参
さて、相手は初手から何をしてくるだろうか。
ブレス───体色からして恐らく氷の───を放ってくるか、それとも魔法で何かしてくるか。
ユカリの話によれば、成龍は真語魔法と操霊魔法、そして両方を究める者のみが扱える深智魔法も得意とするらしい。
アデリーが普段から用いているので、その有用性は身を以て知っている。敵に使われれば厄介極まりないだろう。
そう思って身構えていたのだが。
「……おいおいおい?ちょっとイラっと来たぜぇ?」
「───ほう、興味深いことを言う」
エンストークが取った行動は、練技の為の特殊な呼吸と、自己強化の為の魔法のみ。
あの詠唱はおそらく【タフパワー】か。アデリーの詠唱をよく聴いているので、耳が覚えている。
厄介ではあるが、少なくとも攻撃的な選択ではない。いかにも余裕ぶった様子のエンストークに、隣のエリアスが苛ついていた。
「よーしよし。とりあえずその余裕の顔、ぶちのめしてやるぜ!」
その勢いのまま突撃し、三連撃。顔をぶちのめす、とは言ったがまずは翼からだ。飛ばれていては胴も頭も狙い辛い。
地を蹴り、弧線の頂点で拳を振るう……が、全て避けられてしまった。
「っちぃ!当たんねぇな」
「ふむ。想定より少々手強いな?」
しかし、そう容易く避けられた訳ではないらしい。少しだけ驚いた表情を見せる。
あの分だと当てられさえすれば、といったところか。
もちろん、彼女もやられっぱなしではない。隙をついて反撃を狙う。
「させん」
俺がそこに割り込み、振り下ろされた翼の片方を盾で受け止める。
ユカリとアデリーが、事前に補助の魔法と賦術を使ってくれてはいるが……それでも中々手痛い。俺もあまり余裕ぶってはいられなそうだ。
「っく……なかなか痛ぇじゃねぇか」
背中から聞こえるエリアスの声も普段より苦しそうだが、攻撃はまだ終わらない。
俺達が固まったところへと尻尾が振るわれ、一掃される。
翼ほどではないが、これも無視出来るような威力ではない。
そして更に、頭部からブレスが……放たれると思ったのだが、それはされなかった。
まだ本気を出すつもりはないのだろうか。それが余裕によるものか、慈悲によるものなのかは分からないが。
「……恐ろしく強いね。どうする?」
そんな様子を見てか、アデリーが心配そうに尋ねてきた。
どうする、と言われたところで───
「なぁに、いつも通りぶっ飛ばす」
───こっちの男はこうとしか答えないだろう。
そしてこいつがやる気なら、俺も付き合うしかない。
「そう言ってくれると思ったっ」
「ま、倒れられたら困りますから。しっかりしてくださいね?」
俺達の意志を確認したアデリーとユカリは、それぞれ回復と補助の魔法を唱える。
……ユカリの妖精魔法しか発動しなかった様な気がするが。さてはまた噛んだか。
「おいおい……まあいい、もう一回行くぜ!」
気を取り直して、エリアスが再び翼を狙う。
今度は三発とも当たり、苦しい様子を見せているが、まだ墜ちる様子はない。
……体格からして、落とした後に頭を下げさせる必要もある。今日の戦いは中々の長丁場になりそうか。
そう思いつつ、俺もエリアスへと癒やしの魔法を行使し、反撃に備えていた。
◇ ◇ ◇
左翼への二度目の攻撃を終え、着地。そこに迫りくる二つの翼。
さっきと同じく、片方はヤキトが止めてくれる。もう片方は潔く俺が喰らい……
……いや、今度のは狙いが甘いな。これなら殴り返せるか?
そう考えて、回避ではなく攻撃の姿勢を取る。翼が直撃する寸でのところで拳を差し込む───
「あ、やべ」
つもりだったのだが、判断が一瞬遅かった。これだと間に合わない。
結果として無防備のまま、正面から激突。洒落にならない威力でふっ飛ばされる。
「あの馬鹿!!」
「ってて……割ぃ、ミスったわ」
「その意気や良し。だが日頃の行いを見つめ直すべきだな?」
何をやろうとしたのかは伝わっていたらしく、背中のヤキトからは罵声を、エンストークからは激励の言葉を送られてしまった。くそ、後で覚えておけよ。
「恐れていた事態が……っ、今度はこっちですか!」
続いて後方から聞こえたのは、ユカリとアデリーの悲鳴。
氷のブレスを、俺達ではなくユカリ達に吐いたようだ。
ダメージこそないが、前線にも凍りつくような冷たい空気が降り注ぐ。
「い、痛い……というか寒い……」
「このっ、こっちだって!」
魔法であれば耐性の高い二人だが、これはあくまで物理的攻撃だ。恐らく俺達以上に効いただろう。
負けじと反撃すべく、アデリーが得意の制御技術を活かしてこちらに火球を撃ち込み、器用にエンストークにだけ爆発を浴びせる……
「……な、なんてやつ」
が、あの様子からするとあまり効いていないらしい。おいおい、結構本気で撃ってたと思うんだが。マジか。
だが今ので少しは隙が出来た。これを逃す手はない、俺も全力で飛び上がって翼に殴り掛かる。
当たりどころはあまり良くなかったが、アデリーの魔法のお陰もあって、なんとか削り切ることが出来たみたいだ。
一発殴ったところで羽ばたきが止まり、バランスを崩したエンストークは俺と一緒に地面へと降りた。
「っしゃおら、まずは一つだ!」
「……ふむ。これは私も何か返さねばならぬな」
それでも奴は、余裕の表情のまま。実際、まだ勝負は始まったばかりだしな。
それはさておき、まだ頭には手が届きそうにないから次は胴か。こっちは何発殴ればいいんだろうな?
◇ ◇ ◇
「───会心の、一撃ッ!!」
「ぐっ……ようやく本調子になったか。面白い」
エリアスによる何度目かの拳が、エンストークに放たれる。
思わず呻き声を漏らしてしまうくらいには重い一撃が入ったようだ。
口ぶり自体は変わっていないが、あれは余裕から来ているものではなく、戦いを楽しんでいる故のそれだろう。
つまりエリアスと似たような性格をしている、ということだ。
似た者同士通じるところでもあるのか、エリアスも普段より楽しそうな気がする。
「いけそうだね」
「ええ。やっと調子を出してくれましたね」
そんな彼を見て、アデリーも少し安心したようだ。
こちらにもブレスやら魔法やらが飛んで来るので、本当はこんなことを言っている余裕は余りないのだが。
前も後ろも、いつ倒れてもおかしくない。今日はそういう戦いだ。
現に今も、エンストークはこちらに向けて何か魔法を撃とうとして……いや待て。
「……さて、こちらも余裕がなくなってきた。そろそろ終わりにしよう」
そう言って放つのは、第八階位の真語魔法【エネルギー・ジャベリン】。
不味い、魔法への耐性が低いエリアスにあれが当たると───
そう思った次の瞬間には、せめて当たりどころが良ければ、という私の願いも虚しく、魔法の槍はエリアスの体の芯を捉えていた。
「っ……すまねぇ、後頼まァ……」
そして、私とヤキトの回復もダメージ量に追いついてはいないこの状態。
彼の体力が保たなくなるのは時間の問題───というか実際耐えきることが出来ず、膝から崩れていってしまった。
「くそっ、手間をかけさせる男だなお前は!」
幸い死には至らなかったようだが、倒れているエリアスにヤキトがそう悪態をつく。
言いたくなる気持ちは分かるが……先ずはエリアスを叩き起こすべきだろう。
パーティのメイン火力がやられた後に待っているのは、苦しいジリ貧展開のみだ。
ヤキトが攻撃をやり過ごしつつ、隙を見て【アウェイクン】でエリアスを起こす。そこへ私が【エクステンドヒーリング】を重ねて傷を癒やす。
万全、とまではいかないが、これで翼か尻尾の一発くらいは耐えられるだろう。
辛うじて立て直し成功だ。
「はっ、おはようございまーす!?」
「はぁ……危なっかしい戦いしかしないですね、本当に」
意識を取り戻した彼は、ふらつきつつも急ぎ起き上がる。
回復を任されるこちらの身にもなって欲しい……と言いたいところだが。
基本的に彼の攻撃を頼りとするのが私達の戦い方だ。多少の無茶は認めなければいけないし、頼まなければいけない。
「まあまあ。……さ、ここで決めようエリアス!」
「よしきた、行くぜオラァ!」
そして、今がまさにその時である。アデリーがヤキトとエリアスに掛ける魔法は【ファナティシズム】。
ダメージの直接的な強化こそないが、対象の戦闘意欲、ひいては攻撃精度を上げる効果がある。その分回避がおざなりになるが。
だがヤキトは元々防具を着込んで受け止めるタイプだし、エリアスは殴り返すという方法で強引に攻撃を回避する事が出来る。
もっと言えば、頭、というか口は、魔法の行使やブレスによる攻撃など、
カバーや回避のしようがない攻撃に手番を割くこともある。
つまり、胴体を機能停止させ、尻尾による攻撃を出来なくしてしまえば、そもそも回避を考えなくても良くなるということだ。
攻撃は最大の防御、とはよく言ったものである。
「へいへい、ッヘーイ!気絶後でも絶好調!!」
その作戦通り、エリアスが胴体へと鋭い連撃を打ち込む。三発全て見事命中。
起き上がりたてでふらついていた手足は、先に述べた魔法の効果でうまく扶助しきれたようだ。
ついにエンストークの胴体も限界を迎え、頭を支えていた首が前に垂れる。
ここまで来れば勝利は目前、なのだが。
「……マナがもうない、ですね」
私に残っているマナはもうほとんどなく、軽い回復を一度行える程度。
【トランスファー・マナポイント】でヤキトから渡してもらうことも可能だが、今日は彼もかなりマナを使っているはず。仮に分けてもらったとしても一回限りだろう。そして、その一回で貰えるマナで戦況を大きく動かせるとはあまり思えない。
故にここからは、どちら先に限界を向かえるかの勝負となる。
鍵を握るのはもちろん、エリアスの攻撃の可否。
頼みましたよ、うちのエース様。
◇ ◇ ◇
ついに目の前に降りてきた頭部と殴り殴られを繰り返し、数十秒。
お互い限界が見えてきた中、奴が最後の一撃と言わんばかりに詠唱をし始めた。
この感じは……さっきも使ってきた槍の魔法か。
今ならギリギリ耐えられるはず。否、耐えてみせる。
「さぁ、来いよ!!」
詠唱を終えた口から、エネルギー体の槍が放たれる。その数は四本。
どれが俺に飛んで来るんだ……っとあれか。一本だけ明確にこっち向いてるな。
避けるのは無理、叩き落とすのも無理。なら気合で受け止めるしかない。
覚悟を決めて気合を入れた俺の腹に、再びぐさりと突き刺さる槍。
くっそ、やっぱ痛えな。だが───
「……さっ、俺の拳に信念込めて……行くぞオラァ!」
今度こそ、俺は立っていた。その姿を見たエンスタークはと言うと、愉悦の表情。
そんな楽しそうな顔面を殴りに行くべく、すかさず前進する。
まずは一発目───は、体のバランスを崩して失敗した。耐えきったとはいえ、やっぱ思うようには動けねえな。
続く二発目もまた、奴の頬を掠めただけ。だがこれで感覚は掴めた。
文字通り、最後の力を振り絞っての三発目。今度こそ、頭部の中央目掛けて。
鼻柱に突き刺さる拳。響く鈍い音。間違いない、確実に骨まで届いた一撃だ。
その証拠に、僅かに浮いていた首と頭部が、完全に地に伏せられた。
「……うん、そこまでだね」
それを見たプロトーンが、試合終了を告げる。はは、そうか。勝ったか……
「っっしゃあ!どうだ!!」
「お疲れ様。無茶かなーって思ったんだけど、案外いけちゃうものなんだね」
「いやぁ、手加減がなかったら……死んでいたと思いますよ」
後ろからはユカリの疲れ果てたような声。振り返って見れば、いつにも増してふらっふらだ。恐らく体力もマナも尽きたのだろう。
アデリーもその横で杖に寄りかかってぐったりしているし、ヤキトすらも剣を支えにして片膝をついている。
全員満身創痍だな、こりゃ。正直俺も立ってるだけで辛いわもう。
「ま、だけど……君達の手は、アパスタークの運命を委ねるに充分なもののはずだ」
そう言いながらプロトーンは、魔法で俺達を順次癒やしていく。エンストークもそのうちに目を覚ました。
起きるやいなや何やら怒られているようだったが。
しかも槍の当たりどころが悪ければ死んでいた、という言葉も聞こえてしまった。
手加減抜きで戦ってくれたのは喜ぶべきことなんだろうが、うん。それとこれとは別よな。いきててよかった。
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