肆
無事にガルシアを撃破した後、私たちは再びエンストークとプロトーンの背に乗って、ラ・ルメイア城から脱出しました。
そして何事もなくディザへと戻ってきた訳だけど……現在時刻は、そろそろ夜が明けるかな、といったところ。街の人達は、ほとんど誰も起きてはいません。
なので、「諸々の報告をするのは、一睡してからだな」というヤキトの提案に、みんな頷いていたんだけど。
「ごめん。みんなに話したいことがあるから、それだけ聞いて欲しい」
私だけは、そうもいかないから。
意を決して、みんなにそう告げました。
場を改めて、いつもの宿屋の、エリアスとヤキトが泊まっている部屋。
そこに全員で集まって、聞き耳を立てている人がいないことを確認して。
扉を閉め、みんなの視線が私に向けられたところで、小さく深呼吸を挟む。
「それで、話したいこととは、重要なことか?」
「……多分、とても。でも、いざ話すとなると、なかなか切り出しにくいね」
「アデリー、無理はしないでくださいね」
ヤキトとユカお姉ちゃんの言葉に、俯きながら頷きます。
でも、言わない訳にはいかないから。あるいは、言わなかったら、きっと後悔してしまうから。
それに……私一人で抱えるには、あまりにも大きすぎる問題だから。
「ま、聞いてやるぜ。眠る前の酒も、一人じゃつまらなかった所だ。ヤキトは下戸……っつーか物理的に飲めねぇしな!ウハハハ!」
真剣に話し合う私達の横で、エリアスはいつも通りなご様子でした。
……まぁ、うん。きっと彼なりに場を和ませてくれようとしているんでしょう。
ユカお姉ちゃんの凍てつくような視線とか、ハリセンを取り出そうとしているフェンさんとか、微塵も動じていないのが逆に怖いヤキトとかの様子を見るに、それが成功しているのかどうかは甚だ疑問だけど。
「ハハハ……で?態々重要な話っつってきたんだ。落ち着いて話せよ」
ひとしきり笑い終えたところで、エリアスも真面目な顔つきに。
なんだかんだ、憎めない人……もといバルバロスだよなぁ、と思いつつ、私は顔を上げて、みんなと向き合います。
「あのね……ガルシアが言っていたじゃない。ノーブルエルフがどうこう、って」
『ノーブルエルフは今でも"神へのきざはし"の上で生きている』。そして、『ノーブルエルフはガルシアと契約して、アパスタークを得るために裏で動いていた』。
この二つの情報は、私達の間だけに留めておいていいものではないし、聞き流していいものでもない。
もしこれらが本当なら、世界を揺るがすほどの真実です。
「あぁ。……ノーブルエルフが生きていたという事実。これが何をもたらすのか」
「それに、魔神と契約してまで生き延びるとは……嫌な予感がしますね」
みんなもそれは理解していたようで、顔つきが、いっそう険しくなります。
今起きている魔神との全面戦争に、この件は大きく関わっている。直感だけど、私もそう思わずにはいられない。
「人の狂気ってのは恐ろしいねぇ。……それで?」
「うん。……それに関して、みんなに二つ、話したいの。伝えたいことと、提案したいことが、ひとつずつ」
エリアスに促され、そう答えるも、やはり少し口ごもってしまいます。
"提案"のほうはまだいい。きっと、みんな頷いてくれるから。
でも……"伝えたいこと"は、みんながどんな反応をするか、わからなくて。
「……アデリー」
再び俯いてしまったところで、ヤキトの方からがちゃり、と音が聞こえる。
気になって視線を向けると、そこには……兜を外して、素顔を見せているヤキトがいました。
……フロウライトは、あまり自分の肌を見せたがらない種族です。着込んでいる人が多かったり、他人と水浴びや入浴をすることを好まないのは、そういうところから来ているそうです。
そのフロウライトのヤキトが、わざわざこうしたということは。それだけ私のことを信頼している、あるいは、自分のことを信じて欲しい、というメッセージなんでしょう。
「アデリー。私は今までも、これからも、アデリーの傍にいますからね」
「それと、端的に頼むぜ。難しく言われたってわかんねぇからよ」
ユカお姉ちゃんとエリアスも、ヤキトに続いて私の背中を押してくれます。
……そう、だよね。確かに、口にするのは怖いけれど。
それ以上に、みんなにこれを伝えないのは……みんなに対して、失礼なことだ。
だから、伝えなくちゃ。この真実が、私に……世界に、どんな影響を与えることになるとしても。
「───わたしね。ノーブルエルフなの」
◇ ◇ ◇
ノーブルエルフは、まだ生きている。魔神と契約したことに依ってかは知らないが、ともかく絶滅してはいなかった。
そして、アデリーはノーブルエルフの生き残りである。どんな経緯で生き残り、俺達と巡り合うことになったのかはわからないが。
「ワオ、そりゃすげえ!俺のこと支配できたりすんの?」
……ついでに、この山羊が事の重大さを理解できているのかもわからないな。
まぁ、それはどうでもいいとして。
「多分なんだけど、この腕輪を付けている限りは、支配は無理……なんだと思う」
エリアスの戯言に苦笑しつつ、アデリーが腕輪を皆に見えるようにする。
王家の墓の遺跡で話に上がったこともあったこの腕輪が、まさか本当に重要なものだったとは。
おそらくは、以前コークル姫が仰っていたように、かつて存在していたという
あるいは、アデリーこそがその貴族である、という証なのか。
「記憶は戻ったんですか?」
「ううん。あくまで、プロトーンに教えてもらっただけだから」
「ふむ……過去のアデリー自身が、腕輪に記憶と力を封じたのか。あるいは、他者の手によるものなのか」
「それもなんとも。この腕輪自体、私が望んで付けたのか、それとも他の誰かに付けられたのかはわからないし……」
ユカリと俺の質問に、アデリーは首を横に振る。
どうやら、教えられたのは自身がノーブルエルフである、という情報だけのようだ。すると、彼女の過去については不明のままか。
……いや。それこそ、他のノーブルエルフ達に聞けば何か分かるかもしれないか。
それが叶うかどうかは別の話になりそうだが。
そもそも、"神へのきざはし"の麓まではさておき、そこを登ることが可能なのかも分からない。登れたとして、長いこと隠れて暮らしていたノーブルエルフが、俺達現代人を受け入れてくれるかと言えば、かなり怪しいところだろう。
「なるほど。つまるところ、その腕輪を壊せば強くなるってこったな?」
「それはー……どうかなぁ……」
……いざとなったら、この馬鹿を囮として上手く使うか。
「まぁ、今のところ、その腕輪が害を及ぼしたりはしていなさそうですかね」
「かな。……それで、二つ目の話なんだけど」
言って、再び皆の顔を見回す。
そして、先程とは違い、俯くことも、悩む素振りを見せることもなく、決意に満ちた表情で再び口を開いた。
「止めないといけないと思うんだ。ノーブルエルフをさ」
止める。ただの狂信者や蛮族相手ならば、それはそう難しい話では無い。
だがおそらく、ノーブルエルフ相手では『これ以上魔神を暴れさせないでくれ』と頭を下げるだけでは済まないだろう。
ましてや、魔神将と契約を結ぶような者が相手とあれば。
「実際、ガルシアは彼らが地上に返り咲こうとしている、と言ってましたね」
「うん。……どう、かな」
フェンの言う通り、放置する訳にはいかない。だが、簡単には頷けない提案でもある。それを理解しているのか、アデリーも静かに俺達の反応を待っていた。
確かに、立ち向かうにはあまりにも強大な相手である。あるのだが。
「今までの延長線上に過ぎないな。やる事としては」
「それに、魔神が蔓延ってる原因の一つでしょうからね」
「だな。にしても、ノーブルエルフねぇ……どんな戦い方するのか、どんな奴らなのか……見てみてぇな?」
首を横に振る者は、誰もいなかった。
「それでアデリー。どう、とは?」
「……いや。なんでもない」
ユカリにわざとらしく聞き返されると、アデリーはようやく、普段の柔らかな笑顔を取り戻した。
どうやら、肩の荷は降ろしきれたようだ。
「……ところでだ。このノーブルエルフぶっ殺し作戦、スポンサーは?」
「……あー……もはや今回の報奨金をどうするか、で姫様達は頭を抱えていました」
だが、今度はフェンの声色がよろしくなくなった。
実際、エリアスの心配はごもっともだろう。俺が着ているこの甲冑も、購入費用はほとんど俺が出したので、おそらく姫様達が俺達のために出せる金というのは、殆ど無いものと思われる。
「そうか……まぁ俺たちゃ冒険者だ。敵地で略奪して稼ごうじゃねぇの。
魔法文明の遺産ってなると、そりゃまた稼げるなぁ?そう思わねぇか?」
そんな余裕があるか、そもそも持ち帰れるような物があるのかは知らないが。
とりあえず、金銭的に困るようなことがあった場合は、そうするしかなさそうだ。
「なんにせよ、事の顛末は報告せねばなるまい」
「そうですね……報告してからでも遅くはないでしょうし、今後の動きについては、姫様達も交えて明日決めましょうか」
かくして、会議は一旦中止にして、明日の謁見のために寝床に入ることになった。
「そうだヤキト、寝る前に酒飲むか?って飲めねぇんだった!ウハハハハ!!!」
「……ヤキト。やっていいよ」
「はい。やっていいと思います」
「そうか。……ザイアよ。このライカンに、どうか喝をお入れください───」
「ちょっと??」
「あ、私も手伝いましょう。妖精さん、あのお馬鹿さんを、ちょーっとだけ脅かしていただけると───」
「オイオイオイ!ちょっとしたジョーダン───っぶねぇ!マジで打ってきやがったこの野郎!!」
「なに、それも”ジョーダン”だ」
「ええ、ちょっとした"ジョーダン"です」
「カーッ!一本取られたねこりゃ!」
その前にエリアスに【バニッシュ】を叩き込んだりしたのは、まぁ特筆すべきことでもなかろう。
……あぁいや。アデリーの【スペルエンハンス】とフェンの【ブレス】があれば、俺の魔力でもこいつの抵抗を破れそう、というのは覚えておいた方がいいか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます