人の子、虎の子、エルフの子

「こいつぁ……随分と静かじゃあないの?」

 ディザを出て数日、俺達は無事にディルクールへと戻ってきた。……が。

 街を出歩く者は一人もおらず、もはや物音すら聞こえてこない。

 しかし様子からして、街そのものに被害は出ていないようだ。

 一体魔神将様はどんな魔法を使ったんだか。

「どうする?たしかコ・クーレ邸で待っている、とのことだったけど」

 アデリーが戸惑いつつ周りに確認をする。どうする、と言われてもな。

「特攻!それしかないだろ!」

「……まぁ、情報を集められそうな状況ではありますけど」

「んなもん、あいつぶちのめしてそっから何とかすりゃいいんだよ」

 ユカリは怪訝そうな顔をしながらああ言っているが、実際これが

 一番簡単でわかりやすい方法のはずだ。うむ。

「気をつけてくだせぇ。我々はここで待っています」

「あぁ。ここまでありがとう、いろいろと助かった」

 ヤキトとトマスが礼を交わし合い、そして一旦の別れを告げる。

 流石にレジスタンスの連中まで連れて行くわけにはいかないので、

 帰りのため、そして何かあったときのためにここで待機してもらう。

「それじゃ、早く終わらせに行きますか」

 言いながら、ユカリが気持ち早足で城の方へと歩き出す。

 珍しく俺の意見に乗ってくれるみたいだ。渋々納得した様な感じはあるけど。

 さて、俺もあの野郎をもう二、三発……もっと要るか?とにかく殴ってやりたいし、

 さっさと行ってやるとするか。


 ◇ ◇ ◇


 かくしてコ・クーレ邸に到着した。以前と違い衛兵は見当たらない。

 わざわざ招待状を出しただけあって、無粋な真似はしないつもりの様だ。

 であれば、こちらも遠慮なく邪魔させてもらうとしよう。

「俺が開けよう。何があるかわからん、総員備えておけ」

 いつも通り俺が先頭に立ち、屋敷の正門を堂々と開く。

 こうも静まり返っていると、扉を開く音すらも不気味に聞こえてしまうが───

「……誰もいないね」

 アデリーが後ろから覗き込みながら、拍子抜けした声で呟く。

 実際、扉を開けた先には、何も待ち構えていなかった。

 代わりに、正面奥のダンスホールへと続いている大きな扉が、

 俺達に反応してか独りでに開きだしたのが確認できた。

「誘ってる、って訳だ。いいじゃねぇの」

 いつの間にやら変貌を済ませたエリアスが俺を追い越し、迷わず扉の奥へと向かう。

 今日ばかりは止めるまい。むしろ俺も続いて行くべきだ。

 一体何処で待ち伏せているのかと警戒しつつ、扉を抜け、ホールへと辿り着く。

 ───と同時に、豪華なダンスホールは何も存在しない暗闇へと姿を変えた。

「えっ、何が──」

 そして突然、俺達の体が浮き上がり、宙に舞う。

 無重力とまではいかないが、自由に動くことは難しい状態にさせられる。

 景色が暗闇になっただけで互いの姿は見えている、ということは、単に光が途絶えたという訳ではなさそうだ。

 そうして各自で無事を確認しあっていると、やがて何処かから聞き覚えのある

 わざとらしい笑い声が響いてきた。

「クックック……待っていたぞ」

「よう、俺も待っていたぜ。てめえをぶちのめす日をさ……」

 声の主───アン・リブレが、少し遅れて暗闇の中に現れる。

 一連の流れは奴の仕業と見て間違いないだろう。

 エリアスに構えを取られても余裕の表情を浮かべているあたり、

 今回は簡単には殴らせてもらえなさそうだ。

「とんだサプライズだな」

「楽しんで頂けた様でなによりだ。我が腕を叩き潰し、魔神将に楯突く者達よ!」

 俺の皮肉にそう返し、奴は両腕を広げる。エリアスが折ったはずの右腕が、心なしか以前よりも禍々しい形状となって復活していた。

「うっ……召異魔法ですか」

 ユカリもそれに気がついたらしく顔をしかめる。

 しかしその言葉を、アン・リブレは否定してみせた。

「そうではない。……貴様らの苦しむ姿を求めてすすり泣く右腕に、 ガルシア様は応えてくださった。そう、我が身はもはや半分以上が魔神だ」

「……哀れに思えてきますね」

 丁寧な返答にユカリが感嘆する。成程、ただの召異魔法によるものではなく、完全な魔神化に手を染めたという事だろうか。

 ならば最早、奴を人族だと思う必要もなくなるか。

「そうか。それじゃ、戦闘開始でいいんだな?」

「ふむ、この場でやるのも構わないが……その前にこれを見てもらおうか」

 そろそろ堪えきれなくなったのか、エリアスが開戦を提案する。

 しかし奴にはまだ見せるものがあるようだ。

 左手でパチンと指を鳴らすと、暗闇の中に新たな人物が現れる。あれは───

「───フェン!!」

 何故か金属鎧ではなく女性用のドレスを着せられているが、フェンで間違いない。

 気を失っているのか、俺達に気づく様子はない。目を瞑ったままうなだれている。

 目立った外傷は見当たらないので、人質として利用する為に生かしていたのだろう。

 どこまでも悪趣味で下衆な男だ。

「……で?」

「そう急かすな。……ちょっとした手品をお見せしよう」

 苛立つエリアスを気にも留めず、奴は右腕をフェンに向ける。

 すると黒い宝石のようなものが彼女を取り囲み始めた。

 続けて手を握りこむと、宝石はフェンに纏わりつき───

「……すけてっ」

 ───一瞬、微かに聞こえた声ごと彼女を押しつぶす。

 次の瞬間には、黒い水晶玉となってしまっていた。

 奴はその黒い球体を満足そうに眺めた後、手元に引き寄せる。

「貴方……何をしたんですか!」

「はっ、見ての通りだ」

「……お姉ちゃん。あれ、多分石化の術の類」

 怒りの声を上げるユカリに、奴とアデリーがそれぞれ回答する。

 かなり特殊な形ではあるが、一応石化の魔法らしい。

 やはりただ殺すいう事はせず、利用するつもりでいる様だ。

 もっとも、目的がどうあれ、奪い返すには奴を倒さねばならないのだが……

 と思索する俺の横で、エリアスが突然こんなことを言い出す。

「蛮族の流儀は強い者が正義、勝った者が正義。 てめぇがフェンに勝ったなら、そいつを好きにする権利はある」

 それが予想外の反応だったのか、アン・リブレは少々驚いた顔を見せる。

 いや、仲間である俺も驚いているのだが。

「なるほど。それならそれで……この水晶玉を叩き割る、でも構わないのだが」

「俺ぁそれはそれでしょうがねぇって思ってるんだが……リーダーはどうよ?」

 どうやらあえてフェンのことを気にしていない、という訳ではなく、本気でそう思っているようだ。人族と蛮族の考え方の違い、という奴だろうか。

 しかし申し訳ないが、今はその考えに賛同する訳にはいかない。

「助けない理由がない……いや、違うな。助ける理由がある。フェンが大切な『仲間』だからだ。……言っておくが、お前達がフェンの立場でも、俺は同じことをするからな」

 仲間を見殺しにする、などということは俺にはできないし、ザイア神も許してはくれないだろう。姫様達やレジスタンスの者達に合わせる顔も無くなってしまう。

 エリアスとユカリには悪いが、こればかりは譲ることが出来ない。

「そうかい……相も変わらず人族精神だねぇ」

「蛮族だからと言って、力のみに生きてる訳じゃないですからね」

「えっ……そ、そうか」

 ……と思っていたのだが、ユカリは最初からこっち側だったらしい。

 種族差ではなくエリアス個人の流儀だったのだろうか。

 そんな俺達の様子を見ていたアン・リブレだが、やがて改めて話を切り出した。

 どうやら意を汲んでくれたようだ。これに関しては感謝しておこう。

「かつてこの世界を支配していた、ノーブルエルフのことは知っているな?そのノーブルエルフの魔法王が作り上げた秘宝の一つ、『アパスターク』が今も神のきざはしの麓に眠っている。貴様達にはそれを持ってきてもらおう」

「貴方がそれを持ってこられない理由は?」

「何重かの封印が施されていると聞いている。だが、貴様等ならば解除方法を得るのは容易なはずだ」

 ユカリからの質問にはそう返す。口振りからして、方法自体は分かっているのか。

 ……と、俺も重要な事を一つ確認しておくか。

「その秘宝を手に入れてどうするつもりだ?」

「魔神将ガルシア様がこの秘宝を必要としておられる。それだけだ」

「訳を知らされていないとは、その程度の信頼なんだな」

「何とでも言うがよい」

 挑発に乗るつもりはないのか、それとも本当に知らされずに動いているのか。

 いずれにせよ、奴からこれ以上の情報は引き出せ無さそうだ。

「さて、特になければ地下にテレポーターを用意しておくが」

 あちらも話すことはなくなったようで、話を切り上げようとする。

 地下、と言うとコ・クーレと戦ったあの場所だろうか。

「地下……ってどこだよ、このクソ黒い空間に地下なんてあんのかよ」

 しかしエリアスが根本的な部分への疑問を口にする。

 そういえば、そもそもここが屋敷の中なのかどうかは不明だ。

「……?ああ、そういうことか」

 その懸念に気付いたらしく、奴は左手の指を鳴らす。

 すると再び世界が暗転し、気がつけばダンスホールへと足を踏み入れた時と

 同じ状態に戻されていた。

「あの腕の力、ということですか」

『魔神将の力ならば容易なことだ。準備が出来たらあの地下室に来い』

 暗闇と共に奴の姿も見えなくなったが、声だけは聞こえてくる。

 透明化、という訳でも無さそうだ。まったく不気味な術を用いる。

「えぇ……これもしかして、魔神将って結構強い感じ?」

 やがて声の残響も聞こえなくなった頃、エリアスがそう呟いた。

 こいつは相手の格を知らずにあの態度でいたのか、と逆に感心してしまう。

「魔神将を知らなかったんですか……」

「知るわけねぇだろ!自慢じゃねぇが、俺は頭が悪いからな!?」

「あはは……うん、まぁ、他の魔神と同じだよ。ちょっと強い魔神」

 開き直るエリアスに、ユカリとアデリーも呆れた表情を浮かべる。

 ……本当に大丈夫だろうか。今更ながら不安になってきた。

「それはさておき。フェンディル王家が関与する遺跡に例のブツがある以上、姫様に話を聞いてみるのは手かもしれないと思うんだけど」

 閑話休題、アデリーが一度城へ向かうことを提案する。

 果たして城に人はいるのだろうか、と一瞬不安になったが、その心配はすぐに解消された。

 外から聞こえていた風音が、いつの間にか懐かしい喧騒へと代わっていたのだ。

 恐らく街全体を別の次元か何かに切り替えていたのだろう。

 先程の暗闇の空間の事も鑑みるに、奴はその手の術に長けているのか。

「そうだな。まずはお二人に訊いてみよう」

 その辺りの対策も用意しておくべきか、と考えつつ、まずは城へと向かうことに……

「まぁ……リーダーの気持ちを尊重しますよー」

 ……と、形はどうあれエリアスに我を折らせてしまったのだった。

 それで何も言わずに話を進めるのは、あまり頂けないか。

「悪いな。バルバロスの考え方は知ってはいるが……俺はあいつを助けたいんだ」

「いいぜ?気持ちは分からなくねぇし。それは人族として大切な物なんだろうよ」

 そう思ったのだが、どうやら納得はしているらしい。

 寛容(?)さに感謝しつつ、まずは屋敷を後にすることにした。

 ……こいつに埋め合わせをするとして、何をすればいいのだろう、とも考えながら。

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