件の場所までやってくると、そこには山があった。

 特に建物だとか洞窟だとかは見当たらないが、しかし下級の蛮族(敵意剥き出しの連中)やら凶暴な動物やらとは頻繁に遭遇する。

「なるほどね。もう試練は始まってるって訳だ」

「この山自体が魔剣の迷宮、ということでしょうか。とはいえ、これくらいの敵では相手になりませんが」

 連中を適当に蹴散らしてやりつつ、山道を進んでいく。

 修行場として使われているだけあって、獣道のようなものができていたので、少なくとも迷うことはなさそうだ。

「この手の迷宮は、挑戦者を招くために色々と置いてあるらしいから……ほら。ちゃんと探索もしていかないと」

 少し後ろの方でアデリーがそう言ったので振り返ると、大きめのマギスフィアを手に得意げな顔をしていた。

 戦闘経験だけじゃなく、お土産もくれるってことか。ありがたいが……

「遺品だったりしないよな?」

「遺体は……なさそうだが」

 気になったのでヤキトと二人で辺りを軽く見回すが、誰かが倒れている、ということはなかった。

 つまり迷宮がどこかからくすねてきたのか、これ。大胆にやるねぇ。

「大丈夫そうなら進みましょうか。……っと」

「……これをお土産に帰れ、って言いたいみたいだね」

 確認を終えて再び歩き始めると、やがて敵ではなく巨大な崖に出くわした。

 横から回っていく……という感じではなさそうだ。よく見ると人が登っていった跡があるので、つまりこの崖の上が順路ってことだろう。

「エリアス、丁度良い靴を持っていなかったか?」

「あぁ、粘着靴な。あるぜ」

 もっとも、ご丁寧にクライミングなんかする必要は無いんだけどな。

 アン・リブレの必殺技対策で装備してからそのまま履き続けていたが、まさかこんな形で再活躍するとは。運がいいな俺。

「一応これも試練だ。基本は普通に登って、心配な奴はそれを借りればいいんじゃないか」

「重装備のお前が一番不利なんだけどな……さて、誰から行く?」

「では、私から」

 立候補したフェンが、まずは靴を使わずに挑むことになった。

 ……挑む前にしっかり金属鎧を脱いだ所を見ると、そんなに自信はないらしいな。

「上まで行ったら、ロープを垂らしますね。では改めて……よっと」

 そして出っ張りにしがみつき、足を乗せ、着々と登っていく。

 なんだ、思ってたより身軽だな。これなら鎧を着てても行けたんじゃないか?

「よしっ……行けましたー。ロープ、投げますよー」

 程なくして登りきると、あらかじめ用意しておいたロープを放り投げる。

 これで二人目以降は少しだけ楽に行けるようになった。

「靴の事も考えて、俺は先に行っとくわ。欲しい奴は言ってくれりゃ投げるからな」

 ロープの横を堂々と歩いて、俺もフェンの元へ向かう。

 歩いた感じ、ざっと15メートルってとこか。上から落ちたらかなり痛そうだな。

「じゃ、次は私行くね」

 そうして登っている間に次の挑戦者が決まったらしい。アデリーが垂らされたロープを握り、こちらに顔を向ける。

 身体を動かすのは得意じゃなさそうだが、さてどうなるかな───

「───あっ」

 ……と思っていたら、3メートルくらいのところで早くも足を滑らせて、背中からびたーんと不時着した。

 ロープありであれか。まぁ、エルフでしかも魔法使いとなると、筋力なんか鍛えてる訳ないだろうしな。しゃーない。

「アデリー!?大丈夫ですか!?」

「う、うん。なんとか。…………えりあすー」

「おう。投げるぜー」

 ギブアップの申告が来たので、履いていた靴を拭いてから下に落とす。

 下手をして致命傷を負われても困るしな。筋力うんぬんについては今後頑張りましょうってことで。

「俺は最後に行く。ユカリ、先に頼んだ」

 アデリーも無事に登ったところで、第三挑戦者にはユカリが選ばれた。

 ちなみに、ヤキトはアデリーが登り始めたときからずっと下だったり来た道だったりを見つめていた。

 ……を見ないようにってか。律儀な奴だな相変わらず。

「ふふ。私と妖精さん達を舐めてもらっては困りますね……っと」

 妖精の力を借りつつ、ユカリが難なく登ってくる。

 革製ではあるけど一応鎧を着ているし、もっと言うと人化していないので下半身が蛇の状態なんだが……やるな。なかなか早いペースで一番上までたどり着いた。

「ヤキトー、登りきったよー」

「では俺か。先に荷物を頼む」

 アデリーに告げられて、ヤキトが振り向く。

 がちゃがちゃと鎧を脱ぎ、まずはロープにくくりつける。次いで俺達の荷物も同じようにして、ヤキトだけが下に残された状態になった。

「よし。行くか」

 意気込んで、ロープに手を伸ばすと───すごい勢いで登りだす。

 ……いやまて、早すぎるだろ。粘着靴使った俺より早くねぇか??

「……すごい力だね」

「これが筋肉……いえ、筋石の力ですか」

 女子三人も驚きの表情をしている。無理もない。

 ていうかこれもう、ロープを使う必要も鎧を脱ぐ必要も無かったんじゃないか。

「これで全員だな。では、進むとするか」

 そして、愕然としている俺達を見て悦に入ることなどもなく、鎧を再び身に着けながら平然とそう言うのだった。


 くそ、負けてられんな。次は俺もいいとこ見せてやるぜ。


 ◇ ◇ ◇


「オラァ!!」

 エリアスが勢い良く、巨大な壁を殴る、殴る、殴る。

 正確には、殴っているのは壁ではなく、壁に埋め込まれた謎の装置の表面ひょこひょこと顔の出し入れを行っている鰐のような何かである。

 魔法文明時代の玩具かなにかなのだろうか。確かに反射神経や体力を要求されはしているが、ここまでに突破してきた試練と比べてやけに安全性が高いような。

『まいった、スゴイ!!』

 しばらくそんな光景を眺めていると、やがて装置が魔法文明語でそう叫んだ。

 装置の上部に備え付けられた得点板のようなものには、『新記録!!』『本日の最高記録:113点』と表示されている。どうやら今のプレイで記録を更新したらしい。

 ……途中で鰐が不自然に動いたというか、エリアスの拳に自分から当たりに行ってるように見えた気がするが、まぁさておき。

 ささやかなファンファーレと共に、壁に埋まっていた装置が地面へと埋まっていく。これでこの試練も無事終了だろう。


 ちなみにこれの他に、炎の壁の中を走り抜けさせられたり、細い道の上を謎の浮遊物体を避けながら進まされたりなどしていた。

 拳闘士の修行場だと分かっていはいるけれども、それにしたってもう少しこう、優しくしていただけないでしょうか。


 そんなことを思いながら進んでいくと、また道の先で何かが待ち構えているのが見えてきた。

 ここ最近だけで三度は目にした気がする、あのシルエットはおそらく……龍、か。

「……随分と大きい龍だね」

「一応挨拶しましょうか……こ、こんにちはー」

 念のためにアデリーのことを庇いつつ、恐る恐る声をかけてみると、彼はゆっくりと目と、そして口を動かした。

「来たか。新たな挑戦者よ」

「ほー?ドラゴンたァおもしれぇ」

 そしてこのエリアスの言動である。

「おもしろい、か。ここまで来る者はそう多くはないが、随分余裕そうだ」

 いいえ、十分険しい道だったと思います。少なくとも女子三人には辛かったです。

「まぁ俺には簡単過ぎたがな?ん?」

 そんな私の思いも虚しく、エリアスは更に煽るような口調で続ける。

 それを聞いた龍は、翼を大きく広げ、羽撃いた。

 巻き起こる風に飛ばされぬよう踏みとどまりながら、その様子を眺めたところで、私はようやく彼がエンホークよりも、エンストークよりも大きな体躯をしていることに気がついた。

 龍の中でも特に位の高い、ノーブルドラゴンのそれ。

 ……つまり、あの二匹よりも更に手強い相手ということ。

「ふむ。あれを越えてきたからには、油断できる相手ではないな」

 挑発を受けた龍は、しかし冷静な態度を崩さぬまま、宙を舞う。

 わかってはいたが、やはり彼もまた、この修練場の試練の一つなのだろう。戦いを拒否することは許され無さそうだ。

 諦めて、あるいは待ってましたと言わんばかりの顔で、私達もそれぞれの武器を構えるのであった。

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