第7話

「カアさんは?」

 麦茶のボトルを冷蔵庫に戻しながら訊く。

「スーパーに買い物に行った。すぐ帰って来るって」

 典子はゼリーの袋のなかを覗き込みながら答えた。

「ノリは店番を頼まれたのと違うのか?」

「うん」

「だったら2階でサボってないでちゃんと店番しないとだめじゃないか。また高い自転車盗られたらどうすんだよ」

「チャイムがあるからいいじゃん」

 痛いところを突かれた典子は、たまりかねて口ごたえをする。

 つい1年ほど前、母親が店を空けたほんのわずかな間に、高級自転車が1台盗まれてしまったことがある。自転車屋は菓子屋や文房具屋と違って日がな一日店番をする商売でない。その隙を狙われたというわけだ。それ以来人感のチャイムを電器屋に取り付けてもらったのだが、逆にチャイムが鳴ると心臓がドキッとするのは母の由美江ゆみえだけではない。

「そういう問題じゃない。チャイムなんて音だけだから、誰が入って来たのかわかんないだろ」

 祐介がそこまで言った時、母親が戻って来た。

「祐介、帰ってたの? いますぐご飯の用意するからね」

 由美江は祐介を押し退けるようにして、買って来たものを手際よく冷蔵庫にしまう。

 由美江はいつもジーンズにTシャツ姿で、作業をする時にはその上からいたるところに油滲みがついたエプロンをつけている。髪は脂ッ気がなくて、後ろで束ね、それを隠すように花柄のバンダナで抑えている。由美江はめったにパーマなどかけたことがない。化粧もしないが、接客を考えて口紅だけはひくようにしている。

「腹減った。なんでもいいから早く食べれるものを食わしてくれよォ」

 祐介はヘタヘタと坐り込みながら言う。

「すぐに食べれるものなら、インスタントラーメン。それでもいい?」

「ああ、なんでもいいから。腹ペコペコなんだよォ」

 祐介は我慢できないといった顔で仰向けに倒れ込んだ。

「じゃあ、すぐに拵えるから。そうそう白いご飯が1膳あるけど食べる?」

「ああ。とにかく早くしてくれないと、オレ死んじゃうぜ」

「なに大袈裟なこと言ってるの」

 しばらくして由美江がお盆にラーメンを載せて座敷に搬んで来た。

 空腹な祐介は、急いで箸を手にすると、スープに顔を突っ込むようにして麺を啜りはじめる。由美江が差し出した白いご飯の入った茶碗を奪うと、一点を見たまま無心に掻き込んだ。すでに額には玉の汗が噴出している。

「おかしな子……」と、呟くように言いながら台所に戻った由美江は、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに移すと、祐介の前にそっと置いた。その時すでに祐介ほとんど食べ終わっていた。

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