窮鳥入懐

「なぁ英雄様、俺と付き合っちゃあくれねぇか?」

「おいおい?俺にそのケはないぜ?」

「違ぇよ。組手だ組手」

「おっと、そっちなら歓迎するぜ」

 黄昏時、『花の導き亭』の店内。

 久しぶりの休暇ということで、まずはいつものお店で一杯やろうという話になり、私達は久しぶりにこの店へと足を運んでいました。

 ヤキトだけはやりたいことがある、とのことで先に神殿に寄っていますが。

 さておき、席に着いた私達は、店の冒険者達に囲まれて話をせがまれたり、組手の申し出をされたりと人気者の様な扱い。

 ……いや、世界の一大事にこれだけ関与しているので、英雄的存在に見られてももうおかしくはないのかな。

 一番人気のエリアスなんて、店に入ってからずっと、戦士やら拳闘士やらの皆さんに話しかけられているし。

「俺にとっちゃ、敵を殺すことは自慰なのさっ……ん?敵も一緒だからこりゃ実質アレかもなぁ?」

 ……だからと言って、ああいう発言をするのはよろしくないとおもいます。

 お酒も入ってるし、子供のいない店ではあるけども。

「おいおい。日が上がっている間からそういう言葉を言うのは控えておいてくれ」

 すると店主のおじさんが、エリアスの方に近づきながらそう言います。

 釘を刺すためだけにわざわざカウンターから出てきた、とも思えないので、これはきっと何か用事があってのことでしょう。

「おっと、すまねぇな」

「ま、程々にな。……さて、店でそんなことを言ってる暇があるということは、退屈してたりするか?」

「んぁ?まー休暇中ではあるが……ちぃと身体が訛ってきたな」

 エリアスのこの言葉を聞いて、店主さんは満足そうにうんうんと頷く。

 そして、近くの席に座っていた私とユカお姉ちゃんにも視線を向けた後、実に楽しそうな……アノーシャグさんのそれとよく似た表情で、こう言ったのでした。

「『竜顎爪』の迷宮の場所を耳にしてな。もちろん行くだろ?」


 ◇ ◇ ◇


 フェンを取り戻すことはできた。

 しかし、一難去ってまた一難。新たな強敵が現れた。

 果たして俺は、この先も仲間を守りきれるのだろうか。

「……愚問だな」

 神殿の祈りの間で、神像に跪きながらそう一人自問自答する。

 守りきれるかどうか、ではなく、守りきらなければならないのだ。

 騎士として、ザイアの神官として、俺にはその義務がある。

「騎士神ザイアよ。これからも我と、その仲間に加護を与え給え」

 祈りの句を述べて、そっと立ち上がる。

 さて、この後はどうするか。エリアス達がいるいつもの店にでも向かおうか。

「先生、いまお時間よろしいでしょうか」

 そう思って振り返ったところで、一人の後輩神官に呼び止められた。

 ……その呼ばれ方は、こう、慣れないな。

「先生、と呼ばれるような身でもないと思うが」

「他に適切な尊称が思いつくまでは、とりあえず先生にさせてください」

「……まぁそれで構わん」

 すこしくすぐったいが、特別気にすることでもないか。

 さておき、要件を聞くべく話を促すことにする。

「はい。ヤキト先生にお会いしたいという男性がいらしております」

「俺に?」

「ええ。指名でした。応接間に待たせていますが、お会いになられますか?」

 男、と聞いて一瞬エリアスだろうかと思ったが、あいつが行儀よく面会を申請するとは思えないので違うだろう。

 すると他にそういう事をしそうなのは……もしかしてイッサ、だろうか。

 であれば拒む理由はない。俺は承諾して、応接間へと向かうことにした。


「すみません、唐突に押しかけてしまい」

 そこで待っていたのは、初めて会った時のような、男装姿のフェンだった。

 ……そうだな。この街では男ということで通しているので、何もおかしくはない。

 決してイッサでなくて残念などとは思っていない。

「ご、ご迷惑……でしたか?」

「いや、迷惑ではない」

「それはよかった」

 そう言って、彼……いや彼女は、ほっとした表情を浮かべる。

 口ではこう言ったが、今の俺の顔を見せたら間違いなく信じて貰えなかっただろう。

 顔を全面覆う兜を着けていて助かった。

「それにしても、わざわざ神殿まで来るとは。急ぎの用か?」

「そうでした。急ぎではありませんが、ちゃんと……ちゃんと、相談しておきたいことがあります」

 安堵の表情から一転、再び真剣な顔つきになって、彼女はそう言った。

「個人的なものか?」

「……ええ。個人的、だと思います」

 尋ねると、少し悩んでからそう返された。

 仕事、もとい任務絡みの話ではない、のだろうか。

「魔神将の討伐……行くんですよね。私も、連れて行っていただきたいのです」

 そう思っていたのだが、次に彼女が口にしたのは、任務そのものの話であった。

 こちらとしては断る理由も無いし、むしろありがたいことだが、わざわざこうして相談しに来るということは、何か事情があるのだろうか。

「ああ。いいぞ」

 すぐにそう返したが、まだ彼女の表情は晴れない。

 彼女の身分を考えると、ベールゼン公爵や姫様達から何か言われてのことだろう。

 黙って抜け出すことを目論んでいる、とかではないといいが。

「そうおっしゃっていただける、とは思っていたのですが……問題がありまして」

 まずはその辺りを確認すべく、俺は一旦彼女の話を聞くことにした。

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