「ふぁにゃぅにょっ?!」


 ヤキトの【エスケープ】によって転送された先、ディザのザイア神殿に着いてすぐに聞こえてきたのは、なんとも言えない女性の叫び声だった。

 ……そりゃあまぁ、突然目の前に誰かが瞬間移動してきたら驚きますよね。すみません、名も知らぬ見習い神官さん。

「あ、えーと……こんばんはー……」

「あっ、はい、こんばんは?」

 とりあえず挨拶してみたものの、むしろ申し訳無さが加速している気がする。

 すみませんヤキトさん、この空気をなんとかしていただけないでしょうか、という懇願の意を込めた目線を送って、なんとかこの状況を脱しようと試みると、頼みの騎士様はやれやれ、といった様子で目の前の神官さんに声をかけてくれた。

「すまない。驚かせたな」

「いえっ……その、何か御用ですか?」

「あぁ。とりあえず、食事を用意してくれると助かる。……あと、こいつを適当な所で寝かせてやってくれ」

 肩の上で大変気持ちよさそうにいびきをかいている山羊を指差しながらそう言うと、神官さんは首を傾げつつも、そそくさと準備を始めてくれた。


 かくあって神殿で一晩を明かし、翌朝。私達よりも六時間ほど早く眠りについていたエリアスは、「カー、よく寝たぜ!」などと抜かしながら無事に目を覚ました。

 次また同じ状況になったら、物理的に叩き起こしてやろうかな、と思うなどしつつ、突然の訪問にも関わらず色々と世話をしてくれた神殿の方々に感謝を述べてから、再び神へのきざはしを目指して街を発つことになった。

「こんな時のために、昨日の時点でちゃんとマッピングをしておいた私は褒めてもらってもいいと思うの」

「……だ、そうだぞ」

「さすが私のアデリーです。えらいえらい」

 アデリー作の可愛らしい地図をもとに、前回と同じ道を辿っていけば、特に迷うこと無く、あの洞窟へと戻ってくることができた。

 幸い、洞窟の外にまであの魔法生物は出てきてはいないようだ。逆に言えば、まだあの場所で待ち構えているということでもある。

 とはいえ、敵がいると分かっているのであれば、事前に支援魔法を掛けておくことができるので、前回より有利な状態で戦闘を始められる。あまり気を負う必要はないだろう。

 特に、催眠だの洗脳だのに抵抗するために、闇の妖精さんの力が必要である、と分かったのは本当に大きい。それさえ無ければ、あれはただの不気味な生き物でしかなくなるのだ。


 さて、そうして迎えた再戦。

 ……アデリーが【バインド・オペレーション】で動きを制限し、私が【ブレイブハート】で精神作用を無効化してしまえば、なんのことはない一方的な戦いとなったため、詳細は割愛とさせていただこう。

「ま、眠らなきゃこんなもんよ!」

「闇の妖精さんに感謝することですね。では、御機嫌よう」

 今回こそ仕事をしてくれたエリアスのおかげで、弱りに弱った魔法生物へ、私がとどめの一撃を入れてやることにする。

 風の妖精さんの力を借りて放った矢が、紅い閃光の如く駆けてゆき、目玉を、そして身体を貫くと、魔法生物は花火のように全身を弾けさせながら消滅した。

「竜牙の矢……四万ガメルの価値はありましたね」

 ふぅ、と息をつきながらそれを見届けた後、通路の先へと進み、壁に突き刺さっていたその矢を回収する。

 この先、普通に攻撃魔法を撃っても、抵抗を貫けるかどうか怪しいと思ってこれを買ってみたが、悪い選択ではなかったようだ。少なくとも、自分で炎の矢を放つよりは威力があった様に見えた。

「奥にあるもの、見に行きましょうか。おそらく目的のものでしょうし」

「ま、これだけ大層に守ってたんなら、が無きゃ困るわな」

 私よりも少し先まで進みながら、フェンさんが皆に呼びかける。

 エリアスの推理はごもっともで、魔法生物が道を塞いでいたということは、その生物を作れるだけの技量を持った魔法使いが、それに何かを守らせていたということである。

 そして実際、通路の行き止まりの空間にあったのは、いつぞやにコ・クーレ邸の地下で見たような、転移用の魔法陣であった。

 後はこれが、ノーブルエルフ達がお忍びで地上に降りるためのものであれば完璧な訳だが。

「見付けたはいいが……これ、どこに繋がってるんだ?流石に敵陣のど真ん中、ってのは中々めんどくさいぜ」

「ひとまず、お前を放り込んで様子を見てみよう」

「ひでぇ奴だことで」

 冗談の様にヤキトは言っているが、実際のところ、単独での戦闘能力・偵察能力に長けたエリアスに様子見してもらうのが一番無難ではある。

 偵察だけなら私でも出来るが、魔法を封じられたが最後、二度と戻ってこられなくなるので、リスキーが過ぎるのだ。

「ちょっと怖いけど……乗ってみる?」

「んまぁ、やってみねぇ事にはわからねぇからなぁ」

「では。妖精さん、もうしばらくこの山羊に付いてあげてください」

 それに私には、これまた闇の妖精さんの力で他者と精神を共有する術【マインドリンク】があるので、それを使えば実質二人で偵察可能なのである。

 ……この男と精神を共有するとか死ぬほど嫌ではありますが。背に腹は代えられないのでここはぐっと我慢です。

『知らねぇよ……つーか漏れてんぞ、心の声』

 うわ、頭の中に直接声が。やっぱり使わないほうが良かったもしれませんこれ。

「ま、それじゃ行ってみますかね」

「いざとなれば、俺も引き寄せられるしな。行ってこい」

 かくして準備が整い、エリアスが魔法陣の上へと足を踏み出す。

 すると、魔法陣が一際強く光を放───つようなことはなく、そのまま無言の時が数秒ほど流れることになった。

「……動いてねぇの?この魔方陣」

 沈黙を破ったのは、他でもないエリアスである。ついでに「色々試してみるか」と歌ったり踊ったりしてみたが、やはり魔法陣に変化は見られない。

 その様子を眺めていたアデリーは、「やっぱりか」と呟くと、エリアスの方へと歩いていった。

「やっぱり、とは?」

「多分、特定の人が乗らないと動かないんだと思う。例えば、ノーブルエルフとか」

 私の問いに応えながら、そのまま魔法陣の上に踏み入ると、エリアスの時は異なり、魔法陣は淡い金色の光を放ちだした。どうやらアデリーの予想通り、無関係の者には使えないようにされていたようだ。

 起動させた当人が少し複雑そうな顔をしているのは、まだ自分がノーブルエルフである、という事実とどう向き合えばいいのか分からずにいる……のだろうか。

 あるいは、これから自分の同族と争うことになるかもしれない、という現実に、戸惑いや躊躇いを覚えているのか。

「……もう少し力を加えたら、そのまま転移もできると思う。どうする?」

 そんな表情のまま、アデリーは皆に尋ねる。

 首を横に振るものはいなかった。

「じゃあ……行くよ」

 全員が魔法陣に乗ったのを見て、アデリーがそう言うと、魔法陣の光はよりいっそう強くなり、やがて視界を埋め尽くした。


 さぁ、いよいよノーブルエルフの……すべての元凶の元に、辿り着く時です。

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