「───各々方ぁっ!」

「む、来たか」

「ほんとにすぐ来ましたねー」

 村に戻り、村長を訪ねると『アノーシャグからすぐに迎えに行くと連絡があった』とのことで。

 その言葉に従い、村長と共に村の入り口で待とうとしたところで、丁度トマスの声が聞こえてきた。

 俺達の前で馬車を急停止させると、彼は慌ただしくこう告げる。

「すぐに出ることは出来ますか?フェンディル本国に向けて直ぐに出たく」

「何か進展が?」

「詳しい話は車中で頼んます」

 どうやら相当急がなければならない事態のようだ。会話を手短に終え、馬車に乗り込む。

「なら乗るしかあるまい」

「だな。すまねぇダンさん、直ぐに出るわ」

 三人も俺に続いて、挨拶もそこそこに馬車へと乗り込む。

 別れ際ではあるがゆっくりしてもいられない。

 そうして急いで乗り込んだ後、最後に一言、と考えて村長の方へと振り返る。

「皆さんもお気をつけて。また何かありましたらお立ち寄りください」

「ああ。機会があればまた会おう」

「旦那もお元気で。んじゃ行きますよぃ!」

 互いに短く挨拶を済ませ、軽く頭を下げる。

 続いてトマスも一言添えた後、勢い良く馬を走り出させた。

 さて、一体何があったのか確認させてもらうか。


 ◇ ◇ ◇


「……で、ですね。ディルクールが、その……もぬけの殻なんでぇ。 送り届けた後、フェングの旦那とも連絡がつかず」

「もぬけの殻……戦闘の形跡すらないのですか?」

「ええ。もう何がなんだか……」

「一体何があったと言うんだ……」

 走り出してすぐに、トマスが状況を報告してくれた。

 しかしこれは……何が起きているのかさっぱりわからない。

 フェンと連絡が取れないというのも気がかりだ。安全な状態だとは思えない。

「それで、現地に向かうのか?」

「アノーシャグの旦那からは『やりたいようにやらせろ、最大限助力する』と。 一度ディザに寄ってくか、直接ディルクールに行くかはお任せしやす」

 こちらに判断を任せる、ということか。

「俺的にはすぐにでもディルクールに向かいたいんだが。お前らは?」

 やはりと言うべきか、エリアスは直行を提案してきた。

 気持ちは分かるが、急がば回れという奴だ。焦ると却って被害を生みかねない。

「闇雲に突っ込むのもな。まずはディザに寄りたい」

「私も、ディザに行ってからの方が良いと思いますね」

「わかりやした、では一旦ディザに。 アン・リブレの残していった本に、何か手がかりがあるかもしれないですし」

「本、か……」

「少しでも情報が手に入れば儲けもの、と考えるしかないですね……」

 俺も解読はできなくないが、ユカリほどの知識は持ち合わせていない。

 申し訳ないがその辺りは頼らせてもらおう。

「ちょっと気が遠くなりますがね。ま、ないしは先方から連絡が入る可能性もありますし」

 こうして、行きの時よりも数段激しく揺れる馬車の中、この先を案じながらディザへの到着を待つこととした。


 ◇ ◇ ◇


 日が昇りきる頃、馬車は無事にディザに到着していた。

「おう、守護龍のことは大変だったな。こちらではどうすることもできないからな、助かった」

 今回は地下の拠点ではなく、街の入口でアノーシャグさんが歓迎してくれた。

「ああ。こちらも足には助けられた」

「そっちも大変だったみたいだな?」

「ちょっと厳しかったな。馬のことを考えると、一旦戻って来てくれて助かった」

「随分と走らせちゃいましたからね……」

 ディザと村をあの速度で往復したとなると、かなり体力を消耗させてしまったことだろう。

 帰れなくなる危険性があったことを考えると、やはりこちらに寄って正解だったか。

「それで、ディルクールは何があった?」

「……こちらでもいろいろ調べはしたんだが、さっぱりだ」

 そして、どうやらこちらも手掛かりなしのようだ。後は現地に向かうしかないだろうか……

「……だが、動きがなかったわけじゃない」

 そう考えたところで、アノーシャグさんが紙を一枚取り出す。

 形状からいって手紙、だろうか。態々こんなものを寄越すとは随分な余裕だ。

「アン・リブレからだ。内容は───」


『山羊のライカンスロープへ。コ・クーレ邸にて待つ』


「……へぇ?挑発って訳だ。なかなかどうして舐めてくれてんじゃねぇか」

 きっちり宛先まで添えられて、受取人はお怒りのようだ。

「アイツの腕を壊したのがエリアスだから名指し?」

「ですかね。あちらもお返ししたい、ってことですか」

「はっはぁ、面白ぇじゃねぇの?罠ってわかってても踏み潰したくなるなぁ……!」

 ……と思ったが、割と乗り気な様だ。この血気盛んさはどうしたものか。

「もうこいつ一人で突っ込ませるか」

「それもありですね」

 ヤキトが呆れたように放った言葉に同意する。

 アデリーも、何も言わないものの呆れ顔である。本当にこの男はもう……

「……はぁ、これだから血の気の多い人は」

「少し血を抜いてやったらどうだ?」

「えっ、この人からは吸いたくないです」

 おっと、本音が漏れた。

 そして一連の流れを見ていたアノーシャグさんまで、唖然とした顔にしてしまった。

「……仲いいな、お前ら」

「うん。仲はいいと思う」

「嬉しいような嬉しくないような……」

 頼れる存在だと思ってはいるが、それはそれというやつだ。

 そうして苦笑いをしていた私に、何か気になったらしいアデリーが改めて言葉を発する。

「ところでさ。本当にこれ、罠なのかな…… ああいう奴ってこう、罠に嵌めるよりも嫌な思いをさせてきそうというか……」

「やられっぱなしではいられない、と実力で叩き潰すつもりなのかもな」

「やり返したいってか?子供だねぇ……嫌いじゃねぇがな」

「……さて、いつ発つ?馬の用意もあるから決めておきたいんだが」

 やり取りを見て私達が挑発に乗るつもりだと察したのか、アノーシャグさんが出発の準備を進めようとする。

 まぁ、フェンさんのこともあるので選択肢はあって無いようなものなのだが。

「手紙に日時の指定は?」

「特に無しだな。いつでもどうぞ、ってことだろう」

「了解。準備が終わったらすぐに行かせてもらおうぜ」

「うむ。そうしよう」

「わかった。トマス、頼めるな?」

 アノーシャグさんの指示を受け、トマスさんが頷く。

 彼にも結構世話になってしまっている気がするが、しかし今は休む間も惜しい。

 私達も、馬車も、まだまだ奔走することになりそうだ。

「しっかし……フェンは大丈夫かよ……」

「信じましょう。弱い人ではないですから」

 願わくば、私達が到着するまでフェンさんが無事でありますように。

 そう祈りつつ、簡単に支度を済ませることにするのだった。

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