第3話 王宮
姫乃の指先、正確には爪の間から伸びた赤い糸が黒い物体をギリギリと締め付ける。
黒い物体は締め付けられたまま、地面に倒れて微動だにしない。
動くことが出来ないのかそれとも……。
姫乃は全く動きを見せない相手を凝視していたが、しばらく経つと煙が霧散するかのように、黒い物体は静かに消えてしまった。
「ふうっ……」
姫乃が目を閉じて一息つく。
黒い謎の物体が消え失せたことで、地面に残されていた糸が朽ちていくかのように消えてしまった。
そして、艶やかな銀髪は毛先から徐々に変色していき、元の深い青色になっていく。
再び姫乃が目を開くと、僅かな光を放っていた赤い瞳は黒褐色に変わり、姫乃の姿は志歩のよく知る、いつもの七生学園生徒会長に戻っていた。
その姿を見て安心してしまったのか、志歩は糸の切れた人形のようにへたりこむと、そのまま意識を失ってしまった。
「双崎さん!」
姫乃は慌てて倒れそうになった志歩を支える。
おかげで、頭を地面に強く打つことだけは避けられた。
気を失った志歩を支えながら、姫乃は制服のポケットから携帯を取り出す。
とにかく今は安全な場所に移動しなくては……。
そう考えながら、姫乃はあるところへ連絡し始めた。
※
「…………ん……」
志歩は
白い天井と煌々と輝く照明に目を細める。
光に目が慣れた頃、志歩は半身を起こし周囲を眺めた。
そこでようやく、自分が高価そうな家具の並ぶ、広々とした見知らぬ洋室にいることに気が付いた。
布団から這い出し、あと二人は余裕で眠れそうなほど大きなベッドのふちに腰かけて、自分の今の状況を頭の中で整理する。
まずここはどこだ?
そもそも私はなぜこんなところにいるのか?
そこまで考えて、ふと脳裏によぎったのが自分の記憶が途切れる前の光景だった。
生徒会の仕事で帰りが遅くなって、帰り道の踏切で……。
「っ……!」
志歩は思わず自分の肩を抱いて身震いした。
そうだ。
私はまた
首を絞められて。
危うく殺されかけたのだ。
震える手で自分の首に触れる。
そこで自分の首に違和感があることに気が付いた。
「……包帯?」
指先で丁寧に自分の首に巻かれた包帯をなぞる。
なぞりながら、さらに先の記憶を志歩は思い出した。
「紅神会長!」
志歩は慌ててベッドから立ち上がる。
私を助けてくれたのは姫乃で間違いない。
しかし、いつもと様子が違っていた。
外見もそうだが、纏っている空気も異質なものだった。
あれは一体何なのか?
たくさんの出来事が同時に起こり、若干混乱気味だが、とにかく姫乃に話を聞こうと、部屋の出口の扉に手をかける。
ドアノブをひねって扉を開けようとした瞬間、ひとりでにドアノブが動き、志歩は思わず手を引いた。
ゆっくりと扉が開くその先には、背の高い
男性は扉の前にいた志歩に対して、少し驚いたかのように眉を上げる。
しかし、すぐに柔らかい微笑みを志歩に向けた。
「気が付かれましたか。お体の方はもうよろしいのですか?」
物腰の柔らかい問いかけに志歩も「だ、大丈夫です……」とポツリと答える。
男性はその答えを聞いて、「それは何よりでございます」と笑みを絶やさず返した。
「あの……ここは一体? あなたは……?」
「ん? ああ、これは失礼しました。ここは
「かい……ま……かん?」
「はい」とムクロは頷きながら、水差しからコップに水を注ぐ。
そして、その水が注がれたコップを志歩に差し出した。
志歩はコップを受け取ると、少しだけ口をつける。
喉からゆっくりと流れ込む冷たい水の感覚に、自分の体が渇きを訴えていたことにようやく気が付き、手渡されたコップの水を、あっという間に飲み干してしまった。
「姫乃様より事情はお伺いしております。大変な目に遭われたようで」
「え……はい……。あの……紅神かいちょ……じゃなくて紅神さんはどちらに?」
「姫乃様は王と話をしておられます。王からも双﨑様が目覚められたら大広間にお連れするように申し付けられておりますので、よろしければ今からご案内させていただこうかと思いますが……」
「王?」
「はい。先ほど私もここを屋敷と表現しましたが、正確にはここは我が主の
「王宮……」
「今は何もご理解出来ないかと思いますが、我らが王に会えばすべて話してくださいます。もちろん、あなたを襲った輩のことも」
その言葉を聞いて、志歩は体を強張らせた。
『王宮』と呼ばれるこの場所のこと、いつもとは違う姫乃の姿、そして、自分を襲うあの得体の知れない存在のこと。
わからないことばかりだが、この『王宮』の主である『王』ならその答えを教えてくれる。
何より、その『王』のもとに姫乃がいる。
志歩は強張る体を抑えながら、ムクロを見た。
「……連れていってください。大広間へ」
その言葉を聞いて、ムクロは「かしこまりました」と笑みを浮かべて答えた。
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