ユカリが(何故か悲しそうな目をしながら)大地が揺れた気がする、と訴えて来たので外へ出て確認することに。

 城の周辺には特に異変は起きていない様だが、さて……

「……東のほう、何かが飛んでいる……?」

 そう言ってフェンが空を指差す。合わせてそちらに視線をやる。

 すると、視界に入ったのは……ラ・ルメイアの王城が、宙に浮いている姿だった。

「……なん、だと……」

 思わずそう言葉を漏らしてしまった。

 俺の記憶が正しければ、あの城は普通に地面に接していた筈だし、特別高い場所に建てられていたという事もない。

 つまり……あれがアパスタークの力、ということか。

 ただのデモンストレーションであれだけの事を出来るのが、かつての時代の遺産か。

「ノーブルエルフにしか扱えない、ではなかったの……?」

「多少は使える、のかもしれません……」

 アデリーの疑問はもっともだが、しかし圧倒的な力を有する魔神将の前では気にするだけ無駄なことかもしれない。

 フェンの言う通り、元々多少は力を引き出すことが出来る、という可能性もある。

その多少、で城をひとつ浮かせられると言うのであれば、大変恐ろしい話だが。

 いくら仲間の命が懸かっているとは言え、やはり封印を解いてしまったのは間違いだっただろうか……

「……ところであの、どうしてアパスタークが?」

 ……そう言えば、フェンにはまだ話していなかったか。

 知らない間に国の秘宝が敵の手に渡っていた、と言われたら驚くのも無理はない。

「ん?おめぇさんと交換よ」

 どう伝えたものか、と思ったが、エリアスが躊躇うこと無く直球を投げつけた。

 確かにその通りなんだが。もう少し別な言い方は思いつかなかったのかお前。

「あー……ごめんなさい、じゃ済まないですね、それ」

「よせ、姫様達もこうなることが分かっていて封印を解いたんだ」

 実際の所、謝ってどうにかなる話ではないのは事実だが。

 彼女を責めた所でどうにもならないのもまた事実だ。

 そもそも彼女だけに非がある話では決して無い。

「……それほどお前のことが大切、という事だ」

 だから、俺が彼女に伝えるのは、こんな当たり障りのない言葉だけでいい。

「……承知してます」

 安心の中に、強い決意と覚悟を感じられる顔で、彼女は頷いてみせた。

 執務室からずっと、憂鬱そうな顔をしたままであったが、これで少しは気を取り直せただろうか。

「しっかしまぁ……魔法文明の流行りなのかね、空を飛ぶってのは。攻め込みたかったら俺らも飛べってか?」

「高位の魔術師がいれば不可能ではないかもしれませんが……」

「いたとしてもあの高度はちょっとなー。どうにも出来ないし、一旦帰るか?」

 俺がフェンに言葉をかけている間に、他の者はあの空飛ぶ城へどう向かおうかと考えていたらしい。

 が、今の俺達に実現出来る手段はなさそうだと判断したのか、最終的にイッサが一時帰還を提案していた。

「あぁ。あちらでも騒ぎになっているだろうし、報告が先だな」

 姫様達に早くフェンの無事な姿を見せて差し上げたい、というのもあることだし。

 俺もその提案に賛成し、一先ずはレジスタンスの拠点へと戻ることにした。

 ……しかし実際、あの城にどう進入したものだろうか。

 エンホークの力でも借りようか、それともユカリの言う通り、高位の魔法使いを見つけ出して協力を願うか。

 或いは魔法文明や魔導器文明時代の、そう言った目的の為の装置を探してみるか。

 ……考えるのは後にするか。今は帰ることに専念しよう。

 城が浮かぶ朝焼けの空を背に、俺達はアルフォート城を後にするのだった。


 ◇ ◇ ◇


「よく戻って来てくれました……皆さんも無事で良かった。大変だったでしょう?」

「お姉ちゃん、強く抱きすぎです」

 ディルクールに無事帰還し、そのまま報告の為に謁見の間へ。

 イッサも一緒に来られたら良かったんだが、レジスタンスの方でやることがあるらしく、ディザで一旦別れることになった。

 そんな訳で五人で城を訪れ……謁見早々、フェンの姿を見たコークル姫が猛ダッシュで彼女に抱きつきに行った。

 大丈夫かあれ。完全に胸に顔が埋まってるけどちゃんと息できてんのか?

「……それで、あの様子だとアパスタークは先方の手にあるのですね?」

「……はい」

 そんな光景を気にせず……いや、止めることを諦めた顔だなあれは。

 とにかくそれはそっちのけで、ラフェンサ姫とヤキトが真面目な話をし始めた。

 確かに敵将を一人討ち取りはしたが、事態がいい方向に進んだかと言われると微妙な所だ。悪化してしまったまである。

「まぁ、アンリブレはしっかり殺してきたんで……チャラにしてくださいや。次はガルシアもやってやりますし」

 とは言え全く進展がない訳ではないし。ここは強気な姿勢を見せておくか。

「しかし、あの城に突入する手立てはあるのですか?」

「いやー、ないですな!困ったことに!」

 そう思ったんだが。これについては皆目検討もつきませんとしか言えない。

 気合でどうにかなる距離でもなさそうだったしなぁ……どうしたもんか。

「アパスタークを守っていた、龍の助力が得られれば、また違うのでしょうけれども……」

「得られたとして、一度で何人運んでもらえるのでしょう、というのも」

 俺が頭を掻いている一方で、姫様達は突入手段について真剣な顔で相談をしていた。

 なるほど龍か、確かにあいつらなら人を乗せても空を飛ぶくらいは出来そうだ。

 俺達全員をいっぺんに、は流石に厳しいかもしれんが。

 ……ところでコークル姫様、フェンさんのギブアップを告げる手が止まっているように見えるんですけど気のせいですかね。

「……姫様、フェンは大丈夫なのですか?」

 流石にヤキトも無視できなかったのか、そっと進言した。

「あらやだ。フェン、起きてる?」

 その言葉でようやく顔を離してあげた……が、時既に遅し、フェンの顔は完全に気絶している奴のそれだった。

「……起きてない、けどやっぱりかわいい妹だわ」

 そしてすぐさま再びがっちりホールドしにいった。

 ……うん、大丈夫だろう多分。人は抱きしめられたくらいで死んだりしないはずだ。

「まぁ、助力自体はお願いすれば行けるとは思いますので。その辺りはこちらで交渉してみます。

 色々と足りていない状況ではありますが、その辺は……姉の仕事です」

 真横でハグを続行する姉をじっと見つめながら、ラフェンサ姫は淡々と話を進める。

 仕事を振られたコークル姫はと言うと、一目見て分かるレベルで嫌そうな顔をしていた。さては押し付けたなラフェンサ姫。

「そ、そんなことよりも。ルキスラから、帝国を代表してユリウス様より贈り物と言伝てが届いています」

 妹から目線を逸らしつつ、こちらもまた別な話を始めた。

 ほー、ユリウス様から贈り物……えっ、マジか。

「こちら軍資金と……それから、向こうにも余裕が出たので援軍を送ってくださる、と約束してくださいました。

 状況が状況なので直接来られなくて申し訳ない、とも手紙では仰っていましたね」

 突然出てきた皇帝の名に驚く俺達の前へ、従者達がどすん、と黒い大きな箱を置く。

 その音だけで、中身にどれだけ詰まっているか察せるレベルだ。

 間違いなく生きてきた中で一番大きな額。

 下手をすると、今後の冒険者人生で再び手にすることが出来ないかもしれない程だ。

「それはそれは……ありがたいことで」

「"あれ"を見ては動かざるを得ないだろうしな……一難去ってまた一難、だ」

 流石の俺も、そんな大物からこんな贈り物をされたら恐縮するしかない。

 にしてもユリウス様か。そうか……

 よく考えりゃ、国どころか人族、蛮族全体での問題だしな。

 それで話が大きくなる分にはいいんだが、単純じゃなくなるのはちょっと困る。

 個人的には、常にシンプルに行きたい。

「何でもぶん殴って解決できりゃいいんだがねぇ」

「頭まで筋肉なのは分かりましたから、ちょっと静かに」

「おいおいそいつァどういうことだ?これでも錬金術をかじっちゃいるんだぜ?」

 つい漏れちまった言葉に対し、ユカリが辛辣な反応。確かに頭に自信はねぇけど言いすぎじゃねぇかい?

 ……いや、賦術を学ぶ為の魔動機文明語は、確かにユカリから教わったけどさ。

 それはそれじゃん。

「やめろ、姫様達の前だぞ」

「まぁまぁ、一緒に冒険した仲ですし」

 おっと、見苦しい所を見せてしまった。これはヤキトが正しい。

 姫様はああ言ってくれてるが気をつけねぇとな、いくら結構親しい関係になって来ているとは言え───

「……えっいやなにしているんです!!?」

 そう反省していたら、再びの衝撃の事実が耳に届いたのか、気絶していたフェンが突然息を吹き返した。そしてこの慌てっぷり。

 ……つーかこの話もしてないんだっけ。話すこと色々あるなぁ。

 これまでの経緯に、今後の方針に……姫様達の準備にも時間もかかりそうだし、その間に何をしてるかも決めないとか?

 かなーり長くなりそうだけど……ま、一個一個やっていくか。

「……面倒だ、この際お前と別れた後の事を全て話そう」

 俺ではなくヤキトがな。要点まとめるの苦手なんでね。




「───では、我々はこれで失礼します」

「ええ。連絡だけつくようにしておいてください」

 フェンさんにこれまでの経緯を話し終えたところで、今日は一度解散することに。

 姫様たちもやる事があるだろうし、あまり長居をして邪魔になってはいけません。

「……あ、私達も今夜はフェンをせっしゅ」

「摂取とか言わない」

「……フェンといたいので、置いて行ってくださいね」

 ……前言撤回、いても大して邪魔にならないかもしれない。

 まぁでも、一緒に居たい、と言うのは嘘偽りのない事実なんでしょうし。三人でゆっくりさせてあげましょうか。

「わかりましたよ。んじゃあな、フェン!」

「ええ、また後日」

 お淑やかに手を振るフェンさんに、私達も手を振り返しながら笑顔で別れを告げる。

「……あぁ、またな」

 ヤキトだけ、何か考え事をしていそうな顔だった気がするけど。

 普段からいろいろ考えて行動している彼のことなので、この場では特に気にせず帰ることにするのでした。


 さて、久しぶりの……本当に久しぶりの、ちゃんとしたお休みです。

「どうするかねぇ……お前らはなんかやることあるか?」

「んー……ユカお姉ちゃんといられるならどこでもいいけど」

「私も、アデリーといられるならどこでも」

 エリアスの問いに対し、ユカお姉ちゃんと揃ってそう返してはみたものの、実際どこに行って何をしたものだろうか。

 特に何も決めず、ふらふら街を周ってみるだけでも楽しいかもしれないけど。

「俺は久しぶりに神殿に行くつもりだ」

「真面目だねぇヤキトは……で、そうなると俺は一人か」

 ヤキトは何というか、ブレないなぁという感じの回答。

 彼が遊びに時間を使う様な人に見えるか、と言われると、確かにそうなんだけど。

「……あぁ、その前に酒場に顔を出すか。随分と通わずにいたからな」

 なんて思っていたら、少しプランの変更が入った。

 酒場かぁ。思い返せば、あそこでフェンさんからの依頼を受けたのが事の始まりだ。

「あー、それもそうか。最後に行ったのってどんくらい前だっけか?」

「んーと、ひと月経ってないくらい?」

 正確には覚えてないけど、それくらいだった気がする。

 それはつまり、街の人達ともそれだけ会っていなかったということでもある訳で。

 街にもいろいろ変化があったりするかな?この辺りの魔神の影響力はかなり弱くなったはずだし。

「それじゃ、休暇の最初は酒場で過ごすとするか」

 そんな訳で、私達の短い短い休暇が、ゆっくりと幕を開けるのでした。

 打倒魔神の旅、一旦のお休みです。

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