魔王的ヒロイズム~その男、人間で魔王~

ふーけ

第0話 過去

 それは、異様な光景だった。

 古びた、しかし幽玄ゆうげんな屋敷に転がる無数の死体。

 死体は作法衣姿の男たちが大半を占めているが、女中だろうか着物姿の女性も含まれていた。

 中には年端もいかぬ子どもの死体もある。

 柱や壁には鋭利な刃物で斬りつけたかのような傷が至るところに刻まれ、ここで起こった争いの大きさを物語っていた。

 しかし、不思議なことにこれだけ激しく争った形跡があるにも関わらず、死体には目立った外傷が無く、出血もない。

 また、周囲に血痕やそれを隠蔽した痕跡もなかった。

 争った形跡の大きさに反して、死体があまりにも綺麗過ぎるのだ。

 それが、この場の異様さの原因だった。


「……遅かった、か」


 目を見開いたまま事切れた少女の手を握りながら、逢真総司おうまそうしはポツリと呟いた。

 総司は少女の目をソッと指先で閉じさせると辺りを見回す。

 この惨状を作り出した者の足跡を探したが、どうも望みは薄そうだった。


「総!」


 名前を呼ばれ、総司は声のする方に振り向く。金糸のような長髪を揺らしながら一人の女性が駆け寄ってくる。

 総司は目線でその女性に問いかけたが、女性は首を横に振った。


「こっちも駄目。みんなやられてる。生き残りはいないわ」


 女性は悔しそうに唇を噛む。薄い珊瑚色の唇に濃い紅色がさした。


「防げたはずなのに……私がもっと早く気づいていれば……」


「お前のせいじゃない。気にするな」


「無理だね。この子だってこんな怖い思いをして死なずに済んだかもしれないのに……」


 女性は総司の傍で倒れる少女の髪を優しく手でといてやる。

 まるで母親が眠る我がにしてやるかのように。

 しかし、その表情はこの惨状を作り出した者と自分の無力さへの怒りで歪んでいた。

「どこまでも真面目なヤツだ」と総司は自分の連れ合いの横顔を見ながら呆れると同時に、自分自身にも呆れていた。

 かくいう自分も冷静に振る舞っていながら、内心は同じ気持ちで腸が煮えくり返っていたからだ。


「全部調べたわけじゃないから断定は出来んが、恐らく全員が心臓発作で死んでる」


「屋敷の人間全員が揃って心臓発作で死亡……有り得ないね。間違いなくの仕業。少なくとも人間に出来ることじゃないよ」


「とにかく一旦引き上げよう。死体これをこのままにしておく訳にはいかないからな」


 女性は頷き、立ち上がる。

 そこでふと、何かに気付いたように辺りを見回した。


「どうした?」


 妻の挙動の変化を訝しんだ総司が尋ねると、女性は「ちょっと待って」と呟く。


「……感じた?」


 妻の問いに今度は総司が首を横に振る。

 女性は「確かに気配が……」と言うと、何処かへと駆け出す。

 総司も状況はわからないがすぐにその後を追う。

 しばらく妻の後を追って広い屋敷を駆けていると、突然女性はある壁の前で足を止めた。

 女性はまじまじとその壁を見つめていたかと思うと、傍らにいる夫に「離れて」と一言声をかけ、指で十字を作る。

 その十字をまるでドアノブを捻るかのように動かすと、ただの壁にしか見えなかったそこに蜃気楼のように揺らめく部屋が姿を現した。


「結界か?」


「ええ、私も昔聞いていなければ気づけなかったかもしれない」


 そう言う女性の額から大粒の汗が幾筋も流れ落ちる。

 結界を解く僅かな時間でかいた汗だ。

 呼吸も荒く、大きくなっていた。

 結界を解くことにそれだけの体力を消耗したという証である。

 それほどまでに強力な結界を張られていた部屋に二人は足を踏み入れる。

 大して広くないその部屋には、ゆりかごが一つ置かれていた。

 二人は用心しながらそのゆりかごに近づくと、ソッと中を覗き込む。

 そこには外の惨状など知らず、スヤスヤと眠る赤ん坊がいた。

 妻が感じた気配はこの子のものだったのだ。


「総、この子は……」


 女性は夫の顔を見る。

 総司は妻の言葉に頷いた。


「……連れていこう。この子は唯一の生き残りだ」


 そう言うと、総司は赤ん坊を静かに抱き上げた。

 赤ん坊はまだスヤスヤと眠っていた。




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