「……私、なんでこんなことをしてるんでしょう」

 この言葉は、奴の秘策とも言える技……リバース・グラビティとでも名付けておこう、あれを使われた直後のものだ。

 先程のダンスホールは天井がとても高かったため、宙に浮かされた後、思い切り床に叩きつけられるということになった。

 しかし今回の戦場は、天井までわずか四メートルの狭い地下室。

 故に叩きつけられたところで、せいぜい建物の二階から飛び降りた、程度の衝撃しか受けないのだ。

 そしてその程度であれば、受け身、というか着地をするのは難しいことではない。

 実際、私は蛇の下半身を活かして、鮮やかな着地を二度決めていたのであった。

 ……改めて、なんでこんなことをしてるんでしょう私。いや、決して無駄ではないしやらない訳にもいかないんですけどね。

「なるほど、流石に対策しているか」

 とっておきの技にしっかり対応されたのを見た魔神将様は、感心したと言わんばかりの反応をしていた。

 こんな分かりやすい技を使うと知っていて、こちらが何も対策をしない、などとはまあ思わないだろう。

 ちなみにそれぞれどういう対応をしたかと言うと、イッサは私と同じく受け身、ヤキトは鎧を活かしての衝撃緩和。

 エリアスは城内の宝物庫で偶然見つけた粘着靴───真語魔法の【ウォール・ウォーキング】の様な事が出来る靴で床に張り付き。

 そして残るアデリーは【ウォール・ウォーキング】そのもので。見事全員無事だ。

「さーて、お返しいくぜ?」

 無事に重力が元に戻ったところで、エリアスが再び駆ける。

 拳を鋭く突き出し───

「───ぬぅ!?」

「ひゅー、いいねぇ!これぞデスマッチってなぁ!」

 奴の強固な右腕を二度、三度と殴りつけ、そのまま粉砕してみせた。

 ……割れるんですか、あの腕を。相変わらず凄い事を平気でやってのける男ですね。

 して、これで邪魔な壁が無くなったのでいよいよ本人を攻撃できる……が、彼は彼で再び反撃の剣を貰っている。

 遠目で見ても分かるほどに強力な魔力を帯びた一撃は、おそらくヤキトでも無視できない程の威力があるだろう。

 ……回復してやるとしようか。手数を増やすために、ここは妖精に任せる事にする。

『クーシーさん、またよろしくお願いします』

 魔晶石を砕き、再び妖精界への門を開く。呼び出す者も先と変わらず。

 そしてそのまま回復魔法の行使もお願いして……ちょっと、嫌そうな顔しないでくださいクーシーさん。

「さんきゅ……ねぇ?君もしや俺の事嫌い?」

『わんっ!』

 肯定もしないでください。まったく、一体誰に似たんでしょうか。

 仕事はしているので構わないのだけれど、などと思いつつ、再び奴の動きを注視する。

 こちらが優勢ではあるものの、相手は高位の真語魔法使い。

 最後まで油断は出来ないし、するつもりもない。

 一手ずつ確実に詰め、必ず勝ってみせる。

 その為にも、拳闘士二人をしっかり支えていかなければ……だから嫌そうな顔しないでくださいクーシーさん。




 異形の腕が使い物にならなくなっても尚、奴の攻撃は脅威足り得る。

【ブリザード】による全体への攻撃、からの魔力を込めた一撃。片方だけならともかく、両方貰うのはあんまり嬉しくないです。

「まだ耐えられる範囲だ───魔法も、その攻撃も」

 だけど、形勢が逆転することはない。腕の攻撃がなくなった今なら、ヤキトが剣を止めることが出来るのです。

 エリアスかイッサさんがあれを食らうのは見ていて冷や冷やするけど、ヤキトなら安心感しかありません。

「全く通らない、という感じではないが……どうということはない、という顔だな」

「ヤキトは頼れる前衛ですからね。落とすのは貴方でも厳しいと思いますよ?」

「そうそ……あれ?俺と対応違くねぇ?」

「何のことかさっぱりわからないですね。そんなことより目の前の敵に集中してくれませんか?」

 ヤキトへの信頼を表すユカお姉ちゃんの一言に、エリアスが大変納得の行っていない顔をしていた。

 ……うん、私からは言えることは何もありません。

 イッサさんと一緒に、静かに頷いておきます。

「……いつもこんな感じなのか?」

「余裕を見せられるぐらいの戦い、ということだ」

「なるほど。……うむ、そこのライカンには同情しておいてやろう」

 敵から情けを受け取りつつ、こちらも反撃に打って出る。

 私がここですべきは……攻撃より補助、かな。

 更に優勢を確かなものにすべく、【パラライズ】を奴に掛けようとする。

「……口だけではない、と。自信無くしちゃうなぁもうっ」

 しかし流石は魔神将。魔力には自信ある方だったけど、相手の抵抗力はそれ以上のものでした。

 こういう時、完全な抵抗突破を求められるのが常の真語魔法は、やや使い勝手が悪く感じてしまう。

 もっとも、今この場でどうにかすることは出来ないのだけれども。

「気にするなアデリー。代わりと言ってはなんだがこれを」

 そう言いながら、ヤキトは剣を……胸の前で、両手でしっかりと持ち、まるで祈りを捧げるかの様な姿勢をとった。

 攻撃や魔法の行使をするつもりではなさそうだけど、一体何を───


『───戦え、勇気ある者達よ 掴み取れ、我らの勝利を』


 するのだろう、と思った次の瞬間、普段とは全く違う声色で言葉を紡ぎだしました。

 これは……高位の神聖魔法、【バトルソング】かな。

 存在は知っていたけど、実際に耳にするのは初めてです。

 想像していたものよりも遥かに勇ましく聴こえるのは、ヤキトが神官である前に騎士だからでしょうか、なんて。

「なるほど。うん、やっぱり歌はいいものですね」

 真偽はさておき、歌に一家言を持っているユカお姉ちゃんもこう言うくらい上手いことは確かです。

 寡黙で冷静な普段の振る舞いから、あまりこういうものは得意じゃなさそうな印象があったけど。ちょっと意外。

「いいねぇ、盛り上がって来た。……さて、覚悟はいいかい?」

 ヤキトの歌声に合わせて、エリアスがいつも以上にやる気に満ち溢れたファイティングポーズ。からの、お得意の三連パンチ。

 奴もどうにか避けようとするけど、勢いに乗ったエリアスの攻撃はそう簡単には躱せません。

「ぐぬっ……防ぎきれんな……!」

「こっちとしてはイマイチな入りなんだが……まぁいい、もっとやろうじゃねぇか」

 邪魔な腕が無くなり、ようやくご本人を殴れたということもあってか、さっきよりも楽しそうにそう言います。

 あの調子で続けてくれれば、先にこちらが削りきれるはず。

 一気に畳み掛けるべく、私も杖を構えるのでした。

 ……私も魔法じゃなくて物理で一発入れたいな、とか思ってません。本当ですよ。




「投げるより、こっちの方が効率がいいんで……なっ!」

「おのれっ……」

「やるねぇ、イッサ!」

 防御手段を失った奴に、全力の攻めを続ける俺とイッサ。

 本人を殴り始めてまだ間もないが、早くも限界が近くなって来たらしい。

 息は絶え絶え、辛うじて剣を持っている、って感じだ。

 そんなデカい剣を振るとなったら、尚の事しんどいだろうな。

「さぁて……此処で決めてぇな」

 出来れば長く楽しみたいが、正直あの剣を何度も食らいたいとは思えない。

 まぁ、今はヤキトに食らってもらってるから安全なんだが。

 それに何より、いい加減追いかけっこを続けさせられるのも飽きてきたしな。

 今日この場で、こいつとの関係は終わりにしたい。

 だから、加減はしねぇ。全力だ。

 賦術の【クリティカルレイ】を、とっておきのS級カードで発動する。

 一枚二千ガメルもする高級品だが、ヤキトの武具やユカリの魔晶石なんかに比べれば安い出費だろう。

 というか、こういう『ここ一番』って場面の為に買ったんだし。惜しむ理由はない。

「ル=ロウド神よ……我が拳に加護を!!」

「や、め───」

 嫌がっているのは無視して、ありったけの力を右の拳に込める。


 風来神の加護と、賦術による強化。アデリーの魔法に、ヤキトの歌。

 ユカリとイッサは……直接的な支援はしてもらってないが、この最高の状況を用意してくれた、という点で変わらない。

 口ではなんのかんの言っているが、皆こうして信用してくれてるんだ。

 それに応えるのが、男としての、戦士としての礼儀ってもんよな。


「───死ねやゴラァ!!」


 ありったけの思いを込めて、渾身の正拳突き。奴の中心へ、真っ直ぐと突き進む。

 そしてその拳は、俺の人生……もとい蛮生で一番の衝撃音を立てながら、奴の体を文字通り貫き、背中側へと辿り着いた。

 ヤキト程じゃあないにせよ、そこそこ良い鎧を着ていた気がするが。どうやらあれごとぶち抜いちまったらしい。


「ははっ、最っ高に気持ちいいぜ?アンさんよぉ?」

「…………」

「ん?あぁ……聞いちゃいねぇか?」

 是非とも感想を訊きたかったのだが、残念ながらあまりの衝撃にそのまま気を失ってしまったらしい。

 ……気絶っつーか、いくら魔神将と言えど、この損傷では流石に死んだか?

「あんな鎧のひしゃげ方、あるんですね……」

「これでセクハラがなかったらかっこいいのかもしれないけど……」

「言うな」

 奴が動かなくなったのを見てか、アデリーとユカリが力の抜けた声を出した。ヤキトの言葉は……褒めてくれてんだよな、多分。

 それはさておき、皆が警戒態勢を解いたってことは、これ以上奴が何かしてくることはないんだろう。

「割とマジで矯正させることを考えた方がいいぜ。そしたら中々のナイスガイになるはずだ」

 イッサにまで追撃された様な気がしたが、無視だ無視。

 そんなことより、今はあの魔神将様を討ち取ったという事実が気持ちよくてたまらねぇのさ。

「なんか言ったかよ!俺ぁ今最高に快楽に溺れてるんだよ!!」

 胸から腕を引き抜かれ、崩れ落ちていく奴の無残な姿を横目に、俺は戦いの余韻に浸ることにするのだった。


「……アデリー、ああいう男性には近づかないようにしましょうね」

「……うん」


 女子二人から冷たい目で見られた気がするが、それも多分きっと気のせいだろう。

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