参
月も沈み、夜明けが近づいてきた頃、それは訪れた。
「……来たか」
警告音と思わしきものが村に鳴り響く。魔法を使っておいたおかげか、寝起きでも意識はしっかりしている。
「来たか……!さぁ、やろうじゃないか!!」
そう言うや否や、部屋の窓からエリアスが飛び出した。
ここは小屋の二階だった気がするが……まぁあいつなら大丈夫か。
「うぇっ!?な、何!?」
「ひゃぁあ!?」
反対側の部屋からは女性二人の声。警告音に驚いたようだが、こちらも心配はないだろう。
手早く準備を済ませ、俺も小屋を出る。先に出ていたエリアスは既に獣化も済ませ、準備万端といったところだ。
そんなエリアスと向かい合うように、かの守護龍───エンホークが構えている。
巨大な翼を広げ、虚ろな眼でこちらを睨むその姿には、守護者の面影はない。
「ドラ公がよぉ……舐めんなよォ?」
「昂るのはわかるが、少しは落ち着け。【サニティ】撃つぞ」
それにしてもこいつ、いつもより血の気が多いな。そういえば今日は満月だったか。
こんな絶好の舞台を用意されては、闘志が滾るのも無理はないか。
「──、───?…………対話はやはり無理そうですね」
少し遅れてユカリとアデリーが出てきた。ユカリは一応対話を試みたようだが、
返ってきたのが荒々しい咆哮のみ。聞く耳は持ってもらえなかったようだ。
「仕方ないね……じゃあみんな、いくよ!」
「ですね。二人共、頼みます」
話が通じないのを確認して、ユカリが水の妖精による加護を、アデリーが【タフパワー】を行使する。炎のブレス対策だ。
「ありがとよ───そんじゃ、行くぜぇ?」
支援を受け、エリアスが駆け出す。いよいよ龍狩りの時間だ。
俺も剣を抜き、エリアスに続いていった。
◇ ◇ ◇
「───オラァ!!」
エリアスが高く飛び上がり、エンホークの右翼へ鋭い三連撃を放つ。彼の得意技だ。
拘束用の罠……というか、最早装置か。それのおかげで大分動きが鈍っているが、殴る度に飛ばなければならないのはやり辛い。
ラグナカングの時と同様に、まずは弱点を叩きやすくするところからだ。
『───!!』
三発全て直撃、直後に村人がバリスタで援護射撃をしてくれる。怒涛の連撃を喰らい、まずは右翼の動きが止まる。
エンホークは苦しそうな顔をしつつも、反撃のために大きく息を吸って───
「───狙いは私ですか!?」
こちらに向けて炎の息を放った。しまった、あまり狙われる機会がないから油断していた。
かなり気が立っていたのか、容赦のない火炎が私を包む。ぐぅ、熱い。
「お姉ちゃん!」
「ユカリぃ、大丈夫かぁ?」
「まだ大丈夫です。が……光の妖精さんにお願いしないとですね」
瀕死、とまではいかないがかなり苦しい。もう一発耐えるのは厳しそうだ。
続く左翼での攻撃は前の二人が受けてくれたが、逆に言うと全体にダメージが入ったということでもある。
デモンズシードの中にいるであろう魔神とも戦うことを考えると、回復ばかりにマナを費やすのはあまり良くない。
「俺がマナを渡せる。消耗を気にせず頼む」
「ありがとうございます。では遠慮なく」
それを察してか、ヤキトがそのように言ってくれた。
神聖魔法の一つに、自身のマナを他人に譲渡する物があるのだったか。
妖精魔法での回復は燃費がいいとは言えないので大変有り難い。有り難いが……
『───!』
「ぐっ……急に動きが良くなってきやがったじゃねぇか」
暴れ狂う龍の翼が、再びエリアスを打つ。
かなり重い一撃に見えたがなんとか耐えたようだ。
「っ、急いで回復しますね!」
「ひゃひゃ、すまねぇすまねぇ」
「まったく、無駄に煽るからだ」
攻撃される度に回復していては、最後までマナが保たないだろう。
被害を軽くするか、速攻でいくか。私達の選択は───
「庇う側の身にもなってくれよ」
と言ってザイアの加護を身に纏い、一層守りを固めるのはヤキト。
「ほんとに。後ろで見てるのも怖いんだよ?」
と言って深智魔法の一つ、【バランス・ウェポン】行使するのは、アデリー。
「悪い悪い。まぁ、それでもやるんだけどよ!」
それらを受け取り、再び身構えるのはエリアス。
───つまり、被害軽減と速攻、両方の選択だ。
先日の作戦会議通り、エリアスを主軸に動くことでそれを成立させられる。
「頼もしいですね、まったく」
回復と戦闘外での仕事がメインの私としては、こういう時に目立った活躍が出来ないのでなんとも言えないのだが。
追加の支援を受け、再びエリアスが駆ける。今度こそ頭部狙いだ。
いつもの三連撃を放ち───最後の一発が、ここからでも聞こえる程の衝撃音を響かせる。
「フフ……フハハハハッ!龍など、恐るるに足らず!!」
「ふっ、調子いいじゃないか」
これもまた急所を突いたようで、エンホークの巨体が大きく揺れた。
あの様子だともう一発当たれば終わりそう、か。
『─、──』
最後の抵抗か、エンホークがふらつきながらも炎を二人に浴びせる。
しかし私とアデリーの支援もあり、問題ない程度の被害に収まったようだ。
翼での攻撃も、ヤキトが完全に防ぎきる。
「これで終わりだ、ヤキト!」
「任された!ザイア神よ、力添えを───!」
頭部へ、魔法の衝撃波。
かなり威力を抑えて撃ったようだが、それでも気絶に至らせるには充分だった。
エンホークの動きが一瞬止まった後、軽い地響きを起こしながら地面に倒れ込む。
そして土煙が辺りに上がり、数瞬の後───
『───ぐぬ……これ程とは』
「───ダルグブーリー!あいつが本体で間違いありません!」
煙の中から、魔神が姿を表した。影に紛れて隠れることを得意とする、とても厄介な種だったか。
夜明け前のこの時間に奴を逃せば、木陰の中へと消えられてしまうだろう。
つまり、ここが正念場だ。
◇ ◇ ◇
「手を休めるな!攻めろ!」
「了解!好きに……させないっ!」
魔神が出てくると同時に、アデリーが駆け寄って魔法の刃を奴に放つ。
そこまでのダメージにはなってないが、足を止めてくれるだけでも充分ってもんだ。
「ひゃひゃひゃ……生きて帰れると思うなよ?」
俺が丹精込めて作った罠にも引っかかってくれてるし、これなら余裕そうだな。
こないだ外しまくった分はこいつに喰らってもらおうか。
ダッシュで近寄り、まずは一発。あまり当たりは良くないが、まあいい。
続いて二発目。これはそこそこいい当たりで、奴はよろけて完全に無防備になってくれた。こりゃあいい。
「冥土の土産だ。大事にしろよ」
そして締めの三発目。空いた顔面に渾身のストレートをくれてやる。
『グギッ』
綺麗に入って、数メートル吹っ飛ぶ。感触的にまだ死にはしてないだろうが、まあ動くことは出来なさそうだし。しっかり止めを刺してやるとしよう。
しかし、龍相手なんぞどうなることかと思ったが。罠のお陰でなんとかなったな。
今度本格的に勉強してみるか。
◇ ◇ ◇
「ははぁ、やっぱあったか……おい龍さん、大丈夫か?」
魔神に止めをさし、改めて龍の体を調べると、やはりデモンズシードが埋まっていた。
本体、というか中身が死んだことで枯れてしまったのか、軽く触れただけで取れちまったが。
『───?』
最後にヤキトが手加減してくれたお陰で、龍の方は死なずに済んだみたいだ。
目を開けて、不思議そうな顔で俺達を見つめる。
『───、───?』
『──、─────』
ユカリが唸るような声を出しているのは、恐らく龍と対話してるんだろうが……
うむ、内容はさっぱりわからん。というかお前ドラゴン語なんて喋れたのか。
「……ユカリ、なんて?」
「いい夢は見られなかった、ですって」
「なるほど。だろうな!」
「ん、そうか。共通語で話した方が楽だね」
俺達の会話を聞いてか、今度は交易共通語を喋りだした。言語を合わせてくれるみたいだ。
若干訛っているが、まあここの村人程じゃない。全くわからん言語で話されるよりは有り難いな。
「さて……あ、回復は要りますか?」
「俺も手伝おう」
「あー……おねがいするね」
生きているとは言え、だいぶボコボコにしてしまったので二人が魔法で癒やしてやる。
……改めて考えるとすごい種族だな。あれだけやっても死にはしないのか。
一応手加減はしてなかったはずなんだがな。
「だいぶよくなったよ、ありがとう。 ……しかしあれだね、自分で言うのもなんだけど、よく止めようと思ったね」
「あ?そりゃ思惑あってのことよ。まともな考えしてたらやってねぇって」
実際、だいぶ危なかったしな。一歩間違えたらこちらが死んでいた気がする。
「ふーん……まぁ、それもそうだよね。 ともかく、お礼をしないといけないし。一度うちにきてもらってもいいかな?」
「ええ……というか、身体はもう大丈夫なんですか?」
「うーん。まぁ、後は自己回復で大丈夫だと思う」
あれだけの傷を自己回復で済ませられるのか。本当に規格外の生き物だ。
「さすが龍だな!人より遥かにタフだ!」
「そういう種族だものねー。……そもそもキミたち、人じゃないよね!?」
「バレたか?ってそりゃそうか!」
山羊頭の俺、下半身が蛇のユカリ、晶石の身体をしたヤキトにとんがった長耳のアデリー、と順に見やった龍がそう突っ込む。
そう言えばこのパーティ、人間がいないな。フェンは今この場に居ないし。
世界的にも冒険者的にも大きな割合を占める種族、みたいな話だった気がするが。
「……心は人ですから」
「エルフは人間にカウント……されないかなぁ」
「俺は歴とした人族なんだが」
俺以外の奴もそれぞれの反応を示す。まぁ、ユカリと俺に関しては人族ですらないので何も言えない。
「……言い直そう。人間はいないよね、の方がいいな」
「鉱石『人間』だ」
「そういう考え方もあるのかぁ……」
ヤキトはやけに人間であることを主張しているが。気にしてるんだろうか。
そんなこんなで我がパーティの人外率を再認識しつつ、龍の巣へと向かうことにした。
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