雲上の玉兎

 拝啓、未だ見ぬお父様、お母様。


 私は魔神から人々を助けたい、そう思って戦いを始めました。

 実はお姫様だったフェン。堅くて紳士なヤキト。最愛のユカお姉ちゃん。

 あと、変な意味でもアタッカーなエリアス。

 仲間に支えられ、最大の敵を倒したはずです。


 しかし、魔神を使役していたのは……裏で糸を引いていたのは、かつて滅んだはずの古代種族、ノーブルエルフ。

 そして、私もそのノーブルエルフであることが、旅のなかで分かりました。

 地上を再度支配する野望を食い止めるため、私達はノーブルエルフが隠れ住むという神へのきざはしを目指しています。


 願わくば、私たちが戦わなければならない相手が、お父様とお母様でありませんように……


 ◇ ◇ ◇


「ただ今帰還致しました」

「どうも、帰還致しました!魔神将、ぶち殺して来ましたぜ!」

 激闘を終えた翌日。

 王城の謁見の間の扉を開くと同時に、ヤキトさんとエリアスさんが堂々と帰還を告げると、二人の姫様は───私もお姫様であることが周知されてしまった今、こう呼ぶと紛らわしいかもしれない───いい意味での驚愕の表情を浮かべていた。

 ……エリアスさんの言葉遣いに関して、指摘しようかどうか少し悩んだけれど、今日のところは見逃してあげることにしよう。今更な気もするし。

「……倒せたのですか」

「はい。無事、ガルシアを退けて来ました」

「……ありがとうございました」

 ユカリさんがそう繰り返し、アデリーさんもその言葉に頷けば、ようやくこれが現実だと受け入れられたのか、二人は感謝の言葉と共に、頭を下げる。

 正直なところ、二人の気持ちは分からなくない。いくら国で最も頼りになる者達とは言え、無事に戻ってこられるかどうかは不確かであり、上手くいかなかった場合も想定して色々な準備がされていたことだろう。

 もっとも、それらはすべて杞憂であったのだが。

「なに、我々はすべきことをしたまでです」

「えぇ。……とはいえ、ですね」

 しかし、二人の顔色はまだ晴れない。ヤキトさんから目をそらしながら、言葉を詰まらせている。

 その理由に、なんとなく察しはついている。……おそらく報酬の話だろう。

「国を……いや、世界を、というべきでしょうか。救ってくださった皆様には申し訳ないのですが……」

「えぇ。……その、報酬については一旦保留、とさせていただけませんでしょうか」

 引き伸ばしてもしょうがない、と判断したのか、姉様達は再び頭を下げながらそう謝罪した。

 守護龍を一時的に独占するための契約をルキスラと行った時点で、国庫の中はがらんどうだったのだ。これ以上無理をすれば、国が成り立たなくなってしまう。

 いくら世界の敵に立ち向かうためとはいえ、自分たちの国を放棄する様な選択はできないのだ。まして王族という立場であれば。

 国を、国民を蔑ろにするような王族が迎える最期など、それこそ魔神将よりも酷いものになることだろう。

「そりゃ……なんとも世知辛い事で」

「恥ずかしながら、もう先三年の予算も無く……爵位の授与などで良ければ、そうすることも出来るのですが」

「ハハハ!俺みてぇなのにそんなん授けたら、それこそ国が傾きましょうよ!」

 そういった事情を理解しているのかいないのか、エリアスさんが冗談めかしてラフェンサ姉様にそう返すと、少し顔が和らいだ。

 実際のところ、彼はそういった物にあまり興味は無さそうなので、貰っても持て余してしまいそうだ。ユカリさんも同じくだろう。ヤキトさんに至っては、順当に行けば大司祭の地位に就くことだろうから、その際に爵位は邪魔になってしまうはずだ。

 アデリーさんは……爵位よりも先に、解決しなくてはならない問題があるか。

「我々は冒険者です。少し遠出の冒険をし、その先で遭遇した強敵と戦っただけ。己が冒険の為に戦ったのだから、そこに国からの報酬は不要……と、いうことでいかがでしょう」

「……痛み入ります」

 ヤキトさんがそう締めて、報酬に関する話は一旦保留となった。数年経って、経済が回復したときにでも、再び持ち出されるのだろう。

「さて……話が一区切りついた所で、別の話に行きましょうや」

 では今日のところはこれで、という雰囲気であった姫様、もとい姉様二人だが、エリアスさんがそう切り出したのを聞いてきょとんとした。これ以上何か話すことがあるんだろうか、という顔だ。

「なんの話かって言うと難しくなるんですが……あー。ユカリさん頼めます?」

「えっ、そこで私に振るんですか」

 いきなりバトンを渡されたユカリさんは、まぁいいですけど、と言いながら咳払いを一つ挟む。

 ……さて、こっちが今日の本題だ。

「えぇと、今回の魔神達の侵攻に関することなのですが、実は───」

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