周りの空気が変わったことに気づいて、辺りを見回してみると、そこは霧に包まれた草原の中でした。

 どうやら、転移は無事に成功したみたい。出待ちをされている気配も無いし、まずは一安心です。

「あれは……城か?」

 他のみんなもちゃんと付いてこられたようで、ヤキトが遠くを指差しながらそう言う。

 確かに、指の先にはうっすらとお城らしきものが見えます。外観までは確認できないけど、流石にあれが幻覚ということはないでしょう。

「あまり気分は良くないですが……まずは、あの城を目指してみますか?」

「他にこれといった手がかりもないしな。行こう」

 転移酔いをしたのか、顔に手をあてながらフェンさんがそう提案すれば、私を含めた全員が頷いていました。

 さて、あの城にいったい誰がいるというのか。話の通じる相手……で無いことは確かだけど。

 世界を掌握しようと目論み、魔神に侵略をさせるような奴なんて、ノーブルエルフでなくたってまともだとは思えない。気を引き締めておかないと。


 ……なんて思っていた、次の瞬間のこと。


「……っ、待ってください、これだけの人数、いったいどこから!?」

 フェンさんが異変に気づき、それに合わせて辺りに目を凝らすと、霧の中に、えぇと……数え切れないほどの数の人影が、突然現れていました。

 それも、しっかりと鎧を───見慣れないデザインの、非金属鎧です───着込み、武器も手にしている、完全武装の状態。

 仮に、遠くに見えるお城の兵士なんだとしたら、非常に不味い状況です。

『止まれ』

 身構えていると、集団の中で一番階級の高そうな見た目をした人が、魔法文明語でそう声をかけてきます。

 先程の魔法生物とはまったく違う、とても綺麗な発音。普段からこの言語で会話をしているような人でないとこうはならないでしょう。

 そして、現在のラクシアに、魔法文明語で日常会話を行うような人はまずいない。

 その事実から、霧の中の人物の正体は察しがつくというもの。

『なんでしょうか?』

『ここがどこなのか分かって来ているのか?』

『いえ……申し訳ないですが、よければ教えていただけると』

『……その前に、取り調べをさせてもらう必要がある。こちらも手荒なことはしたくない、武器を置いてもらえないか』

 ユカお姉ちゃんが応対すると、隊長らしき人が、冷徹な声でそう続けてきました。

 「どうします?」というお姉ちゃんの問いに、ひとまず全員頷いて、各々の武器を地面に置き、両手を上に上げることに。

 なんだか、憲兵に取り締まられるならず者のような構図だけど……従う他ない。

 私達全員が武器を放棄したのを見て、それを回収させるために、隊長が周りの人たちをぞろぞろとこちらに向かわせてきました。

『ザイア神官か。珍しい』

『矢だけ?弓が無いぞ?……まさか、妖精使いか?』

 武器を拾いながら、それぞれの反応を示します。

 ザイアの神官も、妖精使いも、私達にとってはそう珍しいものではないけど。この人達の目にどう映っているのかは、お察しの通り、といったところ。

『……これはなんだ?』

「そのパワーリスト、高ぇんだからよぉ。大事に持っとけよ?」

 エリアスの武器は……うん、知識がないと武器だとは思えない見た目だよね。なんならこの人達の中に、拳闘士は一人もいなさそうだし。


 そうして順々に回収されて、いよいよ私の番、となった時でした。


『……待ってください。これは……』

 私の杖を手に取ろうと、近くまでやってきた人の動きが、ぴたりと止まる。視線の先にあるのは……私の右腕の、腕輪。

『この腕輪も外していただけますか』

 他の人の装飾品には特に触れなかったのに、どうして私だけそう言われるのか。

 ……決まってる。これがただの腕輪じゃないことを、向こうも分かっているんだ。

 いい加減、覚悟を決めるときか。……私は腕輪に手をかけて、それをゆっくりと外し、兵士に手渡しました。

 すると、私の身体が突然、淡い輝きを放ち始めました。まるで、自身の存在を誇示するかのように。

『……君たちは、誰なんだ』

 その姿を目の当たりにした隊長さんは、青ざめた顔でそう呟きました。

 同時に、非常事態だと判断したのか、自分ともう一人───私の武器と腕輪を回収した人です───だけを残して、この場から下がらせてしまいました。

 ……あれ。よくわからないけど、戦ったり、取り調べをされたりする空気ではなくなった、ような?

『……その……貴女は、フィーアル様……なのですか?』

 安心したのも束の間、おそるおそるといった様子で、隊長さんは私に尋ねます。

『……その、フィーアル?……というのは、誰なのでしょうか』

 残念ながら、それは私の真名だったり、二つ名だったりはしなかった。記憶のどこにもないので、知り合いということも無い……と思う。たぶん。

 私が首を傾げたのを見て、隊長さんはしばらく考え込むと、改めて周囲に誰もいないことを確認してから、こう続けました。

『一旦、安全な場所で話をしましょう。ここでは不味い』


◇ ◇ ◇


 なんだかよく分からんが、両腕を縛られた状態で連行されることになった俺達は、そのまま近くにあった街の詰め所へと案内された。

 パワーリストの代わりに手錠を付けられる日が来るとは───なんて思っていたんだが、詰め所に着いてすぐに手錠は外してもらえたし、武器も返してもらえた。

 どうやら、このまま牢屋に放り込もうってんじゃあ無さそうだ。

 そういうつもりが無いってんなら、とりあえず……訊きたいこと、ありったけ訊いておくか。ここがどこだかも分からん状態だしな。

「ユカリ、通訳頼んます」

 ということで、我らが交渉役のユカリさんにお願いして、隊長・副隊長さんにしばらく質問攻めをしてもらうことに。

 まったく、言葉が通じないってのは中々不便だな……いっそソレイユ語でも学んでみるか。あの肉体言語、雰囲気で伝わりそうなところあるし。


 さて。結構な長話になったので、要点をかいつまんで話していく。


 まず、ここはアルケースという街らしい。アルケース王国の首都だそうだ。

 先王は亡くなっているそうで、公には病死とされているものの、実際には毒を盛られた可能性が非常に高い、とのこと。

 今も昔も、そういうところはあまり変わらんらしい。おおかた、権力に目が眩んだ奴による暗殺なんだろう。

 ちなみに、その先王の名前はコルディーン・ジュー・アルケース───アルケース家の正式な家主だったそうだ。それが突然亡くなって、後を継ぐはずの娘も行方知れずとなると、一体誰が玉座に座ってるんだ、ってのは気になるところだな。


「ちなみに、アルケースっつーのはどこの地方だ?」

「───、─────?……元はザルツの一部でしたが、今は空中都市になっているそうです」

「空中都市、な……オーケー」


 空中都市。つまり俺らが今いるこの土地は、雲の上にあるってことか。

 そりゃあどんだけ探しても見つからないし、ノーブルエルフも絶滅したもんだとされる訳だ。現代人にゃあ、雲の上はお散歩するには遠すぎる。


「……ところで、私達がここを訪れた理由を訊かれてるんですけど……どう答えます?」

「どうしても何も……なぁ?」


 話の途中で、こちらに視線を寄越してきたユカリにそう返すと、「まぁ、全部話した方が早そうですよね」とだけ言って、また魔法文明語で喋り始めた。

 そう言えば、ノーブルエルフがどうこうって話だったから、てっきり全員が全員やべー奴なのかと思ってたが……今のところ、こいつらにそういう気は無さそうなんだよな。

 もしもそのつもりがあるんだったら、さっき草原で出くわした時点で、戦争の第二ラウンドが始まってたはずだ。こんなところでのんびり世間話をする訳はない。

 となると……なんとなく読めてきたな。先王を暗殺し、玉座を奪い取った奴に挨拶をしにいくのが、俺達の第一目標ってところか。


「─────。どうやら、向こうも地上で何が起きていたか知らなかったようです。それで、お互いの事情を説明し合うための場を、明日改めて用意したい、とのことですが」

 まだまだ話は長くなりそうなのか、今日のところは一旦お開きとされるようだ。

 こっちとしては、誰をぶん殴りにいけばいいのか分からん状態では迂闊に動けないし、あちらも全員が全員地上を滅ぼそうとしてる訳じゃあないらしいので、認識の摺り合わせをしておくのは大事だろう。

 一歩間違えれば全面戦争になりかねないしな。俺としては大歓迎だが。

「では、そうしてもらいましょうか。……あ、最後に一つだけ訊きたいことが」

 隊長たちの方へと向き直り、ユカリがまた何かを訊ねる。

 だいたいの事は教えてもらえたし、何かあるとしても明日にすりゃいいだろうに。

『───、───────?』

「……どうして、ここまで待遇を良くしてくれるのか、だって」

 そう思ったんだが、アデリーが通訳してくれたのを聞いて納得がいった。

 確かに、ここまでしてもらえる理由がよく分からんな。というか、最初は武器を全部没収しようとしてきたくせに、今じゃすっかりお話し相手なのはどうしてだ?

 そんな俺の疑問も、すぐに解消されることになった。


「……あちらからすると、状況証拠的に、どう考えてもアデリーこそが先王の娘だから、だそうです」


 あぁ……そう言えばさっき、アデリーが何やら疑われていたもんな。

 あれは先王の娘さんに容姿がそっくりだったから、らしい。先王が亡くなる少し前に行方不明になっていて、それで取り乱したんだとか。

 まさか、ただのそっくりさんって事はないだろうし……何より、アデリーの右腕にあるのは、王家の者しか持っていることがないはずの腕輪。

 むしろこれでどうやって言い逃れられるんだ、って状況だな。


「……まぁ、そうなるだろうな」


 静かに頷くヤキトの隣で、アデリーは大変ばつの悪そうな顔をしていた。

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Era of Daemons イ重カレナ @hatarake

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