弐
城内も警備の手は抜かれていなかったが、別段問題になるようなこともなく。
見張りの死角を進み、扉を解錠し、城の最深部、恐らく玉座の間かなんかであろう部屋の前へ辿り着いていた。
途中、ヤキトが扉の鍵を力技で破壊したのには少し驚いたが。
まあうん、こいつもアン・リブレの野郎に早く会いたいんだろう。
フェンが捕まった時……水晶に閉じ込められるのを目の前で見せつけられた時、一番奴への怒りを露わにしていたのはこいつだ。
「んじゃあ、いきますかい?」
全員に確認を取ってから、その豪華な扉を押しやる。
ギィ、と重たい音を立てながら開かれたその先。広がっていたのは玉座の間ではなくダンスホールだったが、なんにせよ奴はそこにいた。
奴の隣にいるのは三つ首の犬。魔神かどうかは知らんが、少なくとも野生のワンちゃんじゃあなさそうだ。
「ほう、ここまで来たか」
「どの口が言うか。呼び出したのはそっちでしょ」
意外そうに言った奴に対して、アデリーが怒りをこめた声でそう返す。
「それもそうか。それで、アパスタークは持ってきたのだろうな?」
「あぁ。ここに」
そんなアデリーを気にすることもなく、早速本題を切り出してくる。
ヤキトがそれに応じ、秘宝を奴に見せつけた。
それを見た奴は気味の悪い笑みを浮かべて、こう続ける。
「ご苦労。では、それを足元に置いて下がれ」
「……フェンはいつ解放するんだ?」
「それをこちらが受け取ったら渡してやろう」
「同時では駄目なのか」
意地でも水晶を先に渡そうとしない奴と、意地でも確実に水晶を手に入れようとするヤキト。どちらも譲らなさそうだ。
「落ち着けヤキト。今は従うとこだぜ?向こうが主導権握ってんだ」
「確かに、フェンの命はあちらの手にある。が、これがないと奴が困るのも事実だろう」
俺が宥めようとするも、ヤキトは意見を曲げない。
珍しいな、こいつがここまで意地になるとは。
しかし今の一言は向こうには効いたらしく、しばらくの無言の後にこう言ってきた。
「……よかろう。代表者一人がアパスタークを持って中央まで来い。お望み通り同時に交換してやる」
「わかった。俺が行こう」
この提案に納得したようで、ヤキトが秘宝を手に奴の方へと歩み寄る。
同じく奴も玉座から立ち上がり、前へ。
部屋の中央で、お互いのブツを手にした状態で向かい合った。
「両手を出せ。同時に互いの手の中に落とすとしよう」
そう言って奴は左手を差し出しつつ、異形の右手を掲げる。
不気味な爪で摘むようにして持っているのは、間違いなくあの時の黒水晶だ。
それを確認して、ヤキトも奴に倣って同じポーズを取る。
……左手の位置が気持ち高いな。フェンの為か?面白そうだから後で指摘してからかってやろう。
そんなことを考えている一瞬のうちに、二人の交換は終わっていた。互いの右手にあった物が、互いの左手に移動している。
そして満足そうに左手の秘宝を眺めた後、奴は玉座へ戻ろうとした。
さて、本題はこっからだな。
「で、よぉ。当たり前の話だが、こっちとしちゃあてめぇを見逃す訳にはいかねぇんだわ」
「……であろうな」
背中に向けて、俺がそう言い放つ。奴は足を止めて振り返る。
なんだ、分かってんなら話は早えな。
「つー訳でよ、一戦やってこうぜ?」
「……ま、仕方あるまい」
奴は肩をすくめ、左手の秘宝を懐にしまう。代わりに手にしたのは、一振りの長剣。
誘いに乗って頂けてなによりだ。そんじゃ、今度こそこいつをぶっ飛ばして万事解決といきますか。
「私、貴方に対してめちゃくちゃ怒ってるんだからね……!」
各自が武器を構え終えて早々、【ファイアボール】をアン・リブレへと叩き込む。
それなりに気合を入れた……筈なんだけど、あまり効いていない。
しかも最悪なことに、奴の隣にいる犬の魔神(ユカお姉ちゃん曰く、ケルベロスだそうです)に炎は通じないようで。
もう少し真語魔法の腕を上げていれば、氷の魔法の【ブリザード】とか撃てたんだけど。無いものは仕方ないか。
「それはそれは。だが怒りだけで私をどうにか出来る、などとは思わないことだ」
奴は涼し気な顔で火の粉を振り払い、余裕たっぷりにこの発言。
本当、とことん気に障る男です。
「やるじゃねぇかアデリー、そんじゃ俺も!」
それでも多少は怯ませることが出来たので、その隙にエリアスが前進。
おおよそいつも通りの流れですが、さて。ご本人とペットのどっちから落として貰うべきかな───
「……っ、なんだ!?」
「どうした、エリアス!?」
───そう思ったときでした。エリアスが突然、横に大きく飛んだのは。
そして飛んだ直後、エリアスが立っていた場所に何かが振り下ろされるような音。
間近で見ていたはずのヤキトも、何が起きたのかは分からなかったみたい。
遠くにいる私ももちろん分からず……というか、何も見えなかったんだけど。
一体何が?
「見えねぇ、けど何かいるんだよ!」
「透明な……まさか、ゴードベル!?」
慌てるエリアスの言葉を聞いて、ユカお姉ちゃんがその正体を暴く。
なるほど、姿の見えない敵、か。
「卑怯者っ……」
思うより先に、そう口にしていました。
冷静さを欠いているのは分かってる、分かってるんだけど。言わずにはいられない。
「聞いていたよりもいけ好かないやつだな……!」
「なんのこたァねぇ……見えなくたって、殴りゃ倒せんだろ!」
突然の増援……いや、最初からいたんだろうけど。とにかくそれに対応すべく、イッサもエリアスに続いて素早く前へ。
しかしやっぱり、見えない敵を殴るというのは難しいみたいです。
二人とも、文字通り空を切るように手足を振るったので、恐らくゴードベルとやらには攻撃は当たっていないでしょう。
『この辺りにいるんだろう』と分かるだけでもすごいな、と思うけど。少なくとも私の魔法で同じことは出来ない。
「あぁクソっ、当たらねぇな!」
「面倒なことばかりしてきますね、本当にっ!」
苦戦している前衛陣を見て、ユカお姉ちゃんが妖精を呼び出しながらある物を前へと投げます。
呼んだのは、大きな犬のような見た目の妖精クーシー。投げたのは"ミュージックシェル"という魔動機。
あらかじめ録音しておいた呪歌を再生させることが出来るもので、これを使えば本人が歌わずとも呪歌の効果を発動させられるのです。
そしてこの組み合わせを使うということは、今日のユカお姉ちゃんはひたすら支援に徹する感じかな。
「面倒ではあるが……まぁ、いつも通りに、だな」
支援をたっぷり受けたヤキトが、見えざる敵からの攻撃に備えて盾を構える。
五対三、だけどこちらが有利とは言い難い状況。表情を崩さないままの魔神将様。
……さて、今日もまた一段と厳しい戦いになりそうです。
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