第一章 マオウ
第1話 紅神姫乃と逢真暁
私立
生徒会長をしている
容姿端麗、文武両道、品行方正とまるで漫画から出て来たような完璧超人で男女問わず羨望の眼差しを向けられている。
彼女に憧れて生徒会に入ろうとする者も多く、今年から生徒会に加わった
「おはようございます。今日も一日頑張りましょう」
校門の前に立ち、登校してくる生徒たちに明るく声をかける姿は何とも様になる。
志歩は同性ながらつい姫乃の姿に見惚れてしまっていた。
「スカートの丈が少し短いですね。もう少し長くして来てください」
姫乃は明るめの髪をした派手な女生徒に服装を注意する。
その見た目とは裏腹に、女生徒は注意をされたにも関わらず、反抗的な素振りも見せず、素直に「はい、すみません」と謝っていた。
姫乃が注意をすると大抵の者はこんな反応をした。
姫乃は基本的にどんな相手にも物怖じせず堂々と、そして親身になって接する。
そんな態度だからだろうか、例え柄の悪い生徒でも、姫乃の言葉には素直に従っていた。
それが、姫乃が生徒からだけでなく教師からも、学校中から信頼される要因となっていた。
しかし、そんな姫乃にも手を焼く人物がいる。
「最近、服装の乱れが目立つな。双崎さん、今度昼休みの放送で注意喚起しよう」
「はい! 会長!」
姫乃の凛とした声に志歩は佇まいを直した。女性的な風貌ながらこのさばさばとした男性的な口調も、姫乃の人気の秘密だった。
そんなどこまでも魅力的な姫乃の背後から突然二本の腕が伸びてくる。
突然のことに志歩が首を傾げると、ようやく姫乃も自分に降りかかろうとしている異変に気付いた。
しかし、気付いた時には既に遅かった。
背後から伸びた腕は指先をワキワキと動かすと――――。
ムギュウゥゥゥッ。
豊かに実った二つのメロン、もとい姫乃の双丘に、その柔らかさを喧伝するかの如く、指先は深く沈んでいた。
その光景に志歩は口を覆って固まり、当の姫乃は全身を強ばらせた。
「服装の乱れよりも、性の乱れの方が問題だね。朝っぱらからこんないやらしい体つき見せられたら、健全な男子高校生には毒だよ」
指先を尚のこと動かしながら、腕の主――
朝の校門で学園のアイドルの胸を鷲掴みするこの男もまた七生学園の有名人の一人だ。彼の場合は悪い意味でだが。
女好きで先のセクハラ行為から始まり、覗き、下着泥棒、露出と数々の悪事を日常的に行っていた。
その結果、『歩く猥褻物』、『全女性の敵』、『七生の汚物』と数々の悪名を持つこととなり、全女生徒から蛇蝎の如く嫌われている。
反面、一部の男子生徒からはある種のカリスマ扱いをされており、一概に悪名ばかりの人物とも言い難い。
それでも八割は悪名を轟かせてはいるが。
そして、彼が有名なのはその悪行の数々だけが理由ではなかった。
「ん? 何だか前に触った時よりもまた一段とボリュームが増したような……。太った?」
「…………暁」
「何? 姫ちゃん」
姫乃は目尻に涙を溜めながら、顔を紅潮させて震えていた。
公衆の面前で胸を揉まれた羞恥と怒りによってだ。
一方、姫乃を馴れ馴れしくあだ名で呼ぶ暁はそんなことも意に介さず、ニコニコしながら首を傾げる。未だにその指先は姫乃の豊乳を揉みしだいていた。
「っの……不埒者っっっ!!!」
姫乃は背後にいる不届き者に満身の力を込めて裏拳を振り下ろす。
布を叩くような音と共に地面に男子学生の制服が散らばった。
そこには肝心の暁の姿はない。
あるのは脱ぎたての制服だけだ。
「はっはっはっは! その程度の攻撃で僕を捉えようなど……ちゃんちゃらおかしい!!」
「くっ……アイツ!」
校門の塀に腕を組んで立ち、暁は悔しがる姫乃を見下ろしていた。
パンツ一丁で。
「何故脱いだ!?」
至極当然のツッコミが二人の様子を見ていたギャラリーから飛ぶ。
暁は「フッ」と薄く笑うと乱れてもいない前髪をかきあげた。
「逆に問おう、何故脱がないのか……と」
「普通脱ぐわけないだろっ!」
姫乃はツッコミを入れながら、2メートルはあるだろう校門の塀に一跳びで登る。
その跳躍力に周りが感嘆の声を上げる中、そんなことを気にも止めず、姫乃は暁を追いかける。
暁も姫乃が塀に登ってくると、すぐさま飛び降りて一目散に逃げ出した。
勿論、パンツ一丁で。
「第一! 毎回毎回お前は人の胸を玩びおって!! 今日という今日は我慢ならん!!」
「玩ぶとは心外な! 僕は幼馴染の成長をこの手で体感して共に成長の喜びを分かち合おうとしただけだ!! それに胸ばかりじゃないぞ!! 時にはお尻も……」
「殺す!」
周囲の物を派手に散らかしながら、暁と姫乃は校舎の方へ駆けて行った。
志歩は生徒会に入ってから、二人の似たようなやり取りを何度も見てきた。
最初は驚きこそしたが、今ではすっかり見慣れた光景になってしまった。
「紅神先輩も大変よね、あんな男が幼馴染なんて」
登校する周りの生徒からそんな声が聞こえ、志歩も「本当にね」と心の中で密かに同意した。
学園一の才女と学園一の問題児が幼馴染とは。
神様も奇妙な巡り合わせをしたものだと、志歩は思わずにはいられなかった。
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