人の子、虎の子、エルフの子
壱
「こいつぁ……随分と静かじゃあないの?」
ディザを出て数日、俺達は無事にディルクールへと戻ってきた。……が。
街を出歩く者は一人もおらず、もはや物音すら聞こえてこない。
しかし様子からして、街そのものに被害は出ていないようだ。
一体魔神将様はどんな魔法を使ったんだか。
「どうする?たしかコ・クーレ邸で待っている、とのことだったけど」
アデリーが戸惑いつつ周りに確認をする。どうする、と言われてもな。
「特攻!それしかないだろ!」
「……まぁ、情報を集められそうな状況ではありますけど」
「んなもん、あいつぶちのめしてそっから何とかすりゃいいんだよ」
ユカリは怪訝そうな顔をしながらああ言っているが、実際これが
一番簡単でわかりやすい方法のはずだ。うむ。
「気をつけてくだせぇ。我々はここで待っています」
「あぁ。ここまでありがとう、いろいろと助かった」
ヤキトとトマスが礼を交わし合い、そして一旦の別れを告げる。
流石にレジスタンスの連中まで連れて行くわけにはいかないので、
帰りのため、そして何かあったときのためにここで待機してもらう。
「それじゃ、早く終わらせに行きますか」
言いながら、ユカリが気持ち早足で城の方へと歩き出す。
珍しく俺の意見に乗ってくれるみたいだ。渋々納得した様な感じはあるけど。
さて、俺もあの野郎をもう二、三発……もっと要るか?とにかく殴ってやりたいし、
さっさと行ってやるとするか。
◇ ◇ ◇
かくしてコ・クーレ邸に到着した。以前と違い衛兵は見当たらない。
わざわざ招待状を出しただけあって、無粋な真似はしないつもりの様だ。
であれば、こちらも遠慮なく邪魔させてもらうとしよう。
「俺が開けよう。何があるかわからん、総員備えておけ」
いつも通り俺が先頭に立ち、屋敷の正門を堂々と開く。
こうも静まり返っていると、扉を開く音すらも不気味に聞こえてしまうが───
「……誰もいないね」
アデリーが後ろから覗き込みながら、拍子抜けした声で呟く。
実際、扉を開けた先には、何も待ち構えていなかった。
代わりに、正面奥のダンスホールへと続いている大きな扉が、
俺達に反応してか独りでに開きだしたのが確認できた。
「誘ってる、って訳だ。いいじゃねぇの」
いつの間にやら変貌を済ませたエリアスが俺を追い越し、迷わず扉の奥へと向かう。
今日ばかりは止めるまい。むしろ俺も続いて行くべきだ。
一体何処で待ち伏せているのかと警戒しつつ、扉を抜け、ホールへと辿り着く。
───と同時に、豪華なダンスホールは何も存在しない暗闇へと姿を変えた。
「えっ、何が──」
そして突然、俺達の体が浮き上がり、宙に舞う。
無重力とまではいかないが、自由に動くことは難しい状態にさせられる。
景色が暗闇になっただけで互いの姿は見えている、ということは、単に光が途絶えたという訳ではなさそうだ。
そうして各自で無事を確認しあっていると、やがて何処かから聞き覚えのある
わざとらしい笑い声が響いてきた。
「クックック……待っていたぞ」
「よう、俺も待っていたぜ。てめえをぶちのめす日をさ……」
声の主───アン・リブレが、少し遅れて暗闇の中に現れる。
一連の流れは奴の仕業と見て間違いないだろう。
エリアスに構えを取られても余裕の表情を浮かべているあたり、
今回は簡単には殴らせてもらえなさそうだ。
「とんだサプライズだな」
「楽しんで頂けた様でなによりだ。我が腕を叩き潰し、魔神将に楯突く者達よ!」
俺の皮肉にそう返し、奴は両腕を広げる。エリアスが折ったはずの右腕が、心なしか以前よりも禍々しい形状となって復活していた。
「うっ……召異魔法ですか」
ユカリもそれに気がついたらしく顔をしかめる。
しかしその言葉を、アン・リブレは否定してみせた。
「そうではない。……貴様らの苦しむ姿を求めてすすり泣く右腕に、 ガルシア様は応えてくださった。そう、我が身はもはや半分以上が魔神だ」
「……哀れに思えてきますね」
丁寧な返答にユカリが感嘆する。成程、ただの召異魔法によるものではなく、完全な魔神化に手を染めたという事だろうか。
ならば最早、奴を人族だと思う必要もなくなるか。
「そうか。それじゃ、戦闘開始でいいんだな?」
「ふむ、この場でやるのも構わないが……その前にこれを見てもらおうか」
そろそろ堪えきれなくなったのか、エリアスが開戦を提案する。
しかし奴にはまだ見せるものがあるようだ。
左手でパチンと指を鳴らすと、暗闇の中に新たな人物が現れる。あれは───
「───フェン!!」
何故か金属鎧ではなく女性用のドレスを着せられているが、フェンで間違いない。
気を失っているのか、俺達に気づく様子はない。目を瞑ったままうなだれている。
目立った外傷は見当たらないので、人質として利用する為に生かしていたのだろう。
どこまでも悪趣味で下衆な男だ。
「……で?」
「そう急かすな。……ちょっとした手品をお見せしよう」
苛立つエリアスを気にも留めず、奴は右腕をフェンに向ける。
すると黒い宝石のようなものが彼女を取り囲み始めた。
続けて手を握りこむと、宝石はフェンに纏わりつき───
「……すけてっ」
───一瞬、微かに聞こえた声ごと彼女を押しつぶす。
次の瞬間には、黒い水晶玉となってしまっていた。
奴はその黒い球体を満足そうに眺めた後、手元に引き寄せる。
「貴方……何をしたんですか!」
「はっ、見ての通りだ」
「……お姉ちゃん。あれ、多分石化の術の類」
怒りの声を上げるユカリに、奴とアデリーがそれぞれ回答する。
かなり特殊な形ではあるが、一応石化の魔法らしい。
やはりただ殺すいう事はせず、利用するつもりでいる様だ。
もっとも、目的がどうあれ、奪い返すには奴を倒さねばならないのだが……
と思索する俺の横で、エリアスが突然こんなことを言い出す。
「蛮族の流儀は強い者が正義、勝った者が正義。 てめぇがフェンに勝ったなら、そいつを好きにする権利はある」
それが予想外の反応だったのか、アン・リブレは少々驚いた顔を見せる。
いや、仲間である俺も驚いているのだが。
「なるほど。それならそれで……この水晶玉を叩き割る、でも構わないのだが」
「俺ぁそれはそれでしょうがねぇって思ってるんだが……リーダーはどうよ?」
どうやらあえてフェンのことを気にしていない、という訳ではなく、本気でそう思っているようだ。人族と蛮族の考え方の違い、という奴だろうか。
しかし申し訳ないが、今はその考えに賛同する訳にはいかない。
「助けない理由がない……いや、違うな。助ける理由がある。フェンが大切な『仲間』だからだ。……言っておくが、お前達がフェンの立場でも、俺は同じことをするからな」
仲間を見殺しにする、などということは俺にはできないし、ザイア神も許してはくれないだろう。姫様達やレジスタンスの者達に合わせる顔も無くなってしまう。
エリアスとユカリには悪いが、こればかりは譲ることが出来ない。
「そうかい……相も変わらず人族精神だねぇ」
「蛮族だからと言って、力のみに生きてる訳じゃないですからね」
「えっ……そ、そうか」
……と思っていたのだが、ユカリは最初からこっち側だったらしい。
種族差ではなくエリアス個人の流儀だったのだろうか。
そんな俺達の様子を見ていたアン・リブレだが、やがて改めて話を切り出した。
どうやら意を汲んでくれたようだ。これに関しては感謝しておこう。
「かつてこの世界を支配していた、ノーブルエルフのことは知っているな?そのノーブルエルフの魔法王が作り上げた秘宝の一つ、『アパスターク』が今も神のきざはしの麓に眠っている。貴様達にはそれを持ってきてもらおう」
「貴方がそれを持ってこられない理由は?」
「何重かの封印が施されていると聞いている。だが、貴様等ならば解除方法を得るのは容易なはずだ」
ユカリからの質問にはそう返す。口振りからして、方法自体は分かっているのか。
……と、俺も重要な事を一つ確認しておくか。
「その秘宝を手に入れてどうするつもりだ?」
「魔神将ガルシア様がこの秘宝を必要としておられる。それだけだ」
「訳を知らされていないとは、その程度の信頼なんだな」
「何とでも言うがよい」
挑発に乗るつもりはないのか、それとも本当に知らされずに動いているのか。
いずれにせよ、奴からこれ以上の情報は引き出せ無さそうだ。
「さて、特になければ地下にテレポーターを用意しておくが」
あちらも話すことはなくなったようで、話を切り上げようとする。
地下、と言うとコ・クーレと戦ったあの場所だろうか。
「地下……ってどこだよ、このクソ黒い空間に地下なんてあんのかよ」
しかしエリアスが根本的な部分への疑問を口にする。
そういえば、そもそもここが屋敷の中なのかどうかは不明だ。
「……?ああ、そういうことか」
その懸念に気付いたらしく、奴は左手の指を鳴らす。
すると再び世界が暗転し、気がつけばダンスホールへと足を踏み入れた時と
同じ状態に戻されていた。
「あの腕の力、ということですか」
『魔神将の力ならば容易なことだ。準備が出来たらあの地下室に来い』
暗闇と共に奴の姿も見えなくなったが、声だけは聞こえてくる。
透明化、という訳でも無さそうだ。まったく不気味な術を用いる。
「えぇ……これもしかして、魔神将って結構強い感じ?」
やがて声の残響も聞こえなくなった頃、エリアスがそう呟いた。
こいつは相手の格を知らずにあの態度でいたのか、と逆に感心してしまう。
「魔神将を知らなかったんですか……」
「知るわけねぇだろ!自慢じゃねぇが、俺は頭が悪いからな!?」
「あはは……うん、まぁ、他の魔神と同じだよ。ちょっと強い魔神」
開き直るエリアスに、ユカリとアデリーも呆れた表情を浮かべる。
……本当に大丈夫だろうか。今更ながら不安になってきた。
「それはさておき。フェンディル王家が関与する遺跡に例のブツがある以上、姫様に話を聞いてみるのは手かもしれないと思うんだけど」
閑話休題、アデリーが一度城へ向かうことを提案する。
果たして城に人はいるのだろうか、と一瞬不安になったが、その心配はすぐに解消された。
外から聞こえていた風音が、いつの間にか懐かしい喧騒へと代わっていたのだ。
恐らく街全体を別の次元か何かに切り替えていたのだろう。
先程の暗闇の空間の事も鑑みるに、奴はその手の術に長けているのか。
「そうだな。まずはお二人に訊いてみよう」
その辺りの対策も用意しておくべきか、と考えつつ、まずは城へと向かうことに……
「まぁ……リーダーの気持ちを尊重しますよー」
……と、形はどうあれエリアスに我を折らせてしまったのだった。
それで何も言わずに話を進めるのは、あまり頂けないか。
「悪いな。バルバロスの考え方は知ってはいるが……俺はあいつを助けたいんだ」
「いいぜ?気持ちは分からなくねぇし。それは人族として大切な物なんだろうよ」
そう思ったのだが、どうやら納得はしているらしい。
寛容(?)さに感謝しつつ、まずは屋敷を後にすることにした。
……こいつに埋め合わせをするとして、何をすればいいのだろう、とも考えながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます