蛇に見込まれた者達

「さて……あの野郎は何処に行きやがった」

 さっさと逃げたしやがった奴を追って、地下通路を進む。

 横幅の狭い空間をしばらく行くと、やがて扉が一つ見えてきた。

 イッサやアデリーが言うには、奴はその気になれば魔法で瞬間移動でもなんでも出来るらしい。便利なことだ。

 しかしそうしないということは物理的に逃げたということであり、そして逃げるための道はこの通路一つのみ。

 つまり、奴はあの扉の向こうに居るに違いない。

「はっ、貰ったぜ───」

「いると分かってて飛び込む人がいますか。準備しますよ準備」

「準備っすね、はい」

 そうと決まれば早速、と思い踏み込もうとした所にユカリが釘を刺してきた。

 俺のことよく分かってるなぁ、こいつ。

「だな。集まってくれ、加護を与える」

 ヤキトは顔色も声色も変えず、いつも通りの様子で淡々と神聖魔法を行使する。

 それに倣って、他の面々もそれぞれ準備をし始めた。

「……俺もやっとくか」

 逸る気持ちを抑えて、俺も神聖魔法を行使する。

 何を隠そう、ディザでの滞在(と言ってもたった一日だったが)中に、ル=ロウド神の声を聴き、正式に神官となるに至ったのだ。

 ……祠に誰もいなかったから、勝手に祈って勝手に神官を名乗っているだけなんだが。まぁル=ロウド神なら許してくれるだろう。

 俺と同じで、自由を愛する神様だからな。

「おし、準備出来たな。それじゃ今度こそいいか?」

 魔法やら賦術やらを使い終え、再度確認をとる。各々が肯定の意を示した。

 それを確認した俺は、改めて扉に向き直る。

 罠は無し、耐久度も大した事ない、何の変哲もない扉だ。

 こんなただの扉を、ましてや奥にあの野郎がいるとわかってるのに、礼儀正しく開けようとなんて思わないぜ、俺は。

「そんじゃま───お邪魔しまーっす!!」

 そういや、いつぞや奴の元へ突撃した時もこんな感じだった気がするな。

 そんな事を考えながら、目の前の扉を全力で蹴破り、そのまま部屋の中へとなだれ込んで行くのだった。

 さぁて、始めようぜ。第二ラウンドをよ。




 俺達が部屋の中へと進入すると、隅に置かれていた机で書類を書いている奴───アン・リブレの姿が見つかった。

 しかしこちらに気がつくと、それを放り投げて席を立った。

 どうやら報告書とやらの作成は諦め、こちらへの対応を優先してくれるようだ。

「ケルベロスは思っていたほど時間を稼げなかったか」

「あんなワンコロなんぞ余裕よ。えぇ?」

「……まぁ、それもそうか」

 流石にあれで俺たちを倒せる、とは考えていなかったらしい。

 エリアスの言葉には特に反論もせず、奴は飄々とした態度を保つ。

「今度は腕だけでは済みませんよ?」

「……観念なさいっ」

 一方奴とは対照的に、既に戦闘態勢に入っている女性陣二人。

 背後からの圧、もとい頼もしさはいつも以上だ。これは我々も負けていられないな。

「魔神将様のお味の程、確かめさせて欲しいところだな」

「ふん、言葉が強気でも、実際にやれるかどうかは別だぞ?」

 一歩前に出て売り言葉を投げかけるイッサに対し、奴はしっかり買い言葉を返す。

 そのままゆっくりと、腰の剣に左手をかけた。今度こそ直接戦うつもりか。

「来な?本気で遊んでやるよ」

「では、お言葉に甘えて」

 そして、エリアスからの挑発を受けて遂に抜刀した。

 右腕に負けず劣らずの禍々しい刃が、薄暗い空間の中で妖しく光る。

 瞬間、右の爪と左の剣、両方を構えて飛び込んで来た。

 今回ばかりは本気なのか、一分の隙もない、目にも留まらぬ速さでの踏み込みだ。

「させん」

 その一撃を冷静に盾で弾き、散った火花が奴の顔を照らし出す。

 その顔は、俺と同じことを考えている様に見えた。

「もう逃がさんぞ」

 この戦いを以って、因縁を終わらせてやろうという顔に。




 初撃はヤキトが弾くことに成功した。

 だが相手の本命は、爪ではなく剣の方だったようだ。

「ぐ、はぁっ……!」

 ヤキトが爪を止めている隙に、魔剣がエリアスへと迫る。

 慌てて回避を試みるも、反応が一瞬遅れてしまったようだ。

 逆袈裟に振り上げられた剣は、彼の胴を裂いた。

「……へへっ、まだ生きてるぜ?そんなもんかよ」

「ふん、これくらいで死ぬ様な奴だとは思ってはいないさ」

 かなり痛々しい傷を負わされてしまったが、ユカリが事前に行使していた光の妖精魔法のおかげで余裕はあるみたいだ。

 とは言えもう一発耐えるのは厳しいだろう。俺も拳闘士だ、装甲の薄さについてはよく分かっている。

「耐えられないなら……さっさと落とすに限るよな!」

 もっとも、俺に攻撃以外の選択肢はないんだけどな。

 それはさておき、まずはデカくて邪魔な腕をどうにかするか。

 あれがある限りヤキトは動きを阻まれてしまうし、アン・リブレ本人を殴ろうとしても腕に防がれてしまう。

『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』、だったか。昔何かの本でそんな言葉を見た気がする。

 幸い、奴の身のこなしは大したことがないみたいだし、これなら───

「かっ……てぇな、こいつ……!」

 いけるか、と思い真っ直ぐに蹴りを二発放つ。

 しかし脚に返ってきた感触は、まるで鉄の壁を蹴った時のようなものだった。

 いくら魔神化しているとは言え、人の体をここまで硬くできるもんなのか。

「どれどれ───たっしかに、固ぇな……」

 剣撃に負けず殴り返したエリアスも、俺と同じ感想を口にしていた。

 手首をわざとらしく抑えて痛がっているふりをしている辺り、感情は別のものを抱いていそうだが。

「楽しんでるだろ、エリアス」

「私の目にもそう映ってますね───はい、これでもう一発耐えられます?」

「バルバロスは戦闘を楽しんでこそだぜぇ?っと、ありがとよ」

 ユカリが妖精魔法で癒しつつ、俺と一緒に彼に尋ねる。

 返答はやはり、というか何というか。先の戦いと言い、本当に愉快な男だ。

 帰って一戦交えるのが、今から楽しみでしかない。

「なるほど、被虐趣味ですかね」

「そうじゃねぇんだよなぁ?」

「違うんですか。それならさっさと終わらせてくださいね?」

 それにしても仲がいいな、エリアスとユカリ。

 気の知れた間柄、という感じのやり取りだ。

 ……いや、知れてるかなぁ、気。単にエリアスに対してだけユカリの当たりが強いだけかもしれない。

 似た者同士、ここは弁護に回ってやりたいが……俺にまで怖い顔を向けられてしまいそうだ。やめておこう。

 女子を敵に回すものではない。

「そうそう。あんまり長引かせると、こっちにも被害が及びそうだしねっ!」

 軽口もほどほどに、アデリーちゃんが追加の支援。【ファナティシズム】だ。

 さっさと男三人で殴り倒せってことか。攻撃用の魔法は燃費が悪いって聞くしな。

 それにこちらとしても、思う存分蹴らせて貰えるのは大変ありがたい。いい選択だ。

「了解……っと、次来るぞ!」

 こちらが体勢を整えたのに合わせて、アン・リブレが再び剣を構える。

 ああ言われてしまったことだ、気合入れていくか。俺もあの剣を食らいたくない。

 それ以外にも───ヤキトに強くなった所を見せてやるため、とかもあるしな。

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