「戻ったよー、お姉ちゃん」

「ラフェンサ、いくら何でもくだけすぎです。……皆さん、お疲れ様でした」

 城に戻り、コークル姫と再会するや否やラフェンサ姫はこのご様子。

 ……まぁ、いくら王族と言えど常に堅苦しくしているのは、ということか。

 そう思ったのも束の間、すぐさま真面目な顔に戻って、この様なやり取りをする。

「ところで、例の物は」

「えぇ。……あれを持ってきて」

 そう言ってコークル姫が従者を一人、部屋の外へ走らせる。

 何をするのか、と聞いたところ、俺たちに渡すものがあるとのことだ。

「と、それと皆さんにお会いしたいと申している者がいます。座ってお待ちいただけますか?」

「わかりました。お会い致しましょう」

 そして従者が持ってきた椅子に座り、しばらく待つ。

 その間、ユカリはアデリーのことをいつも以上に気にかけていた。

 彼女の過去についての手掛かりを思わぬ所で得られたが、思わぬ所過ぎてどう受け止めたものか、本人も戸惑っているだろう。

 ……正直俺も心配だが、今はユカリに任せておくか。

「彼はベールゼン商業大臣。……フェングのお父さんです」

「息子がお世話になっています」

 しばらく二人を眺めていると、やがて恰幅の良い男が一人、部屋にやってきた。

 ラフェンサ姫に紹介され、男は一礼する。

 見たことがある気がしたが、そうか。フェンの父親か。

「……こほん。ベールゼン、彼らはフェングの性別を知っていますよ」

「む、失礼しました。……改めて、娘がお世話になっているので挨拶に参りました。今回の件、助け出す方向に動いてくださると伺い。誠に申し訳ない」

 一部訂正をし、再び頭を下げる。

 忘れかけていたが、フェンは世間一般では男ということになっている。

 俺達も街中で口を滑らせないようにしなくては。

 冗談ではなく、本当に大問題に発展しかねない話だ。

「むしろこちらが謝罪させていただきたい。私が無力なばかりに、娘さんが連れ去られてしまった」

 その辺りの事情はさておき、こちらも大臣に頭を下げる。

 そもそもの原因は、彼女を単独行動させた俺達にある。責められても文句は言えない、むしろ責められるべき立場の存在だ。

 それを聞いても大臣はいやはやそんな、と口にしたが。

「……しかし、娘を助けていただくにも装備を充分に整えていただく必要があります。そこで、軍資金にしていただきたく」

 そんなやりとりに一区切りつけ、本題。どうやら資金提供をしてくれるようだ。

 懐から取り出した箱を開け、中をこちらに見せる。

 入っていたのは換金用の宝石類、それもかなりの額だ。

 普段受けていた依頼だって、ここまでの額はそうそう出なかったと記憶している。

 ……だからと言って、流石にエリアスの様に目を輝かせたりはしないが。

「私も剣を持てればよかったのですが、こんなことぐらいしか出来ず。……フェングをよろしくお願いします。友人としても、何卒」

 そしてまた深く一礼。合わせてこちらも頭を下げる。……下げろ、エリアス。

「わかりました。娘さんを───俺達の仲間を、必ず救おう」

 ここまでして貰えたのだ、やっぱり諦めます、などとは決して口にはできなくなった。元よりそのつもりはないが。


 その後姫様達の従者が持ってきた箱にも、同じだけの額が入っていた。

 エリアスの表情が大変なことになっていたのでそちらの方が気になってしまったが。

 ……この男は本当に。戦闘外でも頼もしくなって欲しいところだ。


 ◇ ◇ ◇


 報告も終わり、久々にディルクールの宿で泊まることに。

 食事も済ませてそろそろ寝ようか、と思ったが、アデリーが外で風にあたりたいと言うので付いていくことにした。

 今の彼女は、何だか怖くて放っておけない。なるべく一緒にいてあげたいところだ。

「ん?ユカリとアデリーか」

 宿の外、裏庭で壁に寄りかかって並んでいると、ヤキトが通りかかった。

「ヤキトですか。偶然ですね」

「ど、どうしたの?こんな時間に」

 驚いたのか、腕に抱きついていたアデリーの力加減が弱くなった。……?

 いや、そもそもの感じが普段と違う気がする。

 いつもは甘えるような感じだけど、今日はこう……寂しそう、というか。

「……今思えば、腕輪を受け取るのはユカリがよかったかもな」

「えっ、私ですか?」

 アデリーに気を取られていたら、突然ヤキトがそんなことを口にした。何故私が?

「そうすればユカリとお揃いになるだろう?……まぁ、過ぎたことは仕方ないが」

 ……あぁ、なるほど。確かにそういうことも出来たか。

 見ればアデリーも同じように、目から鱗、といった表情をしていた。

 そんなアデリーを見て、ヤキトは頭を軽く撫でつつこう言う。

「俺とお揃いなのは嫌かもしれんが、我慢してくれ」

「別に、いやじゃないよ。……ないはず、だよ」

「そうです。ただの腕輪ですよ」

 アデリーがあまりにも不安そうにするので、慌てて取り繕うように言ってしまう。

 ……本当は私も、ただの腕輪じゃないことくらい察しが付いているが。

 少し重たい空気になってしまったところで、再びヤキトがこんなことを言った。

「エリアスとお揃いよりはマシだろう」

 それは流石に酷くないですかヤキトさん。

「ぶっ……その言い方はちょっとかわいそうかなー?」

 アデリーも流石にそれはないでしょ、と感じたようだ。

 思わず噴き出し、笑顔になる。先程までの思い悩むような表情は何処かへ消えてしまっていた。

「よし、それでいい。笑っていろ、女性にそんな顔は似合わない」

「……うん」

 そしてヤキトは、更に続けてそんなことを。

 いけません、アデリーは私のものです。すかさずアデリーを抱きしめて二人の間に割り込み、そしてヤキトを睨みつける。

「私のアデリーを口説かないでくださいよ?」

「これは厄介なボディガードがいたものだ。では、お邪魔虫は去ろうか」

 そう言って肩をすくめながら、彼は一歩下がる。

 まぁ、お互い冗談だとわかった上での行いだ。本気で止めようなどとは思っていない。……半分くらいしか。

 そうして彼は一人先に宿に戻ろうとして、少し歩いてから振り返ってこう言った。

「アデリー。お前は一人でないことを忘れるなよ。ユカリも俺も……一応エリアスだっている。今は離れているがフェンもいる」

「一応って。……うん、大丈夫」

「ならいい」

 そして、アデリーの返事を聞いて今度こそ去っていった。

 エリアスの扱い、最後まで雑ですね。私も人の事は言えないけど。

「……そんなに動揺しているように……見えてるんだろうなぁ」

 ヤキトが見えなくなってから、力の抜けた声でアデリーがそう言った。

 ……今の私に出来るのは、彼女の支えになってあげること、だろうか。

「いいんですよ、そう見えてたって」

「……そう、かな?」

「えぇ。無理して我慢するよりは、ずっと」

「そう……そうかもしれない」

 そう言って再び、腕に抱きつく。もう少し安心させてあげるべき、か。

 こちらも空いた左腕で抱きしめ返し、こう伝える。

「アデリー……しっかり、聞いてくださいね?」

「うん」

「私はたとえ、何があってもアデリーの傍にいますし、必ず守りきります。だから、何も心配する必要なんてないですからね」

「……うん」

 返事をしながら、彼女は抱きつく腕に力を入れる。

 そんな彼女の頭を撫でてあげていると、また不安そうな声を漏らした。

「……ちょっとだけ怖い。いっしょにいて」

 ……そんなことを言われなくても、私の返答は決まっている。

「えぇ、何時まででも」

 しっかりと抱きしめながら、そう返す。

 例え昔の彼女が何者であっても、そんなものは関係ない。絶対に守ってみせる。

 改めて決意して、少し空を仰ぐ。

 大丈夫そうだな、という声が聞こえたのと、コバルトブルーの光が見えた気がした。

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