弐
「彼等は……ノーブルエルフは、地上を再度支配したがっています。その際、地上に降りるルートを確保しているのでは、と思うんです」
フェンさんが指を立てながら、考えを述べます。
この光景、前にも見たような……あ、ディザに向かうことになった時か。
随分昔のことの様に思えてくるけど、まだ半年も経ってないかな?あの頃に比べると、私もみんなも、随分と成長した気がします。
それに合わせて、状況もより深刻、かつスケールの大きな話になっているけども、それはさておき。
「魔法王ならともかく、一般の人が長距離を移動する魔法を使えるとは思えません。恐らくは、移動手段を別途用意しているはずです」
「魔法文明時代の技術でそういうの、ってなると……テレポーターとか?」
「それも、見つかりにくい場所に、でしょうね」
私の言葉にフェンさんは頷きます。ノーブルエルフともあろう者が、のこのこ自分の足で山を降りてくるとは考えにくいからね。
まぁ、もっとも───
「彼らは当時、"神へのきざはし"の辺りを領有していたところを、フェンディルに追われて逃げてきたのでしたっけ」
「つまり……山の中を探すことになる、か」
「はい。見つかりにくい場所で、かつ彼らがアクセスしやすい場所となると、選択肢はその辺りになってきますね」
───肝心の知識も技術も忘れてしまった私は、こうしてみんなと一緒に、山登りをすることになった訳ですが。
せめて、【ディメンジョン・ゲート】のひとつでも使えたら良かったのになぁ。
◇ ◇ ◇
「ま、準備運動にはなったかね」
ヤキトの【フォース】によって顔面を撃ち抜かれたフレスベルクが、よろよろと地面に突っ伏したのを眺めつつ、俺は息を整える。
さすがは神へのきざはし、出てくるのも中々のバケモノだな。こんな幻獣がうろついてるんじゃあ、普通の奴がノーブルエルフ探しなんてできそうにない。
ユカリに事態の説明をしてもらって、ノーブルエルフをぶち殺……じゃない、止めるためにちょっと山登りしてくる、と告げたところ、姫様達は止めることも、咎めることもしなかった。
いくら諸悪の根源であるとはいえ、王族の───自分達の祖先の息の根を止めることになるかもしれないというのに、だ。
『王、というのはですね、関係性の中に存在するものです。治める……守るべき民がいて、その民に支えられて存在するものです。王であることそのもの……その血縁であることそのものに何か価値があるわけでは、ありません』
『世襲の私達が言っても、あまり説得力ないですけどね』
そう言って送り出してもらった以上は、きちんと仕事をしないといかんよな。
……ま、俺としては、魔法文明時代を支配していたというその力が、どれ程のもんかを確かめさせてもらえれば、それでいいんだけどな。
「どうします?流石に休みますか?」
「俺はどっちでも構わねぇが、マナを消費した奴らはどうよ?」
生死確認のためにフレスベルクを小突きながら、フェンの方を振り返る。
大した相手でも無かったし、このまま探索を続行してもいいんじゃないか、と思うが───
「ふ、ふっ……思ったよりキましたね」
「……あぁ、ユカリはキツそうだな。一旦休憩だなこりゃ」
ああいや、なんかよく分からんがやたらとユカリのことを狙い撃ちしてたな、この鳥。俺も人のことを言えたもんじゃないが、ユカリも大概防御力の低い奴だから、一、二発攻撃を貰うだけで苦しくなっちまう、
傷を癒やすためのマナが無い、って程じゃあなさそうだが……魔香草だの魔晶石だのを使って強行するにゃあまだ早いか。
「私が見張ってますから。皆さんは寝てください」
幸い、近くに丁度いい洞窟があったので、その中で野営を行うことになった。
荷物を降ろして、一応テントも立てとくか、と思って作業をしていると、そこでひとつ違和感を覚えた。入り口とは違う方向から、風が流れてきているっぽい。
「こっちに空洞でもあんのか?」
「空洞?あるようには見えないけど……あっ」
興味を持ったらしいアデリーが、俺の指したあたりの壁に触れようとしたところ───なんとその手は壁をすり抜けて、向こう側へと消えていった。
まさか、天然の洞窟でこんな仕掛けが自然に発生する訳はない。つまり、誰かが意図的にこれを設置したんだろう。
「幻覚かなにか、でしょうか」
「随分とまぁ、丁寧な隠蔽だな。こんな人気のない山中だと言うのに」
「こうまでして隠すものは……限られますよね」
他の奴らも集まってきたところで、顔を見渡す。全員、考えていることは同じ、って感じだな。
なら、次に言う台詞はこれで決まりだ。
「面白そうじゃねえか。行ってみようぜ」
◇ ◇ ◇
エリアスとアデリーが見つけた隠し通路の奥へと進むと、通路の途中に、巨大な黒い球体が鎮座しているのが見つかった。
これもまた、おおよそ自然物とは思いにくい。そして、これを隠すための隠蔽だったともいうことも無いだろう。
「門番まで置くなんて、相当ですね」
「奥にあるものが見たかったら、押しのけて通るしかないね」
「つまり、いつも通りだな」
ユカリとアデリーが揃って肩をすくめたところで、俺も剣を抜く。フェンも剣に手をかけたところであり、エリアスは言うまでもなく臨戦態勢だった。
不意打ちを喰らわぬよう、謎の球体にじりじりと近づいていると、あと五メートル、というあたりで、球体に動きがあった。
その体躯───と呼んでいいのかは分からないが───に見合った巨大な瞳が三つ、一斉に開かれる。
続いて表面の残りの部分にも、無数の小さな瞳が生まれると、その全ての視線が俺達へと向けられた。
『─────、─────』
「ルティーア……それがあなたの主ですか?」
球体が発した魔法文明語らしき言葉に、ユカリが反応する。どうやらこの球体の創造主はルティーアと言う名らしい。
一応アデリーに視線を向けるが、特に変わった様子は見られなかった。知らないのか、無くした記憶の中の存在なのかは分からないが、少なくとも深い関係のある者ではないようだ。
「何喋ってんのかわかんねぇよハゲ。いいからそこ通しな!」
考えている間に、エリアスが一歩前へと踏み出した。相変わらず血気盛んな奴だ。
だがまぁ、魔法生物に尋問が通じるとは思えないし、もちろんただで情報を口にする様なことも無いだろう。よって、会話を続けるだけ無駄ではある。
ならば、俺もさっさと距離を詰めるか───
「あっ……こいつ、バグベアードの亜種です!目から放たれる光線をまともに喰らうと、厄介な事になるので───」
そう思って、足に力を込めようとしたときだった。
ユカリの声で足を止めたエリアスに向けて、漆黒の瞳のひとつが、くだんの光線と思わしきものを放っていた。
不味い、あいつは魔法への抵抗力がとことん低い。俺が代わりに受けようにも、距離が空きすぎていてもう間に合わない。
「あん、光線?……ぬぉっ」
結局、光線を顔面で受け止めてしまったエリアスは、その場で膝から崩れ落ちる。
外傷は無いように見えるが、一体何を喰らったのか。場合によっては、即座に解除しなければならないが……
「……zzz……」
そう思ったのだが、聞き慣れたいびきが洞窟内に響いたところで、その焦燥はすっかり消え去った。なんだ、眠らされただけか……
致死性のものでなくて一安心だが、いずれにしろ危機的状況であることに変わりはない。というのも、魔法による催眠を解除するには、自然に効果が解けるのを待つか、より強い魔力で解除を試みるしか無いのだ。
「ユカリ、あの魔法生物の魔力は?」
「うーん……アデリーの魔力より高そうです」
そして、俺達の中で唯一解除を行えるアデリーでも難しいとなると、この場でエリアスを叩き起こす術は、残念ながら存在しないということになる。
こんな奴でも一応メインアタッカーだ、それが欠けている状態で戦うのは、あまり得策とは言えない。
「仕方ない。一旦退くぞ!」
「この山羊を囮にすれば、安全に撤退できそうですが……」
「却下だ」
「冗談です。……じゃ、よろしくお願いします」
俺が何をするつもりなのか、ユカリは察しが付いたようで、アデリーとフェンを俺の方へと向かわせる。
その間に、俺も寝転がっているエリアスを担ぎ上げて、ザイア神への祈りの言葉を唱え始めた。
「ザイアよ、我らに一度、体勢を立て直す機会を」
神聖魔法【エスケープ】───自身の神を祀る神殿や祠に瞬時に移動する、最終手段と呼べる魔法のひとつ。
これによって、球体から放たれた二発目の光線が届くより先に、俺達はこの場を後にすることに成功したのだった。
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