第8話
典子は、背を向けてお昼のテレビ番組を見ながら相変わらずゼリービーンズを食べている。
祐介は冷たい麦茶を飲んだあと、満腹感がそうさせたのか、躰ごと大きく息を吐いた。
由美江は典子と自分の麦茶を卓袱台の上に置くと祐介と典子の間に腰を降ろした。
「あのさァ――」
麦茶のコップに手を伸ばしながら祐介が母親の顔を覗く。
「もう、祐介がそういう言い方した時は絶対におねだりに決まってるんだから」
由美江は祐介の腹の内を読み切っているような口振りで突き放す。
「――じつはさァ、今年も『ミステリー甲子園』があるんだ」
「それって去年予選落ちしたっていうあれのこと?」
「そう。茜と弘務と、今年こそは絶対本選に行こうと約束したんだ。それで、もし本選に上げてもらえたら、ミステリー・トレインに乗って目的地に行くことになるんだ。その参加費用が8千円いる。オレ、きっとアルバイトして返すからそれまで貸して欲しいんだ」
祐介は必死で母親の由美江に懇願をする。
「祐介の言葉はあてにならないからね。だってこれまでだってそう言ったきり、一度も実行したことがないでしょ?」
「――」
母親の言葉が事実なだけに祐介はなにも言うことができなかった。
するとテレビを観ていたはずの典子が、突然卓袱台の上にゼリービーンズの袋を投げ出して話に割り込んできた。
「いいなァ、典子もあのイベントに行ってみたいなァ」
「だめだよ。あれは高校生限定のイベントなんだから……」
祐介は体育坐りになって首を何度も横に振った。
「いいじゃん、わたしも高校生としてメンバーに入れてくれればさァ」
典子は坐り直して躰を祐介のほうに向けた。
「だめ。だって、もし優勝したとして、メンバーに中学生が紛れ込んでいたことがバレたら失格になってしまうじゃないか。そうしたらほかのみんなに迷惑がかかるだろ?」
祐介はすでに優勝ラインに立っているような口振りで話している。
「つまんないの。中学生用のもあればいいのに」
そう言いながらふたたびゼリービーンズの袋を指先で引き寄せた。
「ね、カアさん、いいだろ?」
祐介はここで喰い下がらなければ参加することができなくなるために必死だ。
「そうね、考えとくわ」
由美江は息子が愉しみにしているイベントの参加費用くらい出してやってもいいと心の内では思っていたが、妹の手前もあるのでこの場はそう返事しておいた。
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