第5話 魔王
「昔の偉い登山家が『何故山に登るのか?』と問われた際に『そこに山があるから』と答えたそうな。だから僕も同じように答えよう。『そこにパンツがあったから痛い痛い痛い痛い待ってマジで待ってそれは駄目だ折れる折れる首が折れる背骨が折れる」
「折ろうとしてるんだから当たり前だ」
うつ伏せ状態の暁の背中に乗った姫乃が、暁の首を掴んで海老反り状にしていた。
いわゆる、プロレス技の『キャメルクラッチ』というものだ。
唯一オリジナルと違うところは、技をかけられている暁の手足が赤い糸で縛られていることだろうか。
身動きが取れない状態で、暁の首と腰は鈍い音を立てて軋んでいた。
「最後に遺言くらいは聞いてやるぞ? 何か言い残すことは?」
「姫ちゃんも双崎さんを見習った方がいい。十七にもなって動物がプリントされたパンツを穿くのはどうかと思ぅごごごごごごごっ!!」
「気が変わった。もうお前にはこの世に何も残させない」
「姫乃様、双崎様がポカンとしておられますので、続きは後ほど……」
ムクロに制止され、姫乃は渋々暁の背中から腰を上げて解放する。
姫乃が立った後に、暁が小声で「あ……お尻の感触が……」と残念そうに言ったことを志歩は聞かなかったことにした。
「……さてと」
手足が拘束された状態にも関わらず、暁は器用に起き上がると、上座の席に座る。
もちろん、自分で椅子を引いて出すことが出来ないので、ムクロに席を出してもらってだが。
「驚かせて悪かったね。でも、安心してくれ。ここにいる
「は、はぁ……」
志歩は半信半疑といった様子だった。
生まれて初めて人為らざるモノたちと
更に、自分を襲ったのが姫乃達の同類だと知ってしまったのだから尚更だ。
それは暁も分かっていた。
「大丈夫だって。現に僕は人間で幼い頃から一緒だけれど、彼女達から危害を加えられたことは一度もないよ」
「……折檻したことは何度もあるがな」
「え? 逢真先輩はデモニアじゃないんですか?」
姫乃の補足は置いておいて、志歩は驚きの声を上げる。
暁は「うん、違うよ」と淡々と答えた。
「じゃあ……何で逢真先輩はここに?」
「暁はデモニアじゃない。けれど、コイツは私達の『王』なんだ」
「王……?」
「そそ。暁ちゃんは人間で初めて『魔王』になったんだよ~。すごいでしょ?」
「魔王……」
姫乃は暁のことを『王』と呼んだ。
神無は暁が人間で初めての『魔王』だと嬉しそうに話した。
ゲームや物語でしか聞いたことがない言葉に、志歩は戸惑いを隠せなかった。
「暁ちゃん……双崎さんが困ってるから説明してあげた方が……」
志歩の困惑する様子を見かねて、ずっと黙っていたふらんがか細い声で暁に提案した。
困っている自分に配慮して、説明を提案してくれたふらんに感謝すると同時に、「見た目通り可愛らしい声だなぁ……」と場違いなことを志歩は考えていた。
「そうだなぁ……双崎さん、僕達が住む『王都』が全部で十三の地区に分けられてるのは知ってるよね?」
「はい……それはまあ」
暁は「うん」と頷くと、話を始めた。
そもそもこの『王都』が作られたのは、デモニア達の保護が目的だった。
デモニアという存在は、常に人間の長い歴史の中にあった。
伝承や神話、物語の中で出てくる怪物や妖怪、悪魔や神、そういった類いのものはかつて存在していたデモニアが由来となったものもある。
中には崇め、奉られたものもいたが、それは例外中の例外で、多くのデモニアは迫害され、『化け物』と忌み嫌われてきた。
デモニア達も人間に対して危害を加えるなど両者の間は最悪の状態だった。
しかし、それではいけないと相互のこれからのことを憂いた人間と力を持った十三人のデモニアの間である協定が結ばれた。
この協定に基づき、人間とデモニアの平和的共存を目的として作られたのが『王都』であった。
そして、協定を結ぶ際に中心となった十三人のデモニアは、王都を十三の地区に分け、それぞれ他のデモニア達を統率し、守護する『魔王』という地位に就いた。
それが今日に至るまで続いているというわけである。
「デモニアのことに関しては、厳重に隠されてきたからね。そりゃあ双﨑さんも知らなくて当然さ」
「それじゃあ、他にもこの都にはデモニアがいるってことですか?」
「そうだよ」
「もちろん、双﨑さんを襲った奴もね」と暁は付け加えた。
そんな志歩の様子を見て、暁はニンマリと笑った。
「だけど、もう安心していいよ双﨑さん。人間に危害を加えるデモニアを取り締まるのも魔王の仕事。双﨑さんの身の安全は第七地区を司る『灰色の魔王』こと逢真暁が守るから!」
手足を縛られた状態で暁は胸を張る。
姫乃が「その恰好じゃ説得力がないがな」とボソリとツッコんでいた。
志歩もそれには同意見だった。
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