肆
「はぁ、はぁ…………た、倒したね」
結論から言うと、私たちは無事、あの成龍を討ち倒せました。
吐き出す業火に飲み込まれ、【ライトニング・バインド】で拘束され、巨木の幹よりも太い尻尾で薙ぎ払われ───エリアスに至っては一回気を失うまで追い詰められたりもしたし、ようやく止めを刺せた、と思ったら火事場の馬鹿力で起き上がったりもされたけれど。
「これで迷宮突破……いや。まだか」
そのエリアスが、全身傷だらけであるにも関わらず、倒れた龍の背後にあった更に奥へ進んでいきます。
そこにあったのは、龍を型どった見た目の、古びた祭壇のような人工物。
そして、その上に静かに鎮座しているのは、龍の頭部を模した様な形状の手甲。きっとあれが、この迷宮を生み出した魔剣、龍顎爪なんでしょう。
「して、どうしますか……?」
満足気にそれを眺めるだけのエリアスに、フェンさんが問います。ヤキトとユカお姉ちゃんの視線も、自然とエリアスの方へ。
実際、どうするんだろう。普通の魔剣の迷宮だったら、何も躊躇わずに持ち帰るところなんだけど、今回そうしてしまうと、次に来る挑戦者が困ってしまうような。
「ここの掟みてぇなもんがあってな。持ち帰る代わりに……突破した証ってことで、龍の刺青を彫るのよ!」
まごついていた私達のほうを振り返って、エリアスは嬉しそうにそう言います。
「……刺青かぁ」
肌に残るようなのはちょっとなぁ、とか、ここまでやって来てそれだけかぁ、とかいった気持ちが生まれて、ちょっとがっかりしちゃいます。ユカお姉ちゃんも、私と同じように肩を落としていました。
ヤキトとフェンさんは、納得した顔をしているけど。価値観の違いってやつなんでしょうか。
「ったく……中々キツイ迷宮だったぜ。今度来る時は、俺一人で突破出来たらいいんだがな」
言いながら、祭壇に添えられていた道具を使って、エリアスが左腕に龍の刺青を彫っていきます。
……まぁ、言い出しっぺの彼が満足しているならいいのかな。
私も、刺青こそ彫らないけど、この迷宮のおかげでまた一つ強くなれたはずだし。
そんなこんなで、これからの戦いに向けての修行は無事に終わり、私たちは迷宮と化した山を後にしたのでした。
◇ ◇ ◇
「お疲れ様でした。ヤキトさん」
「あぁ。今回は今までで一番苦戦したな」
修行を終えて、すっかり夜も更けてきた頃。
何事も無く街に戻って来られたところで、今日の所は解散、という運びになり、帰る方向が同じであったヤキトさんと二人で帰路に着いていた。
「そうですねぇ。あれはいくらなんでも」
久々にヤキトさん達の戦いを間近で見て、やはり彼らは頼もしい味方だ、と感じた一方で、これから我々が相手にしなければならない魔神将は、今日の修行よりも手強い相手であるはずだ、という懸念もあった。
なればこそ、もっと精進しなければ。
「己の強さに、より磨きをかけなければな」
ヤキトさんも同じような心持ちであったようだ。私もその言葉に、静かに頷く。
「……しかし、それだけでは駄目かもしれない、か」
すると突然、困ったような声でそう呟いた。
彼ほどの実力者であっても、あの魔神将という存在は、今の自分では敵わないような相手だと感じているのだろうか。
「なぁ、フェン。少し相談したいことがあるんだが」
「は、はい。私で良ければ」
珍しく弱気な様子に目を丸くしていると、不意に相談を持ちかけられた。
私に手助けできること、まして戦闘に関するものとなると、そう多くは無い気がするが。
「今回エリアスは、実物こそ持ち帰ってはいないが、新しい一種のマジックアイテムを手に入れた。それを見て、俺も自分の装備を新しくする必要があると思ってな」
そう思っていたが、話を聞いて納得がいった。確かに、装備そのものの調達であれば、私はある程度力になれる。
とは言え、今彼が身に着けている剣や鎧も、決して悪いものでは無いはずだが。
「装備、ですか。それ以上のものとなると、一体何を?」
「あぁ。ひとつ、心あたりがあるんだが……イスカイアの魔導甲冑というものを聞いたことはないか?」
その名を告げられて、しばし記憶を探ってみる。
詳しい性能までは覚えていないが、市場に出回ることは滅多に無く、上流階級の者が席を埋めるオークションで取引されることがほとんどの高級品であったはずだ。
しかし、実物を目にしたこと自体は何度かあるので、用意出来ないということはないだろう。
「詳しくは知らないですが、目にしたことは何度か」
「それを手に入れたいんだが……なにか伝手はないか?」
「……あると言えば」
もちろん、それ相応の金額を支払わねばいかないだろうが。
まぁ幸い、任務の報酬や不用品を売却して得た金などがある為、彼らの懐事情に問題はなかったと記憶しているので、そこも問題は無い、だろうか。
「それは、お前が危険な目に遭う可能性があるものか?その……身体的にも、立場的にも」
が、彼が気にしていたのは金の話ではなく、私の話だったようだ。大変聞きづらそうに、かつ真剣な声で、そう言われてしまった。
いかにもヤキトさんらしいというか、なんというか。
「いや、そうじゃない伝手で多分大丈夫ですよ?」
「そうか。なら、是非ともその伝手に頼りたい」
「分かりました。お父様と、姫様にも相談してみましょう」
「助かる。ありがとう、フェン」
特に問題は無い、ということが判明すると、安心したようで、いつもの落ち着きがある声に戻っていた。
見た目の印象に対して、意外と表情豊かな人だよなぁ、と思う。
「いえ。私こそ、いつもありがとうございます」
こちらからも感謝の言葉を述べつつ、微笑んでみせる。
実際問題、私にもっと力があれば───武力的な意味でも、権力的な意味でも───ヤキトさん達や姫様達に、心配をさせずに済んでいるはずなのだ。
やはり、もっと力を付けなくては。
「……ふっ。こうして見ると、可愛らしい女性としか思えんな」
微笑みながらもそう決心していていると、彼も微笑んで、そして突然の豪速球をこちらへ投げてきた。
言われた瞬間、顔が赤くなったのが自分でも分かるくらいだった。
「ななっ……なにいってるんですっ。おだててもなにもでてきませんよっ」
慌てたせいか、呂律の怪しくなった口でそう言い返す。
「ははっ。鎧もか?」
そんな私の様子がおかしかったのか、彼は冗談まで口にした。
いいようにされている気がする
「よっ……鎧は出ます」
「そうか。まぁ、そうでないと困るな」
「それはもちろん。……ってそうじゃなくてっ」
私の必死の抗議も虚しく、彼は数秒ほど私の反応を見て笑っていた。
まったく、本気なのか冗談なのか。いずれにしても、心臓に悪い。
……いや、本気だった場合、悪いどころでは済まないかもしれないので、冗談であって欲しいところだ。うん。
「改めて。ありがとう、フェン。このことは借り一つ、だと思ってくれていい。そちらに何かあった時は力になろう」
「……えっ。えぇ」
笑いが止まったころ、再び真面目な調子で彼はそう言ってきた。思わず驚いて、素っ頓狂な返事をしてしまう。
この程度、大したことではないというか、むしろこの程度では返せないほどたくさんのものを、既に借りているというのに。
「そう驚くな。こっちは無茶な頼みをしたつもりだからな」
「い、いえ。鎧の一つや二つ、きっとなんとかなりますから」
……まぁ、この様子だと、これで貸し借りを清算としよう、と提案しても、きっと突っ返されてしまうのだろう。
すると、今日生まれたこの借りは、一生返してもらえないような気もするが。
「頼んだ。じゃあ、また会おう」
そんな私の心情を知ってか知らずか、彼はそう告げると、私から反れるように進行方向を変えた。
どうやらいつの間にか、私の実家とザイアの神殿との分かれ道にまで来ていたようだ。一緒に歩けるのはここまでである。
「ええ。また」
この借りを、今後どうやって返してもらおうか───そして、これ以上借りを増やさないために、努力しなければ。
それらを考えるのは、明日以降の自分に任せることにして、私も別れの言葉を口にした後、彼とは反対の方向へと歩いて行った。
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