「はぁ、はぁ…………た、倒したね」

 結論から言うと、私たちは無事、あの成龍を討ち倒せました。

 吐き出す業火に飲み込まれ、【ライトニング・バインド】で拘束され、巨木の幹よりも太い尻尾で薙ぎ払われ───エリアスに至っては一回気を失うまで追い詰められたりもしたし、ようやく止めを刺せた、と思ったら火事場の馬鹿力で起き上がったりもされたけれど。

「これで迷宮突破……いや。まだか」

 そのエリアスが、全身傷だらけであるにも関わらず、倒れた龍の背後にあった更に奥へ進んでいきます。

 そこにあったのは、龍を型どった見た目の、古びた祭壇のような人工物。

 そして、その上に静かに鎮座しているのは、龍の頭部を模した様な形状の手甲。きっとあれが、この迷宮を生み出した魔剣、龍顎爪なんでしょう。

「して、どうしますか……?」

 満足気にそれを眺めるだけのエリアスに、フェンさんが問います。ヤキトとユカお姉ちゃんの視線も、自然とエリアスの方へ。

 実際、どうするんだろう。普通の魔剣の迷宮だったら、何も躊躇わずに持ち帰るところなんだけど、今回そうしてしまうと、次に来る挑戦者が困ってしまうような。

「ここの掟みてぇなもんがあってな。持ち帰る代わりに……突破した証ってことで、龍の刺青を彫るのよ!」

 まごついていた私達のほうを振り返って、エリアスは嬉しそうにそう言います。

「……刺青かぁ」

 肌に残るようなのはちょっとなぁ、とか、ここまでやって来てそれだけかぁ、とかいった気持ちが生まれて、ちょっとがっかりしちゃいます。ユカお姉ちゃんも、私と同じように肩を落としていました。

 ヤキトとフェンさんは、納得した顔をしているけど。価値観の違いってやつなんでしょうか。

「ったく……中々キツイ迷宮だったぜ。今度来る時は、俺一人で突破出来たらいいんだがな」

 言いながら、祭壇に添えられていた道具を使って、エリアスが左腕に龍の刺青を彫っていきます。

 ……まぁ、言い出しっぺの彼が満足しているならいいのかな。

 私も、刺青こそ彫らないけど、この迷宮のおかげでまた一つ強くなれたはずだし。


 そんなこんなで、これからの戦いに向けての修行は無事に終わり、私たちは迷宮と化した山を後にしたのでした。


 ◇ ◇ ◇


「お疲れ様でした。ヤキトさん」

「あぁ。今回は今までで一番苦戦したな」

 修行を終えて、すっかり夜も更けてきた頃。

 何事も無く街に戻って来られたところで、今日の所は解散、という運びになり、帰る方向が同じであったヤキトさんと二人で帰路に着いていた。

「そうですねぇ。あれはいくらなんでも」

 久々にヤキトさん達の戦いを間近で見て、やはり彼らは頼もしい味方だ、と感じた一方で、これから我々が相手にしなければならない魔神将は、今日の修行よりも手強い相手であるはずだ、という懸念もあった。

 なればこそ、もっと精進しなければ。

「己の強さに、より磨きをかけなければな」

 ヤキトさんも同じような心持ちであったようだ。私もその言葉に、静かに頷く。

「……しかし、それだけでは駄目かもしれない、か」

 すると突然、困ったような声でそう呟いた。

 彼ほどの実力者であっても、あの魔神将という存在は、今の自分では敵わないような相手だと感じているのだろうか。

「なぁ、フェン。少し相談したいことがあるんだが」

「は、はい。私で良ければ」

 珍しく弱気な様子に目を丸くしていると、不意に相談を持ちかけられた。

 私に手助けできること、まして戦闘に関するものとなると、そう多くは無い気がするが。

「今回エリアスは、実物こそ持ち帰ってはいないが、新しい一種のマジックアイテムを手に入れた。それを見て、俺も自分の装備を新しくする必要があると思ってな」

 そう思っていたが、話を聞いて納得がいった。確かに、装備そのものの調達であれば、私はある程度力になれる。

 とは言え、今彼が身に着けている剣や鎧も、決して悪いものでは無いはずだが。

「装備、ですか。それ以上のものとなると、一体何を?」

「あぁ。ひとつ、心あたりがあるんだが……イスカイアの魔導甲冑というものを聞いたことはないか?」

 その名を告げられて、しばし記憶を探ってみる。

 詳しい性能までは覚えていないが、市場に出回ることは滅多に無く、上流階級の者が席を埋めるオークションで取引されることがほとんどの高級品であったはずだ。

 しかし、実物を目にしたこと自体は何度かあるので、用意出来ないということはないだろう。

「詳しくは知らないですが、目にしたことは何度か」

「それを手に入れたいんだが……なにか伝手はないか?」

「……あると言えば」

 もちろん、それ相応の金額を支払わねばいかないだろうが。

 まぁ幸い、任務の報酬や不用品を売却して得た金などがある為、彼らの懐事情に問題はなかったと記憶しているので、そこも問題は無い、だろうか。

「それは、お前が危険な目に遭う可能性があるものか?その……身体的にも、立場的にも」

 が、彼が気にしていたのは金の話ではなく、私の話だったようだ。大変聞きづらそうに、かつ真剣な声で、そう言われてしまった。

 いかにもヤキトさんらしいというか、なんというか。

「いや、そうじゃない伝手で多分大丈夫ですよ?」

「そうか。なら、是非ともその伝手に頼りたい」

「分かりました。お父様と、姫様にも相談してみましょう」

「助かる。ありがとう、フェン」

 特に問題は無い、ということが判明すると、安心したようで、いつもの落ち着きがある声に戻っていた。

 見た目の印象に対して、意外と表情豊かな人だよなぁ、と思う。

「いえ。私こそ、いつもありがとうございます」

 こちらからも感謝の言葉を述べつつ、微笑んでみせる。

 実際問題、私にもっと力があれば───武力的な意味でも、権力的な意味でも───ヤキトさん達や姫様達に、心配をさせずに済んでいるはずなのだ。

 やはり、もっと力を付けなくては。

「……ふっ。こうして見ると、可愛らしい女性としか思えんな」

 微笑みながらもそう決心していていると、彼も微笑んで、そして突然の豪速球をこちらへ投げてきた。

 言われた瞬間、顔が赤くなったのが自分でも分かるくらいだった。

「ななっ……なにいってるんですっ。おだててもなにもでてきませんよっ」

 慌てたせいか、呂律の怪しくなった口でそう言い返す。

「ははっ。鎧もか?」

 そんな私の様子がおかしかったのか、彼は冗談まで口にした。

 いいようにされている気がする

「よっ……鎧は出ます」

「そうか。まぁ、そうでないと困るな」

「それはもちろん。……ってそうじゃなくてっ」

 私の必死の抗議も虚しく、彼は数秒ほど私の反応を見て笑っていた。

 まったく、本気なのか冗談なのか。いずれにしても、心臓に悪い。

 ……いや、本気だった場合、悪いどころでは済まないかもしれないので、冗談であって欲しいところだ。うん。

「改めて。ありがとう、フェン。このことは借り一つ、だと思ってくれていい。そちらに何かあった時は力になろう」

「……えっ。えぇ」

 笑いが止まったころ、再び真面目な調子で彼はそう言ってきた。思わず驚いて、素っ頓狂な返事をしてしまう。

 この程度、大したことではないというか、むしろこの程度では返せないほどたくさんのものを、既に借りているというのに。

「そう驚くな。こっちは無茶な頼みをしたつもりだからな」

「い、いえ。鎧の一つや二つ、きっとなんとかなりますから」

 ……まぁ、この様子だと、これで貸し借りを清算としよう、と提案しても、きっと突っ返されてしまうのだろう。

 すると、今日生まれたこの借りは、一生返してもらえないような気もするが。

「頼んだ。じゃあ、また会おう」

 そんな私の心情を知ってか知らずか、彼はそう告げると、私から反れるように進行方向を変えた。

 どうやらいつの間にか、私の実家とザイアの神殿との分かれ道にまで来ていたようだ。一緒に歩けるのはここまでである。

「ええ。また」

 この借りを、今後どうやって返してもらおうか───そして、これ以上借りを増やさないために、努力しなければ。

 それらを考えるのは、明日以降の自分に任せることにして、私も別れの言葉を口にした後、彼とは反対の方向へと歩いて行った。

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