修行を終えて数日後。私たち四人は王城に呼び出され、再び姫様達に謁見していた。

「さぁて、なんで御座いますか?……て言っても、大体予想は付きますがね」

「はい。四点ほど、皆さんにお伝えすることがあります」

 もはや正式な場であっても普段の調子のままで姫様と話そうとする不敬な山羊に、コークル姫が丁寧に答えてくださる。

 まぁ、実際エリアスの言うとおり、どんな話をされるのかはおおよそ見当が付いているのだが。

「まず、一つめ。……フェングのことはどうしますか?」

 予想通り、まずはフェンさんの話からだった。

 私達の今後の任務に、彼女───もとい彼を連れて行くかどうかで、姫様達のすべき事、考えることも変わるのだろうし、何より、私達の邪魔になっていないだろうか、というのが気がかりなのだろう。

「……その聞き方は、いくらなんでも直球すぎるのでは」

「いえ、その方がこちらもわかりやすいので」

 コークル姫の物言いに苦言を呈したラフェンサ姫だが、ヤキトの言葉を効くと、ぷぅ、と頬を膨らませて、機嫌の悪そうな顔になった。

「それは、彼女の本家の方から何かあった、というものでは無いのか……じゃねえや。ですね?」

 こら馬鹿山羊。ついに敬語すらも維持できてないじゃないですか。

 ……失敬。エリアスの問いに対して、コークル姫は首を横に振る。

「ええ、特にそういうのはなく。 フェングから聞いているかもしれませんが、皆さんに彼女がついていくかどうかは、皆さんに決めていただこうかと」

「なるほど。ま、個人的にはいてもらえたらありがたいですがね」

「私もエリアスと同意見です。これまでも、彼女の力で生まれたチャンスがいくつもありました」

 エリアスとヤキトの言葉に、私とアデリーも首肯する。

 ここまで一緒に戦ってくれた彼女を、今更置いていくという選択はありえないだろう。

「わかりました。今後も彼女の事をよろしくお願いします」

 コークル姫がそう言って、深く頭を下げる。不安そうであった表情も、少し明るくなったように見えた。

 少し、というのは、まだ何か問題を抱えていそうな雰囲気を感じられる面持ちだったからである。

「では、二つめ。エンストーク様とプロトーン様と話し、協力していただけることになりました」

 コークル姫が顔を上げて、次の話を切り出す。協力、というのはおそらく、あの空飛ぶ城への進入方法に関する話だろう。

「おぉ……それはそれは、ありがたいことで」

「はい。これもルキスラ───」

 エリアスが感謝を示し、そしてラフェンサ姫が何か言おうとしたが、コークル姫が睨みつけるような視線を送ると、口を閉じてしまった。

 が、そのやり取りでなんとなく、コークル姫の表情がまだ硬い理由を察することができた。

 おそらく、二匹の守護龍という強力な戦力を、一時的とはいえ専有するにあたって、裏でルキスラ帝国との契約を結んだのだろう。……多額の契約金を支払って。

 今でこそ魔神との戦いのために協力しているし同盟を組んでもいるが、その昔は、フェンディルはルキスラに併合されていた国家なのだ。

 なので、この全面戦争のせいで国力が衰えたところにつけ込んで、再び取り込もうとする───なんて考えを持っていても、まあおかしくはない。

 まったく、戦いが終わる時まで大人しくしていてくれると良いのだが。

「ほぼ契約は決まった状態ですので、後は決行日の詳細だけ決まれば。……さて、三つめはそれに少し関連するのですが」

 言って、コークル姫が視線をヤキトに向ける。

「ヤキトさんに相談いただいていた鎧について、入手の目途が立ちました。……が、すみません、国からプレゼント、というわけにはいかない事情がありまして」

 どうやら、知らぬ間に個人的な相談を持ちかけていたらしい。まあ、今着ている鎧よりも更に良いものとなると、一般に流通してはいないだろう。

 しかし、口ぶりから察するに、姫様……もとい国の方も、高価な魔法の武具を仕入れる余裕は無さそうなので、払うものを払え、という話になりそうだ。

「金銭的な問題でしたら、心配いりません。こちらとて、そのようなつもりではありませんから」

「ええ……お願いします。では、この話はまた後ほどにするとして、四つめです」

 もっとも、ヤキトならばそういった事情があろうがなかろうが、最初から支払うつもりであったのだろうが。

 コークル姫が安堵の息を漏らして、話は最後の四つめに移る。

 今度は、視線はアデリーに向けられていた。

「エンストーク様が、アデリーさんと話したいとおっしゃっていました。よろしければ迎えに行く、とも」

「……え。私?」

 突然の内容に、アデリーも、私達三人も、軽く困惑する。

 はて。私達やフェンさん、そして姫様達も含めて、であればまだしも、アデリー個人と話したいとは、一体どんな事情だろうか。

「竜にお呼ばれたぁ珍しいんじゃねぇの?貴重な体験だな」

「えぇ、貴重ですが……大丈夫なんでしょうか───」

 そう思いながら、アデリーの顔を見ようとしたところで、ある物が私の視界に入った。

 ……彼女の腕に着けられた、ただの装飾品とは思えない、魔法文明時代の貴族のものとよく似た、その腕輪が。

 そして、あの二匹の龍は、ただの龍ではない。古くからこの地に住まう守護龍だ。

 それほどの存在に単独で指名されるなど、どれだけ重大な話をされるのか、想像もつかない。

「そ、そうだね。貴重な……体験だね?」

 アデリーもそれを理解しているのか、その表情は不安の色が強く出ている。

 正直、私も不安でしかない。仮に自身の過去について話されたとして、彼女はどんな顔をして戻ってくるのだろうか。

「……心配するなアデリー、何かあれば必ず助ける。……まぁ、その場合はこいつが真っ先に行くだろうがな」

「当たり前です」

 曇った顔の私達に、ヤキトがそんなことを言うので、ほぼ反射的にそう返す。

 身の危険に関しては何の心配のいらないとは思っているが、万が一何かあった場合、風の妖精を呼び出して、文字通り飛んでいく所存である。

「ふふっ……そうだね。なら、安心かな」

 そのやり取りを見てか、アデリーがようやく笑顔を見せてくれた。

 えぇ、安心です。前にも言った通り、私は何があってもアデリーの傍にいるし、必ず守りきるのだから。

「他に特に質問などなければ、今日は解散といたしましょうか。エンストーク様が着くのは、おそらく夕方頃になると思いますので、それまではごゆっくり」

 コークル姫がそう言って、この場はお開きとなった。

 ───大丈夫です、きっと。それに、彼女が何者であったとしても、これまで通りに接するだけです。

 自分を説得するように、そんなことを思いながら、私達三人は一足先に王城を去ることにしました。

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