無事にガルシアを撃破した後、私たちは再びエンストークとプロトーンの背に乗って、ラ・ルメイア城から脱出しました。

 そして何事もなくディザへと戻ってきた訳だけど……現在時刻は、そろそろ夜が明けるかな、といったところ。街の人達は、ほとんど誰も起きてはいません。

 なので、「諸々の報告をするのは、一睡してからだな」というヤキトの提案に、みんな頷いていたんだけど。


「ごめん。みんなに話したいことがあるから、それだけ聞いて欲しい」


 私だけは、そうもいかないから。

 意を決して、みんなにそう告げました。




 場を改めて、いつもの宿屋の、エリアスとヤキトが泊まっている部屋。

 そこに全員で集まって、聞き耳を立てている人がいないことを確認して。

 扉を閉め、みんなの視線が私に向けられたところで、小さく深呼吸を挟む。

「それで、話したいこととは、重要なことか?」

「……多分、とても。でも、いざ話すとなると、なかなか切り出しにくいね」

「アデリー、無理はしないでくださいね」

 ヤキトとユカお姉ちゃんの言葉に、俯きながら頷きます。

 でも、言わない訳にはいかないから。あるいは、言わなかったら、きっと後悔してしまうから。

 それに……私一人で抱えるには、あまりにも大きすぎる問題だから。

「ま、聞いてやるぜ。眠る前の酒も、一人じゃつまらなかった所だ。ヤキトは下戸……っつーか物理的に飲めねぇしな!ウハハハ!」

 真剣に話し合う私達の横で、エリアスはいつも通りなご様子でした。

 ……まぁ、うん。きっと彼なりに場を和ませてくれようとしているんでしょう。

 ユカお姉ちゃんの凍てつくような視線とか、ハリセンを取り出そうとしているフェンさんとか、微塵も動じていないのが逆に怖いヤキトとかの様子を見るに、それが成功しているのかどうかは甚だ疑問だけど。

「ハハハ……で?態々重要な話っつってきたんだ。落ち着いて話せよ」

 ひとしきり笑い終えたところで、エリアスも真面目な顔つきに。

 なんだかんだ、憎めない人……もといバルバロスだよなぁ、と思いつつ、私は顔を上げて、みんなと向き合います。

「あのね……ガルシアが言っていたじゃない。ノーブルエルフがどうこう、って」

 『ノーブルエルフは今でも"神へのきざはし"の上で生きている』。そして、『ノーブルエルフはガルシアと契約して、アパスタークを得るために裏で動いていた』。

 この二つの情報は、私達の間だけに留めておいていいものではないし、聞き流していいものでもない。

 もしこれらが本当なら、世界を揺るがすほどの真実です。

「あぁ。……ノーブルエルフが生きていたという事実。これが何をもたらすのか」

「それに、魔神と契約してまで生き延びるとは……嫌な予感がしますね」

 みんなもそれは理解していたようで、顔つきが、いっそう険しくなります。

 今起きている魔神との全面戦争に、この件は大きく関わっている。直感だけど、私もそう思わずにはいられない。

「人の狂気ってのは恐ろしいねぇ。……それで?」

「うん。……それに関して、みんなに二つ、話したいの。伝えたいことと、提案したいことが、ひとつずつ」

 エリアスに促され、そう答えるも、やはり少し口ごもってしまいます。

 "提案"のほうはまだいい。きっと、みんな頷いてくれるから。

 でも……"伝えたいこと"は、みんながどんな反応をするか、わからなくて。

「……アデリー」

 再び俯いてしまったところで、ヤキトの方からがちゃり、と音が聞こえる。

 気になって視線を向けると、そこには……兜を外して、素顔を見せているヤキトがいました。

 ……フロウライトは、あまり自分の肌を見せたがらない種族です。着込んでいる人が多かったり、他人と水浴びや入浴をすることを好まないのは、そういうところから来ているそうです。

 そのフロウライトのヤキトが、わざわざこうしたということは。それだけ私のことを信頼している、あるいは、自分のことを信じて欲しい、というメッセージなんでしょう。

「アデリー。私は今までも、これからも、アデリーの傍にいますからね」

「それと、端的に頼むぜ。難しく言われたってわかんねぇからよ」

 ユカお姉ちゃんとエリアスも、ヤキトに続いて私の背中を押してくれます。

 ……そう、だよね。確かに、口にするのは怖いけれど。

 それ以上に、みんなにこれを伝えないのは……みんなに対して、失礼なことだ。

 だから、伝えなくちゃ。この真実が、私に……世界に、どんな影響を与えることになるとしても。


「───わたしね。ノーブルエルフなの」


 ◇ ◇ ◇


 ノーブルエルフは、まだ生きている。魔神と契約したことに依ってかは知らないが、ともかく絶滅してはいなかった。

 そして、アデリーはノーブルエルフの生き残りである。どんな経緯で生き残り、俺達と巡り合うことになったのかはわからないが。

「ワオ、そりゃすげえ!俺のこと支配できたりすんの?」

 ……ついでに、この山羊が事の重大さを理解できているのかもわからないな。

 まぁ、それはどうでもいいとして。

「多分なんだけど、この腕輪を付けている限りは、支配は無理……なんだと思う」

 エリアスの戯言に苦笑しつつ、アデリーが腕輪を皆に見えるようにする。

 王家の墓の遺跡で話に上がったこともあったこの腕輪が、まさか本当に重要なものだったとは。

 おそらくは、以前コークル姫が仰っていたように、かつて存在していたというアリストクラシー貴族の力に関係するもの、なのだろう。

 あるいは、アデリーこそがその貴族である、という証なのか。

「記憶は戻ったんですか?」

「ううん。あくまで、プロトーンに教えてもらっただけだから」

「ふむ……過去のアデリー自身が、腕輪に記憶と力を封じたのか。あるいは、他者の手によるものなのか」

「それもなんとも。この腕輪自体、私が望んで付けたのか、それとも他の誰かに付けられたのかはわからないし……」

 ユカリと俺の質問に、アデリーは首を横に振る。

 どうやら、教えられたのは自身がノーブルエルフである、という情報だけのようだ。すると、彼女の過去については不明のままか。

 ……いや。それこそ、他のノーブルエルフ達に聞けば何か分かるかもしれないか。

 それが叶うかどうかは別の話になりそうだが。

 そもそも、"神へのきざはし"の麓まではさておき、そこを登ることが可能なのかも分からない。登れたとして、長いこと隠れて暮らしていたノーブルエルフが、俺達現代人を受け入れてくれるかと言えば、かなり怪しいところだろう。

「なるほど。つまるところ、その腕輪を壊せば強くなるってこったな?」

「それはー……どうかなぁ……」

 ……いざとなったら、この馬鹿を囮として上手く使うか。

「まぁ、今のところ、その腕輪が害を及ぼしたりはしていなさそうですかね」

「かな。……それで、二つ目の話なんだけど」

 言って、再び皆の顔を見回す。

 そして、先程とは違い、俯くことも、悩む素振りを見せることもなく、決意に満ちた表情で再び口を開いた。

「止めないといけないと思うんだ。ノーブルエルフをさ」

 止める。ただの狂信者や蛮族相手ならば、それはそう難しい話では無い。

 だがおそらく、ノーブルエルフ相手では『これ以上魔神を暴れさせないでくれ』と頭を下げるだけでは済まないだろう。

 ましてや、魔神将と契約を結ぶような者が相手とあれば。

「実際、ガルシアは彼らが地上に返り咲こうとしている、と言ってましたね」

「うん。……どう、かな」

 フェンの言う通り、放置する訳にはいかない。だが、簡単には頷けない提案でもある。それを理解しているのか、アデリーも静かに俺達の反応を待っていた。

 確かに、立ち向かうにはあまりにも強大な相手である。あるのだが。

「今までの延長線上に過ぎないな。やる事としては」

「それに、魔神が蔓延ってる原因の一つでしょうからね」

「だな。にしても、ノーブルエルフねぇ……どんな戦い方するのか、どんな奴らなのか……見てみてぇな?」

 首を横に振る者は、誰もいなかった。

「それでアデリー。どう、とは?」

「……いや。なんでもない」

 ユカリにわざとらしく聞き返されると、アデリーはようやく、普段の柔らかな笑顔を取り戻した。

 どうやら、肩の荷は降ろしきれたようだ。

「……ところでだ。このノーブルエルフぶっ殺し作戦、スポンサーは?」

「……あー……もはや今回の報奨金をどうするか、で姫様達は頭を抱えていました」

 だが、今度はフェンの声色がよろしくなくなった。

 実際、エリアスの心配はごもっともだろう。俺が着ているこの甲冑も、購入費用はほとんど俺が出したので、おそらく姫様達が俺達のために出せる金というのは、殆ど無いものと思われる。

「そうか……まぁ俺たちゃ冒険者だ。敵地で略奪して稼ごうじゃねぇの。

 魔法文明の遺産ってなると、そりゃまた稼げるなぁ?そう思わねぇか?」

 そんな余裕があるか、そもそも持ち帰れるような物があるのかは知らないが。

 とりあえず、金銭的に困るようなことがあった場合は、そうするしかなさそうだ。

「なんにせよ、事の顛末は報告せねばなるまい」

「そうですね……報告してからでも遅くはないでしょうし、今後の動きについては、姫様達も交えて明日決めましょうか」

 かくして、会議は一旦中止にして、明日の謁見のために寝床に入ることになった。




「そうだヤキト、寝る前に酒飲むか?って飲めねぇんだった!ウハハハハ!!!」

「……ヤキト。やっていいよ」

「はい。やっていいと思います」

「そうか。……ザイアよ。このライカンに、どうか喝をお入れください───」

「ちょっと??」

「あ、私も手伝いましょう。妖精さん、あのお馬鹿さんを、ちょーっとだけ脅かしていただけると───」

「オイオイオイ!ちょっとしたジョーダン───っぶねぇ!マジで打ってきやがったこの野郎!!」

「なに、それも”ジョーダン”だ」

「ええ、ちょっとした"ジョーダン"です」

「カーッ!一本取られたねこりゃ!」


 その前にエリアスに【バニッシュ】を叩き込んだりしたのは、まぁ特筆すべきことでもなかろう。

 ……あぁいや。アデリーの【スペルエンハンス】とフェンの【ブレス】があれば、俺の魔力でもこいつの抵抗を破れそう、というのは覚えておいた方がいいか。

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