苦悩の種は増えども減らず

「うぃー……あぁー、どうもどうも。おはようごぜーます」

 そろそろお日様も地平線の向こうへと消え入りそうか、という黄昏時。

 背伸びをしながら王城の前へとやって来ると、姫様二人やおエライ様方、そしてプロトーンにエンストークといった、錚々たるメンバーが迎えてくれた。

「おはようございます。もう夕方ですけどね?」

「ちょっと寝てたのよ。気にせんといてくれや」

 挨拶がてら、先に来ていたフェンにそう突っ込まれた。実際、俺はついさっきまでぐっすり眠っていたのである。

 ……一応弁明しておくけど、別に生活リズムが狂っているとか、惰眠を貪っていたとかではなく、ちゃんと理由あってのことだぜ。


 遠くの空に浮かぶ、あの城───ラ・ルメイア王城攻略。そのために、今日俺達は集まった。

 エンストークとプロトーンの背に乗って、俺たちは城に真正面から乗り込み、叩き潰す。そしてその作戦開始日時は、満月の夜に決定した、という訳だ。

 ドラゴンに乗って空の旅、なんぞしたことが無いから分からんが、本人プロトーンが『この時間から移動を始めれば、丁度いいタイミングで着くと思う』と言っていたので、移動時間にも問題はないと思われる。


「おう、ユカリとアデリーも来たか。おいっす」

 程なくして、後衛の女子二人もやって来た。気になるアデリーの様子は……はにかみながら、控えめにこちらに手を振ってくれている。何か思い悩んでいそうだったのは、とりあえず解消できたみたいだな。

「皆さん、こんばんは。…………あぁ。あなたも居たんですね」

 なお、ユカリは一旦俺のことを無視した後、害虫でも見つけたときのような、露骨に嫌そうな表情をお見せしてくれた。今日も扱いがひでぇことで。

「まぁまぁ……この普段通り、くらいの雰囲気で、ちょうどいいのかもしれません」

「まぁいいけどよ。で、ヤキトの奴はどこよ」

 フェンに宥められつつ、改めてこの場に集まった顔ぶれを眺めていると、我らが神殿騎士の姿が見当たらないことに気がついた。

 あいつがこの手の集合の時間に遅れるとは思えないが。準備に手間取ったりでもしてるんだろうか。

「む、俺が最後か。待たせたな」

 そう思っていると、板金が擦れ合う音と共に、内部から蒼い光を漏らす、甲冑姿が視界に映った。

 その姿を見て、そう言えば姫様達に新しい鎧を用意してもらったとか言ってたな、というのと同時に、金属鎧は調整するのにそこそこ時間が掛かるので、それで遅くなったのか、と納得もできた。

「あっ、ヤキトさーん!ここです、ここ!!」

 ヤキトの姿を視認した瞬間、フェンが恋する乙女の顔になって、奴の近くへ小走りで向かっていく。まったく、お熱い視線なこって。

 こりゃあこの戦いが終わったら、祝勝会と一緒に挙式の準備も進めてやった方が……と、流石に式はまだ早えか。

「良い鎧だ。初めて着るが、実によく馴染む」

「はい。とても似合ってますよ!」

「そうか。それはよかった」

 ……なにせ、いつもの声の調子で鎧の感想を述べているところから察するに、肝心の本人が気づいて無さそうだからな。罪な野郎だぜ。

 こいつが仕えているザイア神も、ここまでお堅い男ではなかったろうに。

「……ラフェンサ」

「えっ。……あー……体に合ったようで、良かったです」

「はい。本当に姫様達には、なんと感謝すればいいことか」

 そんな堅物の騎士様が見えてからずっと、石化の魔法でも掛けられたかのように固まっていたラフェンサ姫は、コークル姫に肘でちょいちょいとつつかれると、それでようやく安堵の表情取り戻した。

 まぁイスカイア製の甲冑とやらは、中々お目にかかれない高級品らしいからな。それに何か不備があったとなれば、割と取り返しのつかない失態だろう。心配してしまうのも無理はない話だ。

 もっとも、ヤキトに限って姫様相手に文句なんぞ言わんと思うのだが。杞憂って奴だな。

「さて、と……いよいよ魔神のカシラに殴り込み、って訳ですよな?」

 そんなこんなで、イツメンも無事に揃ったところで、この場の全員に聞こえるようにしつつ姫様に訊ねる。

 姫様二人が静かに、そして小さく首を縦に振ると、場の空気がより一層引き締まった。皆の顔つきが、真剣なものへと変わっていく。

「ここで倒せば、大きく状況が変わってきますね」

 フェンの言うとおり、これはこの間のアン・リブレ戦なんかとは規模が違う。所謂中間管理職、程度の相手じゃあない。

 ガルシア───奴は魔神軍という組織全体の中でも、圧倒的な力と権力を持つ、将軍様だ。そいつの首を取られれば、流石の魔神どもも余裕をこいてはいられなくなるだろう。

「ま、気楽に気張って行こうじゃないの」

 険しい表情の面々に対して、俺はいつもの調子でそう言ってみせる。

 確かに大事な戦いではあるが、戦う前から張り切りすぎちゃあ身体が保たない。こういう時こそ、平常心であるべきなのさ。

 ……ま、そういう俺は、常在戦場の心持ちなんだけどな。

 戦いは俺の生きる目的であり、理由であり、楽しみの一つだ。そんな大事なもののことが、一瞬たりとも頭から離れる訳がないって話よ。

「さて。準備さえよければ送っていくが」

 エンストークが、俺達に問いかける。首を横に振る奴はいなかった。

 さぁ、楽しい時間の始まりだ。ちゃんと逃げずに待っててくれよな、将軍様。

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