ユカお姉ちゃんが無言のまま、板の文章を眺めること数分。

 大丈夫かな、と静かに見守っていると、やがて呪文のような言葉を発し始めました。

 ……いや、よく聞くと呪文ではなく、問題への回答、なのかな?

「……はっ。せ、正解した?」

 最後まで言い切って数秒後。死の雷とやらが来る気配はなく、代わりにがこんと大きな音が鳴る。それを聞いたユカお姉ちゃんが疑問形で確認。

 部屋全体がさらに地下へと沈んでいる感じがするので、恐らく大丈夫でしょう。

 板の文章もいつの間にか『正解。先に進め』と書き換えられていることだし。

「ユカお姉ちゃん、すごいね」

 板の前で安堵の息を漏らすお姉ちゃんに駆け寄りながらそう告げる。

 私では多分、解説を聞いてもよくわからない気がします。

 と言うか回答の時点で本当に共通語だったのかすらわからなかった。

「姉はこういうの得意なのですが、私はさっぱり……」

 ラフェンサ姫も私と同じく、ユカお姉ちゃんを尊敬の眼差しで見つめていました。


 しばらくそうしていると、再びがこんと音をたてて部屋が動くのを止め、それと同時に閉まっていた扉が開く。

 一応最後に部屋の中を探索し、特に何もないことを確認してから扉の先へ。

 すると再び、何かの壁画に挟まれた細長い通路が続いていました。

 ただ一つ違う点は、暗視が出来る私でも、暗闇の奥を見通せないということ。

「私でも奥が見えないですね……」

「だな。進むか?どうする?」

 ユカお姉ちゃんとエリアスも見えていないらしいので、多分そういう魔法がかかっているのでしょう。

「また変な罠がないといいですが」

「建国王の性格が良かったことを願いたい所ですね」

 ユカお姉ちゃんとラフェンサ姫が軽くため息をつきながらそう言います。

 ここまでの道のりから察するに、多分性格は良くないと思う。

 どうせここも、何かしら罠が仕掛けられているのでしょう。

「……あ、今度は矢のトラップが」

 ……ほらね。


 ◇ ◇ ◇


 暗い(って言っていいのか?)通路を少し進んだところで、後ろの奴らが着いてこられているかを確認するために振り向く。

 すると視界に妙な違和感を感じた。これは……

「……なるほど、一定区間だけ見える魔法ね」

 入ってきた扉が見えなくなり、前方と同じく暗闇と化していた。こりゃまた面倒な。

 幸い視界に入っていない奴は一人もいないので、範囲はあまり狭くないみたいだが。

「左右の絵は伝承通りに、少しずつ話が進んでいるように見えますね」

「伝承が終わるまで歩けば何かみえるかも?」

 ラフェンサ姫とアデリーは壁画を確認しながら進んでいたらしい。

 ちらりと壁に目をやると、そこには建国王らしき人物の活躍が描かれている。

 ここの罠は大したことないし、俺も伝承でも見ながら進むか。

「……私って性格、もしかして悪いですか?」

 そう思ったのと同時、姫様が呟くようにそう言ったのが聞こえた。

 ご先祖様が作った遺跡を目の当たりにして、自分の評価が気になったんだろうか。

 気持ちはわからんでもない。俺も自分の先祖がこんな遺跡作ってたら嫌だ。

「ご先祖様はそのようですが、姫様にそのような点は見られないかと」

「お?こいつ皇室侮辱してんな?」

「そんなことさっきから口にしているだろう」

「あはは。機密漏洩には問われる可能性がありますけどね」

 そんなことはないですよ、という意を込めて、ヤキト、姫様と冗談を言い合う。

 護衛もそうだが、なかなか貴重な経験をしている気がする。

 そうして楽しく進んでいると、やがて壁画の伝承は終わりを迎えたのが確認できた。

 特に何も起きないし見当たらないので、そのままもう少し進んでみる。

「……最初期の伝承、ですよな?」

「ええ。最初の絵と同じものに見えます」

 すると、再び伝承が最初から始まった。

 見間違えかと思い確認してみたが、姫様もこう言っているので間違いないだろう。

「試しに目印になるようなものでも置いておきますか?」

 そう言ってユカリが1ガメル銀貨を床に置く。

 ループしているかの確認用、ってことか。……こういうのは苦手も苦手だ。

 ただの罠だったら解除してやりゃあいいだけなんだが、どうもこれはそういう奴では無さそうだしな。

「はぁ……戦闘がこうもないと嫌になるぜ……」

「戦うだけじゃダメだ、ってことを言いたいんじゃないですか?」

「実際、戦闘よりも面倒なことになっているしな」

「だなぁ……」

 そう言いつつも、ヤキトとユカリの表情は普段と変わらないように見える。くそぅ。

 観念して再び行進し、やがて伝承の壁画が二度目の終わりを迎えたが、やはり再び最初から始まった。また失敗か?

「私が置いた銀貨はないですね」

「なら、進む……?」

 しかしユカリが置いた銀貨は見つからず。進めているのであれば、と更に進むことをアデリーが提案。

 ……うーん、だけど俺はなんとなく、このまま進んでも埒が明かない気がする。

「呪いや魔法を解く手段ってあったか?」

 いっそ根本的にどうにかするのはどうだ、と思い尋ねてみる。

「その手の魔法はいくつかありますが……」

「魔法文明の遺跡ですからね……【パーフェクト・キャンセレーション】でも使わないと厳しいかと」

「無理かぁ……」

 が、よほどの使い手でもないと解除できないらしく、姫様とユカリにそう言われてしまう。じゃあ進むしかないのか……

「……その前に、一つ試してみたいことがある」

 そう思っていたが、ヤキトに何か考えがあるようだ。全員の視線が奴に集中する。

「一度、皆が俺を見失わない程度の距離で先行しよう。いいか?」

「なるほど?」

「いいですけど……気をつけてくださいね?」

 ……ああ、なるほど。お互いの距離を開ければ、結果的に見える範囲が広がるのか。

「おし、頼んだぜ」

「ああ。……そうだ、ついでに」

 皆からの許可を得て、ヤキトが一人で前進する。ただ罠のトリガーになっている感圧板は避けなかったようで、壁から矢が打ち出される音がした。

「ふむ、それほどでもなかったな」

 が、盾で簡単に弾くことができたらしい。その後の罠も全て起動させつつ、ゆっくり進んでいく。

 やがて壁画の伝承が三度目の終わりを迎えたが、今度は無事突き当りに辿り着いた。

 その奥には、入り口とは違う扉が見えている。どうやらこれで良かったらしい。

「罠の作動が条件、だったか?」

「或いは先を見通せない闇も仲間と力を合わせれば、ということかもしれませんね」

「……め、めんどくせぇ……」

 二人は納得しているみたいだが……俺には全く理解しがたい。

「はぁ……そんじゃまぁ、扉開けますか」

 この遺跡はあまり好きになれない、などと思いつつも先へ進む。

 早く守護獣とか防衛装置の魔動機とか出てきてくれ。このままだと身体を動かす前に頭が機能停止しちまいそうだ。


 ◇ ◇ ◇


 扉の先に続いていた螺旋階段を下り、最下部へ。

 すると再び床ががこんと鳴り、更に下へと降りて行く。

「この仕掛け、好きなんでしょうね」

「沈ませるのが好きなんですね……」

 先祖の趣味を受け入れることにしたのか、ラフェンサ姫の表情は悟った時のそれだった。心中お察しします。

 そんな会話をしながらしばらく。再びがこんと音を立てて、床の動きが止まった。

 目の前には、今までの物より大仰な扉。

 向こう側から開けるのは大変そうな作りに見える。実質一方通行と言ったところか。

 そしてこの手の遺跡でよくあるパターンとしては、ここが最深部であり、この奥には何か───この場合だと、権能譲渡の為の設備を守る存在がいるのだろう。

「覚悟を決めろ、ということですね」

「そういうことでしょうや」

 そう言ってエリアスが準備を始め、ヤキトはこの間エンホークから貰った鎧に着替えだした。

 私も光の妖精の力を借り、【バーチャルタフネス】を皆へ掛ける。

 一時的に体力を増加させる魔法で、前衛の二人にも後衛の私たちにも嬉しい効果だ。

 アデリーと姫様はマナの問題もあるので、相手を見てから動いてもらうことにして、これで最低限の準備は出来た。

 エリアスとヤキトを先頭に、重い扉をゆっくりと開いていく。

 すると───


「いらっしゃいませー」

「あっ、どうも」


 と、突然上の方から軽いノリの挨拶が聞こえてきた。

 エリアスが反射的に返事したようだが、一体何者だろう。

 正体を確認すべく声の聞こえた方を見てみると、そこにあった……と言うか天井に吊り下げられるようにされていたのは、巨大な人の脳の形をした何か。そこから触手が六本ほど生えている。

「……ウィザーズブレイン、ですかね」

 古代の魔術師が作った……成った?魔法生物だったか。見た目が大変グロテスクなのであまり直視したくない……

 が、そうも言ってられないだろう。あれに気を取られている間に入口の扉が閉められており、逃げることは出来なくなっていたので。

「まずはこれをどうぞー」

 変わらず緩い口調でそう言いながら、奴はゆっくりと降りてきつつ、こちらが動くより先に口から光線を放つ構えを取る。

 ……あれ、狙いは私ですかね、これ。

 放たれたそれに直撃しながら、さてどう対応したものか、と考えることにした。

 今日は私が一番痛い目に合いそうだ。世知辛い。


 ◇ ◇ ◇


 やっぱり【タフパワー】くらいかけておくべきだったかな、と思いながら安全圏から深智魔法【バランス・ウェポン】を行使する。

 真語魔法の【ブラント・ウェポン】と、操霊魔法の【エンチャント・ウェポン】を一纏めにした魔法で、短い時間と少ないマナで両方の魔法の効果を得られるもの。

 ついでに緑のマテリアルカードを触手目掛けて投擲。こちらはつい最近覚えた賦術の【パラライズミスト】。

 こちらは名前の通り、麻痺効果のある霧を発生させるものだ。

「こいつっ……!」

 どちらも命中はした、けど……魔法の方は触手の一本にしか通らなかった感じが。

 さすがは魔法生物。魔法への抵抗力は、普通の生き物よりも高いみたいです。

「私も微力ながらっ」

「あの程度の攻撃で倒れないでくださいね?」

 次いでユカお姉ちゃんとラフェンサ姫も妖精魔法を行使。

 光の妖精によって開幕の光線に巻き込まれていたエリアスとヤキトの傷が治り、土の妖精は二人の周りに石の盾を浮かべる。

 補助は充分、だけどマナが厳しいので出来れば長引かせたくないところです。

「ありがとうございますぜ、姫様!」

「感謝します───かましてこい、エリアス!」

「おうよ、!まーずーはー……オラァ!」

 万全の状態になったところで、エリアスから反撃開始。

 触手の一本へ飛びかかり、いつもの三連打。最後の一発が芯を捉えて見事分断。

 数が多い分、一本一本は大したことがないタイプなのかな。

 これなら一本ずつ慎重に削っていけば……うん、行けそう。

「今日も調子いいじゃないか」

「だが、これで一本……先は長ぇぜ」

 そしてヤキトがすかさずエリアスの傍に立ち、反撃してきた別の触手を剣と盾で防ぐ。

 この二人の基本戦術……なんだけど、今日は攻撃の量が多いし、光線もあるので防ぎきることはできないのです。どうしたものか。

「む、させ───ぬっ!?」

 しかも厄介なことに、あの触手は対象を絡め取るようで。

 庇いに入ったヤキトの腕を、がっちりと拘束してしまいます。

 そして出来た隙を狙って再び、別の触手がエリアスに襲いかかる。───が。

「な、なぜ避けないのですかっ!?」

 姫様が驚くのも無理はないでしょう。

 エリアスは攻撃を避けようとせず、むしろ攻撃の構えを取っているのだから。

 そのまま触手が直撃───したかと思った次の瞬間。

「はっ、甘ぇんだよボケナスが!」

 紙一重のタイミングでエリアスが殴り返しました。いわゆるカウンターという奴。

「こ、こんなことが出来るのですか!?」

 出来てしまうんです、と姫様に言いたいところだけど、あれにも隙は生じてしまう。暇を持て余している触手が、次々と襲いかかっていきます。

「あっ、ぶねぇなあ!」

 しかしそれも、全て回避してみせます。……魔法の指輪が砕ける音が聞こえたので、一本はギリギリだったかな。

 でもまぁ、これで全部避けきったし。このままの調子で一本ずつ触手を───

「───後ろ!なんか来やがったぜ!」

 落としていけば、と思っていたら、後ろの壁に埋め込まれていた全身包帯巻きの人形が、いつの間にやらこちらに向かって動き出しているのが見えました。

 こっちはレッサーマミーですか、とはユカお姉ちゃんの言葉。

 あの光線だけでも厄介なのに、加えて直接敵をぶつけに来るとは。

「……まいったね、これ」

 耐える手段の無い後衛の女子三人で、どうやって彼らの猛攻を凌いだものでしょう。

 前フェンディル王への不信感が高まる中、作戦会議が始まるのでした。

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