参
「……っと、姫様、ちょいと敬語が崩れますが、申し訳ありません」
「いえ、一緒に遺跡に入るのであれば、今更ですよ」
「ではお言葉に甘えて……あぁぁぁ、敬語は疲れる!!」
話を終えてすぐ、エリアスが限界に達したのかこう言った。
ラフェンサ姫にくすりと笑われているが、まぁ仕方ない。
むしろずっと敬語でいられると、こちらの調子が狂いそうだ。
「さて。私は入り口を開けるための準備があるので、皆さん先に行っていただけますか?」
閑話休題、準備を終えるまで待とうと思っていた所で、コークル姫がこう仰った。
「了解しました。では我々は先に」
それに従い、先に五人で城を出ることに───しようかと思ったのだが。
「……すみません、リーダーとして少しお二人にお話があるのですが」
「ふたり?私と……姉ですか?」
「ええ。よろしいでしょうか」
「構いませんが……」
どうしても気になることがあったので、俺一人で話をさせてもらうべく、
エリアス達に先に出ていって行く様目で伝える。
「構わねぇけどよぉ、口説くなよ?」
「安心しろ、俺はまだ死にたくない」
「はっはっは!だろうな!」
そう茶化しつつも、奴はユカリ達を連れて玉座の間を出て行く。
こういう時に詮索をせずにおいてくれる辺り、何だかんだ奴だ。
……さて。
「すみませんラフェンサ様、先程のは建前です。……改めまして、無礼を承知でお訊きしたいことがあります」
「……どうぞ」
きょとんとしているラフェンサ姫の代わりにコークル姫が応える。
一応了承を得られたという事で話を続ける。
「先程話した通り、秘宝はそこまで危険な代物ではないのかもしれません。しかしそれは王国の秘宝であり、更に敵はそれを手に入れることを望んでいます」
「ええ。その通りです」
ラフェンサ姫もコークル姫も、特に表情が変わる様子は無い。
ここまではまあ良い、先程の話の繰り返しだ。本題は──
「……それをフェングのために手放すこと、そして権威の話をしたときの様子。彼、いや、彼女はお二人の何なのですか?」
自ら危険を冒し、国の秘宝を渡してまで救おうとする。
一国の姫にそこまでされるフェンとは、一体何者なのか。
ただの家臣、だとはとても思えないし、そうだとしても過保護が過ぎる。
「……難しい質問ですね」
「そうですね。……大切な妹のような、そんな所でしょうか」
「ええ、そんな感じでしょうか」
そんな質問の意図は伝わったようだが、しかし二人とも言葉を詰まらせ、
最終的にはっきりとしない答えが返ってきた。
やはりこの場では言えない、ということだろうか。
「……そうですか。急にこのような事をお訊きして、申し訳ございませんでした」
まぁ、素直に答えてもらえるとは最初から思っていなかったのだが。
少なくとも、ただのいち家臣とは立場が違う、という事が分かっただけ充分か。
「まぁ、気になることかもしれませんね」
「ともあれ……行きましょうか」
「はい。騎士神ザイアに誓って、お護り致しましょう」
いつか姫様達が、あるいはフェン本人が、自分から言ってくれるのを待つとしよう。
部屋の外で退屈そうにしていたエリアス達と合流し、改めて城を出ることとした。
◇ ◇ ◇
ディルクールを出てしばらく歩いた所にある、『遺跡と花の丘』。
名前の通り、廃墟の様な地形の中に花が咲き渡っているこの地の中央付近。
広場か何かとして使われていたのであろう、やけに広い空間へと到着した。
「少し離れていてください」
着いて早々、そう言ってコークル姫が一人、広場の中央へと歩いて行く。
動かせそうな仕掛けも、それらしい古代言語の文字も見当たらないが、
彼女が付けていたレッドダイヤモンドの指輪を外して地面に置くと───
「は、初めて見ました……」
「ふふ。面白い鍵ですよね」
なんと指輪を置いた近くの床が動き出し、地下へと続く階段が現れた。
私達四人が呆気に取られている隣で、ラフェンサ姫は楽しそうにそれを眺めていた。
「……さて。私は皆さんについて行けるほどの技量はありませんので、これで」
そんな仕掛けが動ききったことを確認し、コークル姫が私達の元に戻ってくる。
彼女の役目はここまでで、遺跡内部での仕事はラフェンサ姫が担当するのだろう。
「それじゃあここからは我々の出番、ですな?」
「はい。フェングだけでなく、ラフェンサのことまで皆さんにお願いするのは……荷が重いこととわかっていますが」
エリアスはコークル姫にあんな軽い口調で言ってみせているが……
正直、私はだいぶ緊張している。とはいえ姫様の前で弱気なことは言えない。
「冒険者になった時からある程度の覚悟はしてましたから……大丈夫です」
「任されました。ご安心ください」
深呼吸をひとつ挟み、なんとか気を引き締めてそう伝える。
そんな私の隣では、アデリーはいつも通りの元気さを見せていた。
杖を持っていない方の手で、張った胸をとんと叩くその姿は、やはり可愛い。
「すみません、姉は心配性なもので……さっさと行って終わらせちゃいましょう」
「お待ちを、姫」
待ってました、と言わんばかりに駆け出したラフェンサ姫を、ヤキトが追いかける。
護衛よりも前に出るとは、なんというか流石のお転婆ぶりである。
「よしっ。頼んだよ、エリアス」
「っと、押すなよ」
そんな姫様に続き、アデリーもエリアスを盾にしながら暗闇の中へと。
あまり遅れすぎるといけないし、私も向かうとしよう。
「すぐに戻ってきますね!」
「ええ、お気をつけて」
最後の一人となった私も、コークル姫に見送られながら地下へと潜っていった。
……できれば何事も起きませんように、と祈りつつ。
◇ ◇ ◇
「さて、姉には内緒にしていたのですが……遺跡の内部には、王の権威を
受けるにふさわしいかを判断するテストがあると聞いています」
階段を下り、入り口からの光も届かなくなってきた辺りにて。
ラフェンサ姫が振り返らず
「て、テストっすか……頭使うのはダメなんすよ……」
ただ辿り着ければそれで良し、とはいかないらしい。エリアスが頭を抱える。
「頭なら私が使いますから、それ以外はお願いしますね?」
まぁ、頭脳労働は私が担当するとしよう。元々そういう役割であることだし。
もっとも、王家の試練相手にどこまで通用するかはわからないが。
果たしてどんなお題が来るのやら、と身構えながら隊列の一番後ろを歩き続ける。
しばらくして、本格的に地上からの光では前が見通せなくなってきたらしく、ヤキトが発光して(フロウライトの特性の一つだ)視界を確保し始めた。
らしく、というのは、ラミアの私には生まれつき暗視能力が備わっているため、そういった感覚がわからないからだ。
「まぶしくございませんか?」
「いえ、丁度良いぐらいです。ありがとうございます」
ランタンの様に光るヤキトが、姫様にそう問いかける。
ライカンのエリアスとエルフのアデリーも、私と同じく暗視能力を持っているため、実際姫様のために光っている状態だ。
「まっぶしいんだけど」
「お前は知らん」
「えぇ……お前、暗視状態なのに光喰らったらきついんやぞ?」
そうだとしても少し気にかけてあげた方がいいのでは、と思わなくもないが。
ちなみに私はアデリーのことをずっと見ていたので何も問題はない。
「して、奥には扉、左右には魔法生物の絵か」
先を見渡せるようになったヤキトが、前方の様子を教えてくれる。
私の位置からも、2,30m程の通路が続いているのが確認できる。
後者の絵とやらは、角度的にも距離的にもここからではよく見えないが。
それを詳しく見てみるために、少し前に進み───そして、絵の違和感に気付く。
魔法生物か何かの目の部分が、ビームの発射口になっているようだ。
警戒するように伝えると、趣味が悪い、とアデリーが愚痴をこぼした。
姫様ももうちょっと別の何かはなかったのか、と微妙な顔をしている。
実際の魔物や魔法生物でも、目から光線を出す種などまあいない。
二人が言いたいことはなんとなくわかる。
「とりあえず避けながら進むか」
そんな女性陣を放っておいて、ヤキトとエリアスが匍匐して前進を再開する。
私達もそれに倣って、床に這いつくばるように……したところで、そういえば女性陣は全員スカートだった、と気付く。
ヤキトはともかく、エリアスを先に行かせてよかった。
万が一見られていたら、パーティから一人離脱者を出してしまう所だった。
そんな安心をしつつ、やがて不気味な絵の向こうにあった扉の前に到達する。
そこには、以前エンホークの巣で見たものと同じ紋章が描かれていた。
前フェンディルは一体どこまで関与しているのだろう、などと考えている間にエリアスが扉の罠確認を済ませていた。
「罠は……ねぇんじゃね?大丈夫だろ、うん」
「では開けようか」
確認を終えて、ヤキトがゆっくりと扉を開く。
中には、今いる通路とは違い、そこそこ広い部屋が広がっていた。
そしてその床には、かなり古いものと見られる人族の死体が十近く転がっている。
先程の通路もまあまあ物騒だったが、ここもあまり穏やかな部屋ではなさそうだ。
「うへぇ、不味そう……骨も食えねぇよこんなん」
「エリアス、せめて姫様の前ではだな……」
「あ、すまん」
「いえ、構いませんよ」
そんな死体の山を見たエリアスの、蛮族ならではな発言をヤキトが制する。
当の姫様は気にしていないようだが、まあ人族の前ですべき発言ではないのは確か。
私も一応、食べるまではいかないでも、アデリーから定期的に吸血を行っている。
うっかり人の血の味がどうこう、などと言い出さない様に気をつけるとしよう。
「原因は……あれか」
死体はさておいて、ヤキトが部屋の中央に視線を向ける。
そこには白く光る正方形の板があった。
「とりあえずあの板を確認する?」
「んー……鏑矢を飛ばしてみましょうか」
アデリーの提案に乗り、板とその周辺の安全確認をするべく矢を取り出す。
少々手荒なではあるが、まあ仕方ない。
死人が出るような部屋なのだ、慎重に行くに越したことはないだろう。
「大きな音が鳴りますから、気をつけてくださいね」
私の言葉を聞いて、全員耳をふさぐ。
それを確認したところで風の妖精魔法がひとつ、【シュートアロー】を行使し、光る板目掛けて一直線に矢を飛ばした。
風を切り、独特の音を立てるそれは、無事に板に直撃する……が、特に何も起こらない。物理的干渉では効果がないようだ。
「直接確認するしかないかな?」
「だな。よーし、いくぞヤキト」
一応の安全確認が済んだので、男二人が板に近づいていく。
一体何があるのか、と見守っていると、突然板に文字が浮かび上がったのが見えた。
「これは……ライカン語かぁ。懐かしいなぁ」
エリアスがそう言って、その文字列をまじまじと見つめる。
……が、私の目にはどう見ても交易共通語に見える。
「む?交易共通語ではないのか?」
「少し難しいですが交易共通語、ですよね?」
「え、マジ?」
ヤキトにもそう見えているらしいので、多分エリアスの見間違いだろう。
そう思っていたのだが。
「え、エルフ語に見える……」
「ザルツ語……でしょうか」
近寄って確認しに来たアデリーと姫様が言うには、こう。
人によって違う言語が表示されている、ということだろうか。
「……で、なんて書いてあるん?」
「はいはい。ええと……」
内容までは理解できなかったらしいエリアスのために、改めて確認を行う。
読んでみると、それは文章というよりは国政に関わる類の文章問題、それもかなり難解なものがいくつか書かれているようだ。
おまけに当てずっぽう対策か、『回答に失敗する度に死の雷が汝らを襲う』と書かれている。先人達の死因は恐らくこれだろう。
「……だそうですけど」
「あー……パス。俺は無理」
どうしましょう、と訊くよりも早くエリアスが諦めの声を上げたのと同時。
後ろから何かの物音がした。
「……退路は断たれたか」
そう言うヤキトの視線の先には、独りでに閉まった扉の姿。
問題に正解するか、そこの死体の仲間入りをするまで出られないということか。
……ふむ。そうとなれば少々本気を出すとしよう。
「まずは私がやってみますから、皆さんは下がっていてください」
皆に部屋の隅へ動いて貰った後、妖精を数匹呼び出す。
流石に直接答えを教えてもらう、というのは出来ないが、問題を解くための
手助けくらいであれば、彼らは喜んでやってくれるのだ。
少々ずるい気がしないでもないが、まぁ禁止はされていないだろう。多分。
さて、私達の頭脳は、果たして古代の王族のお眼鏡に叶うだろうか───
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