されど旅人は龍と踊る

「ここが例の村か」

 ディザを発った翌日。俺達は無事に目的地───『神へのきざはし』の麓の村へ辿り着いていた。

 道中特に障害や襲撃もなかったので、アノーシャグの読み通り、魔人達は一時撤退中なのだろう。

 それなら帰る前に龍も止めていって欲しかったが。せめてもの嫌がらせか。

「マツ。オ前ラ 何者カ」

「ココ、俺タチノ村。ヨソ者入ル、許サナイ」

 そんなことを考えつつ門に近づこうとすると、門衛の者が俺達の前に立ち塞がった。

 だいぶ訛っているが、交易共通語だ。会話するのに問題はないだろう。

「紹介状は……ヤキト、お前が持ってたよな?」

「ああ。例の件で来た者だ」

 アノーシャグに書いてもらった紹介状を取り出し、門衛に見せる。

 これがないと入れてもらえないかもしれない、と言っていたことから察するに、基本的には外の者を入れないようにしているのだろう。

 それが秘宝を守るためか、ただよそ者を好まない故にかは分からないが。

「ナニ?アノーシャグ、紹介状シタタメタノカ」

「ソレ、失礼シタ。スルト村長助ケタ、貴方タチカ。村長ノ家、案内スル。ツイテキテクレ」

 書面を読んだ門衛二人は構えていた槍を降ろし、村の中へと歩いて行く。警戒は解いてもらえたようだ。

「ああ。頼む」

 俺達も彼らに続き、門をくぐることにした。


 ◇ ◇ ◇


 村のあちこちから、私たちに視線が向けられているのを感じる。そのどれもがあまりいい感情を込められていないものだ。

 門衛の様子から察するに、他所者はあまり歓迎しない方針なのか。

 ……それとも私がラミアの姿のままだからだろうか。こんなご時世とは言え、人族の村に入るのであれば人の姿になっておくべきだったか。

「んっんー……酷いもんだ」

 私が体を縮こめている一方で、視線を気にもしていないエリアス。

 彼の視線の先には───いや、そちらを見るまでもないことか。

 村のあちこちに炎で焼かれた跡や、巨大な爪痕のようなものが見られる。視界に入れない方が難しいほどの数だ。

 言うまでもなく、どれも龍が暴れたことによるものだろう。

 これ程手酷くやられているとなると、村人にも被害が及んでいるだろうか。

「怪我をしている人もいるでしょうし、そちらも治してあげたいところですね」

「後で手伝って回ろうか。私達ならなんとかできるだろうし」

 アデリーと二人、そう約束しつつしばらく歩いたところで、他よりやや大きな家の前に着いた。

「ココ、村長ノ家。村長、貴方ガタ待ッテル。 ……怪我人、少ナクナイ。龍モ、日々暴レカタガ酷クナッテル」

「おーけい、しっかり龍は鎮めるよ。任せてくれや」

 案内を終えた門衛達に、エリアスがそう言って別れを告げる。

 普段は悩みの種である軽口も、こういう時だととても頼もしく聞こえるものだ。

「さて……アノーシャグの紹介で来た者だ。村長殿はいるか」

 そして門衛達が去った後、ヤキトが扉をノックした。

 いよいよ本題だ。龍の相手が、私達で務まるといいのだけれど。


 ◇ ◇ ◇


「いやはや、ご足労ありがとうございます」

「なに、内容が内容だからな」

「ですね。私達にとっても、無視できることじゃないですから」

 村長───ダンさんに案内され、広めの部屋で席に着く。

「恐れ入ります。事実、私達ではどうすることも……」

「ひとまず、何があったか聞かせてくれないか?」

「だな。もう一度確認させて貰いたい」

 早速状況報告を求める。急を要する事態なので、のんびり歓談している時間はない。

 エリアスとヤキトが急かすと、村長はすぐに説明を始めてくれた。

「……では。守護龍が暴れている、という話はご存知でしたね?」

 アン・リブレが話していたもののことだろう。ダンさんの言葉にこくりと頷く。

「かの龍……エンホークは普段近くの洞窟に住んでいて、人里に来ることはほとんどないのですが…… 一週間前、唐突に村にやって来たのです。普段の子供っぽいながらも理性的な態度とは異なり、破壊の化身かのように暴れまわり、しばらくの後に去っていきました」

「対話出来る……いや、出来たのか?」

「ええ、普段ならば。しかし、あれは理性を失ったかのようでした。 そして、二日開けて三日目、そしてつい昨日にもやってきて、同様に。 徐々に暴れる時間も長くなっているようです。これまでの間隔だと……次は明後日でしょうか」

 日に日に凶暴化が進んでいる、ということは何かに侵蝕されている……のだろうか。

 アン・リブレのあの言葉も考えると、ただ気が狂っただけという訳ではなさそうだ。

「死人は?」

「今のところは。最初のうちは無人の建物等に対して攻撃を加えていたのです。……しかし、徐々に家屋等を攻撃するようになってきています」

「そうか。……村人が無事ならなによりだ」

「最初は理性が残ってたってことかねぇ? まぁ、原因が分からない以上はぶっ飛ばすしかねぇんだけどよ……」

「おそらく操られているか何かだと思いますが……情報が足りてないですからね」

「直接対応していた村の者であれば、もう少し何か話せるかもしれませぬ。 私は遠くから見ていたのみでしたから……」

 ダンさんはそう言って、申し訳なさそうに頭を下げる。

 今でこそ身体の調子は大丈夫そうだが、戻ってきてすぐは安静にしていたのだろう。それを責める訳にはいかない。

「聞き込みしろって訳な。了解だぜ」

「あ、その前に……守護龍とは、具体的にどのような龍なのですか?」

「まだ龍としては若い、炎龍ですな」

 龍というのは、歳によってその強さが大きく変わる。

 成龍にもなると、高位の魔法を当然のように扱う。そうでなくて助かった。

「ふむ……ドラゴネット、ですかね?」

「本物の龍かぁ……ちょっと厳しいかもね」

 もっとも、それでも充分強いのが龍という種族だ。

 それを止めるとなると、さてどうしたものか。

 話を聞いてくれない以上は……力づくで押さえつける、しかないか。

「ひとつ聞くが、殺しちゃいかんよな?」

「……できれば」

 エリアスの言いたいことは分からなくないが、それをしてしまうと秘宝を守る者がいなくなってしまう。

 そして、魔神からすればそれが最も望ましい展開なのだろう。

 それだけは避けなければならないか。

「……何にせよ情報が必要だ。村の者に聞いて回るとしよう」

 まあとにかく、やれるだけのことをやってみるしかない。

 まずは村人達に話を聞いて周るべく、ダンさんにお礼を言って、私達は家を出た。

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