伍
「ユカリ!行けるか!?」
「大丈夫か!」
後ろからヤバそうなアンデッドが押し寄せて来る中、脳みそ野郎の光線が放たれる。
俺とヤキトはなんとか避けられたが、ユカリに直撃。壁として呼んだのであろう妖精も巻き込まれたようだ。
妖精は最悪見捨てればいいらしいが、その場合壁役が居なくなると言うことで。
つまりなんだ。あまりよろしくない状況に思えるな。
「……こ、こんなので倒れるわけがないでしょう。私のことは気にせずさっさとそれを倒しちゃってください」
明らかに苦しそうな声でユカリが強がる。これは俺が頑張らないと不味いか。
「なら行くぜ!……とは言え」
触手はユカリ、というか妖精が落としてくれた分を入れてあと四本。
うち攻撃してくる二本は大したことないが、脳を殴ろうとすると妨害してくる厄介なのが二本控えている。
だから先にそいつらをやらないといけない、しかしそうしている間にユカリが倒れる可能性もある。
「キッついな、おい……!」
まぁ、俺に出来るのはとにかく殴り続けることだけだ。
ヤキトに触手を何本か弾いてもらいつつ、再びカウンターを狙う。
気味の悪い棘だらけの触手が俺にぶつかる寸前に、素早く殴り返す。姫様のおおっ、という声が聞こえた気がするが、それに反応する余裕はぶっちゃけ無い。
「飛ばしていくよ!」
さらにアデリーが追撃、火球が脳に直撃する。
あまり効いてはいなさそうだが、触手も巻き込んでいるので総被害はそこそこだ。
敵の数が多い時はああいう範囲攻撃、特に魔法だと便利なもんだな。
「うっし、続くぜ!」
そして怯んだ隙に、三本目の触手に渾身の右ストレート。賦術【クリティカルレイ】も発動させて全力を込める。
「おっ───らぁ!!!」
脆い部分に当たったのか、今までよりもいい手応えを感じる───と思っていたら、そのまま弾け飛んだ。たった一発で終わらせちまうとは。
「ひゅー、最っ高だぜ俺!!」
「まったく、本当に調子のいいやつだな」
ヤキトがそう言いながら俺のカバーをし、更に神聖魔法にでユカリにマナを渡す。
普段ならまだ余裕があるはずなんだが、さっきから撃たれているあの光線には厄介なことにマナを削る効果があるらしく。
俺は一回当たっただけでからっけつにされたし、ユカリも二回当たっているのでかなり苦しいだろう。俺以上にマナを使っているのだから尚更。
そんな状態のところに敵を直接ぶつけられているのだから……最悪、死にかねない。
あいつのためにも、姫様のためにも、この調子でさっさと終わらせないとな。
◇ ◇ ◇
「───へいへい、ノってんねぇ!」
エリアスが三度目のカウンターを決め、四本目の触手を分断。
これで残るは本体と盾代わりの触手二本のみとなった。
「三人共、こっちへこい!」
「了解です!」
これだけ数を減らしてしまえば、妖精がマミーを抑えている間に、全員前に来てもらった方が逆に安全だ。
それにあの触手……脳を庇う盾の役割をしているものを止めてもらえれば、エリアスが何も気にせずに脳を殴れる。
女性、しかも魔法使いに肉体労働を頼むのはあまり気が進まないが、状況が状況なので止むを得ないとしよう。
「がっ───うぅ、硬いです……」
俺の指示を聴いたユカリが早速触手に突撃し───なんと牙で噛み付いた。
いや、そこまでしなくても良かったのだが。
「お姉ちゃん、さすがに無茶が……!」
「で、でも一本は剥がしましたよ!」
「助かる。後は俺が───」
守る、と言おうとしたところへ、後ろから矢が放たれる音。どうやらマミー以外にも、弓兵のスケルトンが増援として来ていたらしい。
「───守っている間に頼むぞ、エリアス」
迫ってきたそれを軽く剣で弾き落とし、次弾とマミーの到着に備える。
ウィザーズブレインにはもう光線しか攻撃手段がないので、俺が気にすべきは後方のみだ。前、もとい背中はエリアスに任せよう。
「私も手伝いますよっ……!」
「私もてつだ───あいだっ」
……アデリーは慌てて寄ってきたせいか転んでいるが、姫様は魔法で追加の支援をしてくださった。操霊魔法の【ダーク・ミスト】だろうか。
魔法の霧に脳が包まれる。奴は最後の抵抗とばかりにユカリへ光線を放つ。
「あぅ……熱い……!」
「こればかりは守れん、代わりに回復しよう」
直撃したが、俺が即座に【キュア・ハート】を行使し癒やす。
負傷こそ打ち消せるが、これ以上耐えさせるのは酷だ。手早く片付けてもらいたい。
「うーし……ぶっ潰してやんよ」
そんな俺の思いを察したのか、光線をかいくぐったエリアスが既に拳を構えていた。
素早く踏み込み、無防備になった脳に一撃、二撃と正確に命中させ、鈍い衝撃音を響かせる。
「あばよ、楽しかったぜ脳みそ野郎!!」
そして三撃目。当たると同時にウィザーズブレイン全体がビクリと脈打ち、やがて萎んで小さくなっていった。
どうやら耐えきれなかったらしい。後ろにいた弓兵と、妖精とやり合っていたマミーも灰になって消え去ったようで、新たにやってくる気配もない。
無事に戦闘終了、だろうか。
「まったくお前というやつは。やってくれるな」
剣を収め、ガッツポーズをしているエリアスに改めて目をやる。
女性陣も、ぐったりとしつつ奴の方に身体を向けていた。
「ひどい目に遭いましたね。挟み撃ちとは」
「いや全くですな!!楽しかったけど!!」
……それにしても、本当に頼もしい奴だ。
あの様な戦いを見せられては、思わず口角も上がってしまうというもの。
こいつの拳なら、案外魔神将も簡単に殴り飛ばしてしまうかもしれないな。
◇ ◇ ◇
「……んで?何しに来たんだっけ?」
頼もしかったのも束の間、戦闘が終わるといつもの残念なエリアスに早変わりです。
「彼、いつもこんな感じなんですか?」
「……はい」
「苦労なさっているのですね……」
ラフェンサ姫の問いに苦笑いしながら返答。姫様もつられて苦笑い。
ユカお姉ちゃんは無言無表情で頷いてました。最早何も言うまい、ってことかな。
「ん?おーい、どうしたのよ」
「……あの扉の先に行けば思い出すだろう。姫、行きましょう」
当の本人は、私達が呆れてるのに気づいてないのかご覧の様子。
そんなエリアスを置いといて、ヤキトが部屋の奥にある扉に向かって行きます。
部屋の入口にあったのと似た、とても荘厳な造りのそれは、おそらく最後の部屋へと続いている……のかな。
「まぁそうか。んじゃいくぞー」
そんな感じで、男二人を先頭に扉の先へ。
そこには今までとは違う、まるで祭壇のような空間が広がっていました。
円形の部屋の中央に、水の湧き出る台座。
少し段差になっている関係で周囲に水が溜まってるけど、せいぜい10センチ程度なので、歩いて近づくのに問題はなさそうかな。
「まず、あれを私が起動してきます」
その台座に、ラフェンサ姫が迷わず歩み寄っていく。
どうやらあれが目的の魔法装置で間違いないようです。
水にも台座にも特に仕掛けは無いようで、何事もなく辿り着くと、手袋を外して素手で触れてみせます。
すると湧き出ていた水が突然金色に光り輝きだし、やがて水場全体が同じ色に染まりました。
「……さて」
それを確認した姫様は、今度は荷物から腕輪を取り出します。
……よく見るとあれ、コークル姫が付けていたのと色違いのものかな。全く同じデザインに見えるけど。
「……えっ」
そんなことを思っていたら、隣のユカお姉ちゃんが突然驚いたような声を出しました。そしてすかさず私にこんなことを。
「アデリー、いつも付けてる腕輪を見せてもらってもいいですか?」
「?うん、いいけど。この腕輪がどうかしたの?」
私もまぁ、腕輪を付けていますが。何が気になったのかな?
困惑する私を気にせず、お姉ちゃんは腕輪を見たり触ったり。
一通り試した後、やっぱりか、という顔をしました。
「似てますね、あれと」
「似ている、ですか?」
そんな私達に気がついたのか、いつの間にか戻ってきていた姫様も私の腕輪を見つめだします。
「……ふむ、まったく同じ、というわけでは無いようですが……同じ経緯で作られたものに見えますね」
「そ、そう……なの?」
……そう言われて改めて見てみると、確かにそっくりの見た目をしているような。
そして、王家の者が身につけるような宝飾品と同じ意匠の物を、一般人がそう簡単に手に入れることなど出来るはずもなく。
つまりもしかして、私の忘れてしまった記憶は王家と何か関係しているのかな……?
「姫の腕輪はなにか特別なもので?」
ヤキトも気になったようで、姫様の腕輪を見ながらそう尋ねる。
姫様は一瞬迷ったような表情をしてからこう答えます。
「あー……不愉快にさせたらごめんなさいね。かつては民を意のままに操る、そういった魔力を増強する力がありました」
現代ではその力を引き継ぐものがいませんが、と付け加えて。
民を意のままに、というと、かつて存在していたという
どうして私がそんなものを……いや、まだ決まった訳ではないんだけど。
困惑しているのをなんとか隠しつつ、姫様の話の続きを聞いてみます。
「現代では、アパスタークに眠る遺跡の封印を解くカギの1つとしてしか動かないはずですけどね。
それに……この腕輪をここで処理しなければ、カギとしては使えないはずです」
「つまり……なんだ?アデリーは貴族なんか?」
流石に───と言うと失礼か。エリアスも察しがついたようでそんなことを。
……実際どうなんだろう。この話をしている間、私の記憶が呼び起こされる気配は全くない。
私は一体、いつの時代から生きていて、どんな存在だったのか。
それを知るために冒険者として旅をし始めた、というのはあったけど。
まさかこんなところでそのヒントを得られるとは思っていなかったので、正直驚きと戸惑いがあるばかりです。
「……ひとまずここを出ましょう。また何が起こるかわかりません」
「そ、そうだね」
そんな私の心情を察してか、ヤキトが地上に戻ることを提案。
こういうとき、彼の心遣いは本当にありがたい。
「あ、その前に。腕輪を持つ人を決めたうえで、あの台座に腕輪を付けて触れてきてください。 それでここでの用事は終わりです」
しかしまだ儀式は終わっていなかったらしく。姫様が腕輪を差し出したまま、私達の方を見る。
すると「もちろん俺だよなぁ?」「俺でもいいが」「よし。じゃあ間をとって俺だな」などと男二人で取り合い始めました。
「……腕相撲で決めたら?」
そんな二人に提案をしてみたものの。
「それだと勝者は決まってないか?」
「そうだぜ。腕相撲だと俺が絶対勝つから」
とあっさり返されてしまった。……よく考えたらそりゃそうか、エリアスに勝てる人は私達の中にはいないや。
さっきの戦いを見れば分かる通り、彼の腕力は頭二つくらい抜けているので。
「ま、こういうときぐらいリーダー面させてくれ」
「くそ、そりゃずりぃよ……はぁ。いいぜ、譲ろう」
「では。ヤキトさんでよろしいですか?」
結局リーダーのヤキトに任せることになりまして。
腕輪を付け、姫様と同じように台座へと向かいます。
「無理したらダメですよ?」
それを眺めている間に、ユカお姉ちゃんからこっそり心配の言葉もいただきました。
……無理、かぁ。確かにちょっとしてるかもなぁ、って。
でもしおらしくしてるのはなんだか私らしくないよな、などと思いながら儀式を眺めていると、ヤキトの触れた台座が強く光り輝き出しました。
次いで水面も輝きを増していく───と思いきや、すぐに収まり、腕輪に吸い込まれるかのように消えていきました。
そうして後に残ったのは、部屋に入った時と同じ、静かな空間と透明な水のみ。
「終わったのか?」
「えぇ。終わりましたね」
どうやら無事に儀式が済んだようです。これでヤキトに王家の権能が渡された、ということになるのかな。
「目的が済んだなら、こんな危険な場所に長居は無用でしょう。 姫をそんな目に遭わせ続ける訳にもいきません」
「そうですね……早く戻って食事にしましょう」
個人的にはまだまだ謎が残っているけど、ひとまずはこの場を去ることにしました。
……王家、或いは貴族。私もかつてはそうだったのかな、なんて、自分の右腕にある腕輪を見ながら考えたりして。
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