から彼女に憧れる男子生徒は数多い。
しかし、何故か校内でふらんを見かけることは非常に稀で、一時期は「本当は『平賀ふらん』という生徒は存在しないのではないか」や「
そんな神秘的な要素がふらんの人気に拍車をかけているようで、彼女を探して校内を徘徊する男子生徒が後を絶たない。
志歩もこれだけ間近で彼女の姿を見たのは初めてだった。
その二人に加えて、生徒会長の姫乃と七生学園の有名人四人のうち三人が一同に会している状況に、志歩の頭上には疑問符が幾つも浮かんでいた。
「えーっと……三人は一体どんな関係何ですか……?」
「私たちは幼馴染だよ。ちっさい頃からずーっと一緒」
「ね?」と神無は姫乃とふらんの二人に笑いかける。
無邪気そのものの笑顔に志歩はつられるように引きつった笑みを浮かべた。
「私たちのことはいいんだ。大事なことは双﨑さん、君を襲ったモノのことについてだ」
姫乃の言葉に、志歩は頭の中で浮かんでいたほとんどの疑問が吹き飛んでしまった。
そして、頭の中に残ったのは一つの疑問だけだった。
「あれは……
志歩の問いかけに、姫乃は黙って頷く。
「あれは……魔力を持つ生命体『デモニア』だ」
「デモ……ニア……?」
聞き慣れない言葉に志歩は首を傾げる。
姫乃は構わず、言葉を続けた。
「体内に『
「でもっ……何で会長が……会長にそんなことがわかるんですか?」
志歩の矢継ぎ早の質問に、姫乃は何も答えない。
代わりに、ムクロが姫乃の傍らに立つと、赤い液体の入ったワイングラスを姫乃に手渡した。
姫乃は黙ったままワイングラスに口をつけると、中身の液体を一気に飲み干した。
姫乃の白い喉が上下し、体内に液体が流し込まれたことがわかる。
そして、その喉の動きに連動するかのように、姫乃の姿が徐々に変わっていく。
濃い青の髪色は輝く銀色に、黒褐色の瞳は血のように鮮やかな紅色に、そして、指先の爪が瞳と同じ紅色に染まった。
その姿は、志歩が襲われたあの時に見た姿だった。
「理由は……私も
全く別人のような姿の姫乃に、志歩は言葉を失う。
そして、この時志歩は、自分が見たものが夢でも幻でもないことを確信した。
「姫ちゃんだけじゃないよぉ。ほら、私も私も」
そう言われ、志歩は神無の方を見る。
そこには、本来耳がある部分に大きな黒い毛並みの獣耳を生やした神無が、相変わらずの無邪気な笑顔を浮かべていた。
その隣で俯くふらんの瞳も、黄緑色の光を放っている。
思わず志歩が後ずさると、いつの間にか背後に立っていたムクロにぶつかり、
自然と体を預ける形になった。
志歩は慌ててムクロから離れる。
「まさか……ムクロさんも?」
志歩に問われ、ムクロは「はい」と返事をした。
すると、優しい笑みを浮かべていたムクロの顔が砂のように消えていき、その笑顔の下から白い頭蓋骨が現れた。
「あぅ……あぁ……」
あまりのことに志歩は言葉を失い、その場にへたり込む。
今自分が見ているのは夢なのではないか。
もしくは、自分は本当は
そう思いながら、言うことを聞かない体を無理矢理動かして、へたり込んだまま後ずさる。
すると、また何か別のものにぶつかった。
志歩は「ヒィッ!」と短く悲鳴を上げると、両目をきつく閉じて、両腕で顔を覆う。
ただただ震えるしかない志歩の頭上から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「おいおい、僕がトイレに行ってる間に何してんだよ。ほら、双﨑さん怖がってるじゃないか」
「えっ?」
志歩は恐る恐る両腕を下し、目を開く。
志歩の目の前には、軽薄そうな癖毛の男がニヤニヤと笑みを浮かべて立っていた。
「逢真……先輩……?」
「こんばんわ双﨑さん。そして、どうもありがとう」
「え……?」
突然現れた暁に、何故かお礼を言われ戸惑う志歩。
そんな志歩を暁は相変わらずニヤニヤと見ていた。
「いやはや……双﨑さんは結構大人しそうと思っていたが……意外と派手なものが好みなんだね」
そこまで言われて、志歩は今の自分の体勢に気が付いた。
へたり込んだ勢いで両膝を立てた状態になっており、正面、つまり今暁がいる場所からはスカートの中身が丸見えになっている。
つまり、自分は今、パンツが…………。
「きゃああああああああああああああああああ!!!!」
志歩の有らん限りの悲鳴が館にこだました。
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