幕間-参・肆の間-
「はー、いいお湯でした」
せっかく皆と一緒なのに、一人で入浴するというのは少々寂しいが、まあ仕方ない。
……しかし、今日の自分の言動は少々怪しすぎただろうか。最悪、既に気付かれていてもおかしくない気がする。
正直な所、性別を偽っている事自体はあまり問題だと思っていない。
それで不利益が生じることも、極々稀なものであろうから。
では何を気にしているのかと言うと、『隠し事をしている』という事実そのものだ。
家の都合上仕方のない事とは言え、共に旅をする仲間に対して失礼な行いであることには変わりない。
「……明日に備えて早く寝よう」
そんな個人的な話はさておいて、今は目の前の問題に集中すべきか。
自分は世界中の人々のために戦っているのだ。くだらない悩みに頭を抱えている暇はない。
気を引き締め直し、寝床に入ろうかと思ったところで、部屋の扉からこんこん、という音が聞こえた。
「フェン、起きているならちょっといいか?」
この声はヤキトさんか。こんな時間に訪れてくるとは、何か大事な用事でもあるのだろうか?
「はい、大丈夫です。開いてますのでどうぞ」
「そうか。では失礼する」
そう言って扉を開き、部屋に入ってきた。
窓から入り込んでいる月明かりが、開かれた扉の向こうをぼんやりと照らす。
他に人影はなく、彼一人だけの様子。
そしてその表情は、何か思い詰めているようなものであった。
「……実は先程、風呂に入っている時にだな───」
そのままゆっくりと話し始める。内容は、私の性別について。
やはり、気づかれていたらしい。
「……あー……」
まぁ、あれだけ怪しければ流石にわかってしまうか、とも思うが。
幸い怒っている、という訳ではなさそうなので、大人しく全て打ち明けてしまうことにしようか。
「仰る通りです。隠していたわけでは……あるのですが」
「……お前が狙われるかもしれない、ということを確かめたかっただけだ。済まなかったな」
「いえ。……今回の事が終わったら、皆さんとちゃんと話すことにします。 ありがとうございます、気を使っていただいて……嬉しかったです」
元々いつかは話すつもりでいたが、きっと遅らせてもいいことはないだろう。
それに、不本意な形で知られることになるより、自分の口から伝えた方がいいはずだ。
決心をさせてくれた彼に、感謝の言葉を述べて一礼する。
「そうか。では、こんな夜分に失礼した」
「いえ。ヤキトさんもよく寝てくださいね、一緒に前に立つのですから。頼りにしてま───」
す、と言い切るより先に、別の声が割って入ってきた。
「おーい、どうしたヤキトぉー……こんな時間に騒がしいぞー……」
この声は……エリアスさんか。話し声が聞こえて起きてしまったのだろうか。
どうしよう、彼にも今この場で伝えてしまうべきか。
「いや、少し騎士について話していただけだ」
「そうかい……フェンも早く寝ろよー……ふぁあ……」
そう思ったのだが、どうやら彼は私が自分から言うまで黙っておいてくれるらしい。
剣の腕でも人としてのあり方でも、この人には敵いそうにない。
ジェスチャーで感謝を示しつつ、改めて言葉を紡ぐ。
「さて、俺も戻るか」
「はい。おやすみなさい」
おやすみ、と返した後に扉に手をかけて───開ける直前、私の方を振り返った。
「フェン、一つ覚えていてくれ」
まだ何かあるのだろうか。続く言葉を静かに待ってみる。
「お前が狙われるにせよ狙われないにせよ。俺は『仲間』を守るだけだ」
それだけ言うと、今度こそ扉を開けて、通路に体を出した。
……本当に、この人には敵いそうにない。
「……何にも代えがたい、言葉です」
この言葉は大切に、心に刻み込んでおこう。
部屋を出て行く彼の背に、軽く微笑みかける。それは青白く照らされていて、少し眩しかった。
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