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もうすぐ夜が明ける。
窓に顔をびったりとつけながら、太陽の姿が見えるのをまだかまだかと待ち望んでいる人も居れば、真新しいベンチに腰掛けて、退屈そうにしながら自分の手の平を見つめている人もいる。
「来たっ!!」
窓に張り付いて、必死に外の様子を観察していた男が大きく声をあげる。
その大声を聞いて、周囲にいた人々が続々と目線を上げる。
ガラスの向こうには、のっぺりとした山脈の間から、じんわりと赤い光を伸ばしながら、徐々に昇ってくる太陽が映っていた。
その光景をみた観衆は、各々に口を開く。
「やっと始まるんだ・・・!」
「やったな!」
「もうこれが最後の時間か・・・。」
その反応はまさに十人十色といった様子で、喜びに肩を震わす者もいれば、別れの悲しみに頬を濡らす者もいる。
少し置いて、換気口を除けば、この部屋で唯一外に繋がる設備である自動ドアが開く。
扉の向こう側からは黒いスーツに身を包んだ屈強な男達がぞろぞろと入ってくる。
1歩遅れて、やかましい色彩の服装が特徴的な痩せこけた男が現れた。
男は、寝起きのようなボサボサの頭に、黒縁の四角いメガネを掛けているので、その奇妙な衣装さえ除けば、1人の冴えないサイエンティストのようにも見える。
男は黒スーツの男達を押し退け真ん中に立つと、僕らを見渡してから、こう言った。
「えー、ゴホン。おはよう、諸君。気分はどうかな?・・・そうかそうか、元気そうで何よりだ。何人か態度が気になる奴らも居るが・・・まあいい、どうせ今日で見納めだからな。それより、何かやり残した事は無いかい?隣の気にあるあの子の顔も今日で見納めだよ?旅立ちの前の最終チェックは、もう済んだのかな?」
誰一人として彼の問いかけに応える者はおらず、場を沈黙が支配する。
「ほんと、辛気臭くてイヤになるねこの空気感は。もう何年もこの仕事をやってるけど、この時だけは未だに慣れないや。」
男は眉間に指を当てて、ため息をつく。
すると、未だにベンチに腰掛けながら、マイペースに手の平を指紋をなぞっていた若い男が立ち上がって
「とっとと始めてくれ。こんな所、もううんざりだ。」と言った。
研究者もどきの男は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにかき消して嘘っぽい笑顔を端正な顔に貼り付ける。
「いいねぇ、君。君みたいなやつがいるから、こんなクソみたいな仕事でも楽しくやってられるんだ。気に入ったよ。君、名前を教えてくれないかい?」
「お前に教える義理はない。」
即答だ。
男は露骨に機嫌を悪くして、
「あぁそうかよ、ふん、つれないヤツめ。せっかく面白い奴を見つけたと思ったのに、これじゃ気分も台無しだ。そんなくだらない君たちにもう興味は無いし、さっさと終わらしちゃおっと。」
そう言うと、男は黒スーツの男達に合図をして、何やら物騒な機械を運んでこさせた。
「じゃあ順番にこれを頭に装着していってくれ。ちゃんとつけないと、君たちの意識はどっかに飛んで行って、もう戻ってこれなくなるからね。僕は別にそれでも構わないけど。それで、つけ終わった人からこっちのでっかいコフィンに乗っていってねー。時間押してるから、早く早く!」
決意に満ち溢れた顔をした人から、どんよりと、肩を落としながら歩く人まで、どんどんとコフィンの中に入っていく。
その光景を見届けてから、俺もコフィンに搭乗する。
「じゃあ始めるよー。」
機械音特有の徐々に高くなっていく起動音が後ろから響く。視界がさっきの機械に遮られているので、コフィンの中の様子は分からないが、光が全く漏れてこない事を考えると、内部は真っ暗なのだろう。
ごくりと、唾を呑む。
これが起動すれば、もうこの世界とはお別れだ。
宇宙のどこか、あるいは時空の切れ端に存在する、そうなるかもしれない可能性のあった、歴史的に大きな違いを辿り、分岐した別の世界線に飛ばされる。
行き着いた先で、僕らが一体何をするのかと言うと―――――。
「さて、君たちの門出を祝って、僕から先人の立派なお言葉を与えよう!『この先、幾度の困難や窮地が君達を待ち受けるだろう。しかし、どうか挫折されるな獅子の仔達よ。君達が未来を拓くのだ。案ずるなかれ。君達こそが世界の主人公だ。』!!」
「行ってらっしゃい!迷える子羊共よ!」
深く落ち、途切れていく意識の中で、かつての日々を思い出す。
どうしようもなく自堕落で、どこにでも居る普通の人よりも更に凡庸だった情けない青年。
そんな自分が、今まさに未知の世界へ飛び立とうとしている。
何の力も持たない凡人としてではなく、施設から与えられた、特別な能力を持った超人として、だ。
全く夢のような話だ。・・・いや、もう過去を思い出すのはやめよう。これからは、選ばれた人間として、誰かに必要とされながら生きていくのだから。
もう体の感覚はほとんど残っていないが、決意を固めんと、拳を握り、歯を食いしばる。
音にならない言葉を繰り返す。
目が覚めたら、次の瞬間から。
俺は世界の主人公だ。
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