参
「「エリアス!」」
ヤキトとアデリーが叫び、ザイア神の加護と深智魔法による保護を俺に与える。
アデリーがくれたのはいつもの【タフパワー】って奴だが、ヤキトがくれた加護はなんと、事前に聞いた話だと『魔法による負傷を軽減する効果』があるそうだ。正式な名前を【ルーン・シールド】と呼ぶらしい。
「これで、毒はなんとかなるだろう」
「おう。ありがとよ」
見てくれはパワータイプなガルシアだが、しかし実際はそうでもない。あいつが纏っている瘴気は、触れるだけで身体を蝕む猛毒を含んでいる。……と、さっきユカリが言っていた。
で、この手の『毒によるダメージ』ってのは、通常の防御魔法じゃ防げない。今もらった加護のような、対魔法に特化した防御魔法が必要になる。
それに加えて、魔神というのは大体の奴が狂神ラーリスを信仰しているので、その関係で神聖魔法もバッチリ使いこなしてきやがる。だもんで、それによるシンプルな魔法での攻撃も警戒しなくちゃならない。
おまけに、こいつの持っている巨大な戦斧。ありゃあ特注品って奴だ、勢い良くぶん回されたアレに直撃したら、おそらくタダじゃ済まない。ので、迂闊にカウンターを狙うこともできない。
結論。ガルシアさんは俺にとって、天敵と呼べる程に相性が悪い相手だ。
いやぁ、まったく……戦う前から楽しくなってきたなぁ、おい。
「非常に不本意ですが、あなたが死ぬと私達も道連れになりますから」
ユカリも悪態をつきながら、緑色のマテリアルカードを一枚、大事そうに取り出した。……おいおい、ありゃあSSランクのカードか。
それを使って賦術を行使すると、俺の身体が、堅く薄い樹皮のような物で覆われる───【バークメイル】だ。
本来は気休め程度の効果しかないこの木の鎧も、SSランクのものとなると、とんでもない堅牢さを誇るようになる。具体的には、新米の戦士が着るようなやっすい金属鎧を超えるくらい。
さすがにヤキトが着ている奴と比べると見劣りするが、もともと俺が着ているコートと合わせれば、ちょっとやそっとのダメージは通らなくなる。あの戦斧での一撃も、これなら耐えられる気がしてきたな。
「二万ガメルの働き、ちゃんとしてくださいね」
「はっ。ご期待通り、やってみせようじゃねぇの……!」
「私も、力添えします。───『戦え、勇気ある者達よ 掴み取れ、我らの勝利を』」
そして、フェンが歌っているこれは、いつだったか同じ歌を聞いた記憶があるような……ああ、思い出した。ガルシアとの戦いの時に、ヤキトが歌ってたのと同じやつか。つまりただの応援歌ではなく、れっきとした神聖魔法だ。
どうやらフェンの奴、いつの間にやら神の声を聞いて、神官としての力を得ていたらしい。ザイアに認められるほどの意志と覚悟が、あいつにもあったってことだな。
初めて会った時は、これでもかってくらいの箱入りお嬢様だったのにな。それが今やこんなに立派になって、仲間として嬉しい限りだぜ。
同時に、そんな頼もしい仲間たちからの期待を背負ってるんだから、ここでヘマなんか出来ねえな。ユカリとか、あの世とか来世でも延々嫌味を言ってきそうだし。
「さ、準備オッケーだ。殺らせて貰うぜ」
そんなユカリに倣って、俺も虎の子のSSランクの赤カードで【ヴォーパルウェポン】を使う。赤白い光を纏った両手両足を引っ提げて、奴の足元へと先陣を切る。
本当は脳天を殴り抜いて、さっさと黙らせてやるのが一番なんだが……さすがにこの体格差じゃあ、顔面にまともな打撃を入れるのは難しい。という訳で、ドラゴンに頭を降ろさせるのと同じ要領で、まずはこいつに膝を着かせなければならない。
記念すべき一撃目、脛の辺りへとストレートを突き刺す。感触は良好……だったが、奴の顔色は変わらない。
おいおい、今のはこないだ倒したノーブルドラゴンだって悶絶するような一撃だったと思うんだが。どんな体力してやがるんだよ。
「ちっ……オラァ!死ねや!!」
だが、今はいちいち一発一発の出来を気にしている余裕は無い。休む間を与えずに、二撃、三撃と叩き込んでやる。
どちらも初撃に比べると今ひとつな当たりだったが、少なくともノーダメージ、ということは無さそうだ。まあひとまずはこんなもんか、と納得しておく。
「痒いな」
が、ガルシアは一言そう呟いた後、なにやらぶつぶつと唱えると───俺が付けてやった傷跡が、あっという間に元通りになっていた。
はぁん、聞いたことがあるぜ。高位も高位の神官にしか使えない、超強力な回復魔法があるってな。多分それを使ったんだろう。
……不味いな、おい。俺が死ぬ気で三回ぶん殴ったダメージより、その魔法の回復力の方が上ってなると、俺以外の奴もこいつへの攻撃に参加してくれないと、ジリ貧でしかないんじゃないか。
「いつまでそこにいるつもりか」
焦る俺を、まるでゴミをそうするかのように、ガルシアが蹴り払う。体勢を崩されたところを、巨大な戦斧でヤキトと一緒に薙ぎ払われる。
ダメージ自体はそれほどでも無いが、流石は将軍様と言うべきか、攻撃の動作に無駄が無さすぎる。事前の予想通り、カウンターなんて狙った日には、そのまま壁に叩きつけられるハメになりそうだな。
ということは、自主的に殴る三回以上に、奴にダメージを与えられる機会があるとは思わないほうが良さそうだ。とことんまで相性が悪いな、俺ら。
「これは……埒が明かなさそうですね。頼みました、妖精さん」
一連の流れを見て、ユカリも俺と同じことを思ったのか、妖精を召喚し始めた。
ユカリの動作に合わせて、後衛の女子三人と俺達の中間くらいの位置に、軽装の鎧姿をした、ちょっと気の強そうな感じの女の妖精が現れた。妖精って言うよりは、若いエルフって感じの外見だ。
呼び出されたそいつは、主人のユカリによく似た露骨に嫌そうな顔を浮かべながら、俺に向けて魔法を行使する。……傷が癒える感覚があったので、間違っても攻撃魔法を撃った訳ではないらしい。どうして味方を回復するのにそんな嫌そうな顔をしてるんですかね君らは。
まあ何はともあれ、これで回復はあの妖精ちゃんに任せれば良くなった。空いた手で、ユカリが攻撃か別な支援に回ってくれれば、少しは状況も良くなるかね。
そう思ったんだが。
「妖精か。ならば……こちらも、駒を増やさせてもらおう」
ガルシアが何やら物騒なことを言いながら、また謎の呟き───たぶん神聖魔法の行使なんだろう───を行うと、妖精が現れたのと同じ位置に、黒い影が集まりだした。
しばらくすると、それはガルシアと同じくらいの大きさをした、山羊みたいな足をした魔神へと姿を変えた。……この野郎、
将軍ともあろう奴が、なかなか狡い手を使ってきやがるな。こっちも妖精を召喚している手前、お互い様なんだけどよ。
「ふぉ、フォルゴーン!? ……よ、妖精さん、頑張って!」
ユカリが叫び、妖精ちゃんに激励を送る。実際問題、この状況で一番頑張らないといけないのはあの子だろう。
その理由?簡単だ。───あの山羊魔神のせいで、ユカリも、アデリーも、フェンも、俺達までの視線が通らなくなる。
で、視線が通らなくなると、俺とヤキトはもちろん、ガルシアに対しても魔法が使えなくなる。当たり前だよな、目標を視認できないのに、どうやって魔法の対象に指定したり、効果範囲を制御したりするんだって話だ。
つまりどういうことかと言うと……あの山羊魔神を退かさない限り、妖精ちゃんしか俺達の支援をできない、ってことだ。
「先程までの威勢が感じられんな?」
そして立て続けにやって来る、巨大戦斧。……構えを見た感じ、今度は薙ぎ払いではなく、俺だけに狙いを定めた全力の一撃か。
「ちっ……さっさと来いよ、クソ野郎」
威勢よく煽り返してみたはいいものの、実際だいぶ不味いことになってっからなぁ、これ。さーて、どうしたもんか。
……いいや、その辺の難しいことを考えるのはユカリとヤキトの仕事だ。俺はとにかく、こいつの顔面をぶん殴ることだけを考えていればいい。
そんな訳で、俺は戦斧を死ぬ気で受け止めつつ、次の攻撃のチャンスを見逃さないようにすることにした。
◇ ◇ ◇
「上からダラダラくっちゃべりやがってよぉ……不愉快だぜ?」
「……見くびっておったわ」
「だろ。認識改めてちょーだい?」
幾度目かのエリアスの攻撃によって、ようやく膝をつかされると、ガルシアの声に、初めて焦りの色が現れた。
彼らと私達の間には、相変わらずフォルゴーンが突っ立っているせいで、仔細を確認することは出来ないが、少なくとも劣勢では無くなっている、はずだ。
……とはいえ、あまり悠長に構えてもいられない。いくらフロウライトのヤキトといえど、そろそろマナが枯れるくらいの回数、魔法を行使しているはず。
このままでは、やがて瘴気や魔法によるダメージを防げなくなり、いよいよエリアスが耐えきれなくなってしまうかもしれない。そうなる前に、ガルシアを倒してしまうか、それか攻撃に耐える準備をする必要がある。
誰が?決まっている、私がだ。
「……き、来なさい。私が相手です」
妖精さん───フィルギャ、という種です───を無視してこちらに向かってきたフォルゴーンの前に、殴られるのを覚悟で立ちはだかる。
まさかフェンさんを壁にする訳にはいかないし、アデリーにやらせるなんてもってのほか。であれば、私がこいつを止めなければならない。
幸い、フォルゴーンという魔神の攻撃力はそこまで高くはない。【バーチャルタフネスⅡ】や【バークメイル】で強引に体力と防御力を上げた今の私なら、なんとか耐えられる、はずだ。
意を決して妖精さんお墨付きの盾を構えた私を、フォルゴーンが殴り、蹴り、また殴る。……痛い。けど、ちゃんと立っている。
「こ、こんなものですか……ぐぅ……」
ふらつきながらも前を見やると、フォルゴーンの足の間から、前線の様子が見えた。妖精さんが頑張ってくれていたおかげで、エリアスもヤキトも、まだまだ元気そうだった。
だが先述の通り、安心するには早い。むしろ私の仕事はここからと言える。
フォルゴーンの攻撃に耐えつつ、妖精さんと二人で、ガルシアに止めを刺すための準備を進めなければ。まったく、純後衛の魔法使いになんてことをさせるのか。
「行くぜ……一拳入魂……!」
しばらく様子を見ていると、振るわれる戦斧をいなしつつ、エリアスがガルシアへと飛びかかった。三発の拳を顔で受け止めたガルシアの顔は、あと一発では足りないくらいには余裕がありそうだった。
しかし、あちらも既にマナは枯れていて、頼みの綱である神聖魔法・【レストレーション】を使うことはできないはず。ならば、ここが攻めどきだ。
「妖精さん。同時に行きましょう」
合図をして、二人で同じ構えを取る。狙うは一点、ガルシアの顔面。
妖精の召喚中に私が妖精魔法を行使することはできないので、若干の時間差は生まれるが。こういうのは気分の問題だ。
まずは妖精さんが、風の刃を放つ。着弾を確認した瞬間、即座に彼女を妖精郷へと送還しつつ、私も同じ魔法を行使する。二発の刃を受けたガルシアは、ついによろめいた。
あとひと押し、なにか一撃決めてくれれば、これで……!
「さぁさぁさぁ……今宵も幕引きと参りました。御来場の方々には楽しんで頂けたでしょうかァ!……って、残念ながら観客は居ねぇな」
空いた手で頭を抑えながらふらついているガルシアを前に、エリアスがまるで吟遊詩人のような語りを始める。まったく、すぐ調子に乗る山羊さんですこと。
聞き手であるガルシアは、清々しい、それでいて気味の悪い笑みを浮かべながら、エリアスに視線を向け、言葉を待っている。
「最後のお祈りは済ませたか?」
「祈ったところで何か変わるのか?」
「変わらねぇよ。テメェの運命は決定付けられてる。俺の拳によって死ぬんだよ」
ならば最後に一矢報いよう、とでも考えたのか、ガルシアが覚束ない手つきで戦斧を振るう。
エリアスはそれを……避けなかった。真正面から受け止めると、心の底から楽しそうな笑い声をあげる。
「ヒャハハハハ!クソ痛てぇな!この痛みは刻んどくぜ……テメェの返り血と一緒にな……!」
そして、戦斧を払い除けて、ガルシアの眼前で構えを取る。ガルシアに、抵抗するだけの余力は残されていなかった。
「あばよ。楽しかったぜ」
「あぁ。悪くはなかった」
額に拳が突き刺さる直前に、そんなやり取りをしてから、魔神将は仰向けに倒れていった。
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