龍山羊相搏つ

「っ……すまねぇ、後頼まァ……」

 魔法の槍が、深々と俺の体に突き刺さる。いや、正確には刺さってはいないんだが。

 まあとにかく、それは俺の体力を削りきるには充分だった。

 耐えきることは出来ず、そのまま意識が遠のいていく。

「くそっ、手間をかけさせる男だなお前は!」

 膝を付き、ゆっくり倒れていく俺の横で、珍しくヤキトが冗談や軽口ではなさそうな悪態をついていた。

 まぁ許してくれよ、なんてったって相手は───


「……さて、こちらも余裕がなくなってきた。そろそろ終わりにしよう」


 ───あのエンホークの親っさん、つまり成龍レッサードラゴンなんだから。


 ◇ ◇ ◇


 何故そんな人……じゃねぇや、龍と戦っているのか。

 話はコ・クーレ邸の転移装置を使い、神へのきざはしの麓へ再びやって来たところまで遡る。


「……そうですか……そして、その腕輪が……拝見してよろしいですか?」

「ああ、いいぞ」

 村長は事情を告げられ、ヤキトは付けていた腕輪を見せる。

 結局あの場ではヤキトに譲ってしまったが、やはり俺も付けたかった。もう一個あったりしないんだろうか、あの腕輪。

 そんなことを思っていると、村長が付けていた指輪をヤキトの腕輪に近づけた。

 あれもまた王家だとか封印だとかに関係するものなのだろう、それによって意味有りげな光を放つ。

 それを見た村長は小さく頷いた後、ため息をついた。

「……伝承が正しいならば、本物でしょうな」

「伝承?」

「ああ、アパスタークに関する伝承です。私はそれが何なのかすら知らないのですが…… 王族、または王族から渡された腕輪を付けていることが、指輪が光る条件だと」

 ヤキトが聞き返したが、当の本人もよく分かっていないらしい。

 ご先祖様方の情報伝達が下手くそだったから……ではなく、単純に国家機密レベルの情報だからだろうか。

 真相を知っているのは一部の者だけで、そうでない者は御伽話か何かだと思っている。よくある話だ。

「他にも何か伝承はあるんですか?」

 ユカリが興味深そうにそう尋ねる。相変わらずの知識人ぶりだ。少なくとも俺は訊こうと思わなかった。

「いえ。私がいないと封印が一つ解けない、くらいでしょうか」

 しかし残念ながら、この村に伝わる伝承はこれだけのようだ。

 ま、一つの村にそんなにたくさん伝承があったら、伝える方も伝えられる方も大変だわな。

「さて。準備などよろしければ参りましょうか」

 話に区切りも付いたところで、村長が出発を促す。いよいよ封印とやらを解きに行くみたいだ。

 ……ということは、エンホークにもう一度会うことになるのか。元気してるだろうか、あいつ。

 意外と早く訪れた龍との再会を少し楽しみにしつつ、件の洞窟へと向かうことにした。


 ◇ ◇ ◇


 私達が洞窟に到着すると、エンホークが出迎えてくれた。

 ……うん、デモンズシードは付いてない。大丈夫そうだね。

「君達か。何かあったの?」

「あー……かくかくしかじかで」

 一応全員に目で確認してから、あの後の経緯についてを伝える。

 仲間の一人が攫われて、取り返す為に神器が必要で、そのための王家の権威までちゃんと貰ってきたということを。

 それを聞いたエンホークはと言うと、少し考えてからくるりと後ろを向き、その先の扉を口で指した。

「……それなら、僕を倒していかないといけないんだけど……もう倒されているからなぁ。どうぞ、奥行って右の扉だよ」

 どうやら納得してくれたみたい。そんな理由では渡せない、と言われたらどうしようかと思ってたけど、杞憂だったかな。

 そうして彼に見送られて奥の扉へ。以前は入らないで、と言われてしまった、人の大きさの扉の前に立つ。

 魔法文明時代の王家の紋章が刻まれていて、この奥には神器が祀られていて……

 そう考えると、小さな扉ではあるけども、その実かなり重要な役割を任された扉なんだなぁ、なんて。

「さすがに緊張してきましたね。……あっ、どなたかナイフを貸してくださいませんか」

 村長さんも実際に目の当たりしたのは初めてか、あるいは極僅かしかないのでしょう。すこし顔と声が強張っています。

 して、ナイフって何に使うんだろう。この手の扉でありそうなのは……関係者の血、とかかな。

「ナイフ?こんなんでいいか?」

「どうも。で、これをですね……」

 エリアスが雑納から小さめのナイフを取り出し、村長に渡す。受け取ったそれで自身の指に軽い切り傷を付けました。

 そして付けていた指輪と、出血している指を順番に扉の窪みに。そのままの状態で謎の言語を口にします。

「アーモゲ、カリーフ……フマシヒヤリシ、サフカム……」

 ……うーん、聞き覚えのない発音。地方語、でもなさそうです。

 封印のために作られた専用の言語か……あるいは、神紀文明語だったりして。流石にないかな?

 ユカお姉ちゃんなら分かるかな、と思ってそちらを向いてみると、私と同じことを考えたらしく目が合いました。

 そしてお互い首を横に振って、わかりませんでしたのジェスチャー。ま、後で本人に直接聞いてみればいいかな?

「……多分、これで開くんじゃないでしょうか」

 そうしている間に詠唱を終えたらしく、村長さんがそう言います。

 扉に特に変化は見られないけど……本当に開いたのかな、これ?

「随分不思議な呪文だったな……っと、一応先に行かせて貰うぜ」

 そう言ってエリアスが軽く扉を押してみると、特に抵抗されたり不思議な反応をされたりすることもなく、普通に開いた。

 鍵さえ開ければ誰でも入れる───逆に言うと、鍵を開けられる者以外も入る必要があるということです。

「では、私はこれで」

 もっとも、開けた本人はここで帰るみたいだけど。無事に扉が開いたのを見て、180度ターンしてしまいました。

「さて、中はどうなってますかねぇ……っと」

「あまり突っ込みすぎるなよ」

「あいよー」

 そんな村長を特に気にせず、男二人は扉の先へ。

 ここからは普段の仕事と変わりない、危険と隣り合わせな未知の領域。

 警戒を怠らないようにと身構えながら、私とユカお姉ちゃんも後を付いていくこととしました。

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