アジトに戻り、屋敷に残されていた書き置きを確認したところ、アン・リブレとガルシアが行っていた連絡の内容を得ることが出来た。

 もっとも、内容はさほど重要なものではなかったが。

 やれ『コ・クーレにフェンディルの姫をなんとかさせろ』とか、『セフィリア方面へ行くための転移陣をもう少し安く使いたい』とか、そんなところ。

「つーかあれだ。俺らが襲ったの、ガルシアとかいうのに伝わってるかもしれねぇな」

「でしょうね。逃げられたのが響きますね」

 だが、無傷では逃さなかったので少しは影響を与えられただろう。

 エリアスの奮闘を心の中で称えつつ、祝勝会ということで振る舞われている食事を頂く。

 今日は軍用食ではなく普通の料理が提供されている。

 物資の入手が楽になるので、早速奮発しているのだろう。

「しかしアン・リブレの奴、尻尾巻いて逃げてったそうじゃないか。流石だな」

「いやー、それがあんま喜べなくてなぁ……あ、うめぇコレ」

 エリアスはこう言っているが、とりあえずは今回の勝利を喜ぶべきだ、と私は思う。

 戦いには士気も重要、ということで。

 街の方ではどんな感じだった、私達の方はこうでした、などとお互いの奮闘を語り合いながら、楽しい宴の時間が過ぎていく。

「ノーブルエルフの助けはいらなかったな」

 途中、ヤキトがわざとらしい口調でそう言った。……ダンさんへの鎌かけだろうか。

 かけられたダンさんはというと、特に反応を示さない。どうやら知らないようだ。

 村で守られているもの、とやらは、また別の何かなのだろう。

「ノーブルエルフ、会ってみたかったですね」

 少し本心を混じえた言葉を私も口にしてみつつ、この場ではそれ以上触れないことにした。


 しかし、滅んだはずの古代の種族、か。

 今もいるとしたら、一体どこにいるのだろう。


 ◇ ◇ ◇


「これから話すことは、内密にお願いします」

 改めてダンさんから話を聞くべく、私達は部屋を一つ借りた。

 アン・リブレがあれほどまで欲しがっていた情報とは、一体何なのだろうか。

 室内は楽しい宴の空気から一転、真面目な話をする時のものに切り替わっていた。

「うちの村には……代々守っている秘宝がございます。それの入手方法を奴に尋ねられていました。 モノが何なのかは私も知らないのですが……」

「危険なモノなんですかね……」

「恐らくは。しかし私の知る限りでも複数の守りがあります。 フェンディル王家の関係者が封印に関わっている、とも聞いています」

 王家が封印に関与。スケールの大きな話になってきた気がする。

 幸いコネが無いでもないので、訊こうと思えば訊けることではあるのだろうか。

「フェンディル王国まで関わっているんですか……」

「ふむ……双子姫に連絡を取るか?」

「姫様が調べたら何かわかる気もしますが……そんな余力があるかはわかりません」

 しかしフェンさんの言うことももっともだ。あちらだって安全圏な訳ではなく、魔神への抵抗を続けているはず。

 そして姫様もまた、国を守るための大事な戦力だ。

「それに、アン・リブレは姫様を狙っているようでした。そして封印には王家が関わっている……」

「……今後も狙われる可能性は充分ありますね」

 メモにあった『コ・クーレに姫をなんとかさせろ』というのは、おそらくこの封印が絡んでいるのだろう。

 下手に動くと、姫様達の命も危ういということだ。

「とはいっても、コ・クーレをやっつけた以上、フェンディルも大丈夫……だと思うけど」

「ここで考えていても埒が明かん。報告書には書いておいたほうがいいだろうが」

 とりあえず、ダンさんから聞ける情報はこんなものだろうか。

 礼を言って、ゆっくり休むように伝える。私達も今日の仕事はおしまいだ。

 明日からどう動くかは、また明日考えることにしよう。


 ◇ ◇ ◇


 部屋から村長が出ていったのを確認して、深呼吸をする。

 ───さて。

「そんなことより……そんなことより、ですね?」

 覚悟は決まっている。ここで本題といこう。

「どうかしましたか?」

「ん、何?」

「……」

 突然なんだ、と皆の注目が私に集まる。ヤキトさんだけは私を見守るような視線。

 軽く深呼吸をして、咳払いをして。よし───

 ───あれ、なんて言い出せばいいんだろう。いいや、ここは思い切って───

「隠してもー、良くないので……わたしっ、おんなのこですっ!」


「「……は?」」


 皆の声が重なり、そして沈黙。ヤキトさんの見守る視線がとても痛い。

 ……完全に何かを間違えた気がする。あ、あれ……?

「……あの、おんなのこ……じゃなくて、じょ……女性……」

 違う、問題はそこじゃない。頭では理解しているが言葉が追いついきていない。

「え、あ、ん?マジか?……おおう、まぁ、よく考えれば、あんま変わらねぇな」

 エリアスさんも気が動転している。やっぱり突然すぎたか、これは。

「先日風呂で話したことを忘れたのか」

「ん?あー、そうか……そういうことな」

「騙したかった訳じゃないんですけど……その、そうなんです」

「いえ、事情は色々あるでしょうから……気にしないでください」

「俺も、別にいいと思うぜ?それに、打ち明けてくれたのも嬉しいしな」

 うう、フォローまでされてしまった。

 で、でもこれで後ろめたさを感じずに済むのだ。変に勘ぐられる心配もない。

 ……とは言え、もうちょっと言い方とかタイミングとかあった、かなぁ。

「……ガールズトーク」

 アデリーさんもやはり困惑……あれ、していない。むしろ目が妖しく輝いたような。

 皆それぞれの反応を示す中、最初から知っていたヤキトさんも言葉を発した。

「フェン……いや、フェング」

「は、はいっ」

「隠していた理由は問わない。ただ、話してくれるほど俺達のことを信頼してくれて、嬉しく思う」

 ……昨日の夜といい、頭が上がらないな、本当に。

「ありがとうございます。事情は……若干あるので」

「わかった。さて、今日はもう風呂に入って寝るか」

「そうですね。では、ユカリさん達と入らさせていただきます」

 お風呂。昨日は一人で入ってしまったが、このことを打ち明けたならもう大丈夫か。

 今後のことも考えると、早めに打ち明けたことは正解だった。

「あら、残念」

「何が残念、ですかこの変態山羊。変な期待しないでください」

 ……間違えて男湯に連れて行かれたら何をされるかわからないし。

 まぁうん、今日はゆっくり、お二人とお話でもしながら湯に浸かるとしよう。


 ───そう、思っていたのだけれど。

 女湯は女湯で、私には刺激が強かったのでした。


 ◇ ◇ ◇


「あー、痛ぇ……今回はキツかった……」

「さすがに堪えたな……庇いきれなくて済まなかった」

「いや、構わねぇけどよ。……あー、クソ。あの犬共……」

 エリアスはあの犬(牛か、或いはもっと別な獣だろう、と言うものもいるが)、テラービーストに苛ついているようだ。

 まあ、あそこまで攻撃を避けられるのはだいぶ堪えるだろう。

 俺ももし魔法が使えなかったら、こいつと同じような状態になっていた気がする。

「こう、コンビネーションとかをもうちょっと考えたほうが……あぁぁぁぁ……」

 壁の向こうのフェンが真面目な話をしようとするも、突然艶のある悲鳴に変わる。

 ……今日は動じない。大方、ユカリかアデリーに身体を洗われているのであろう。

 何より、ただの冒険者仲間ならともかく、大商家の一人娘の一糸纏わぬ姿など覗き見ようものなら……死刑か、終身刑か。考えるだけで恐ろしい。

「えっ、フェンさんどうしたんですか?」

「大丈夫?」

 悲鳴を上げさせている本人達の声は大変楽しそうである。まあ、それはさておき。

「でよ、真面目な話、コンビネーションってどうすんだ?」

「んー、エリアスが攻撃の中心だからねぇ……そこにもうちょっと集中させないといけないんだろうなぁ、って」

「べべべべべ……そ、そうですねえぇぇぇぇ」

 約一名を除いて、全員での真剣な作戦会議が執り行われる。大きな課題が見つかったのだ、こういう話をする必要はあるだろう。

「俺ももっと器用に動ければいいんだがな」

「そうだな……賦術とかどうだ。面白いぞ?」

「ふむ、賦術か……考えておこう」

 と言いつつ、賦術用の道具を装備出来る箇所がないのだが。

 鎧が厚すぎる、というのも考えものか。

「私は……光の妖精さんともっと仲良く出来れば良いのですが」

 ユカリも自身の立ち回りに思うところがあるようだ。

 光の妖精は確か、癒しの魔法を得意とする傾向があったか。

 今日の戦いは回復が追いつかなくなりそうな場面が多々あったので、それを受けての発言だろう。

「妖精……あー、そういやよ。妖精って穢れ嫌うよな?ユカリ、お前さんよく妖精使いになれたな」

「ユカお姉ちゃんのことは好きみたいだからねー」

「ええ、まぁ……歌っていたらいつの間にか仲良くなってたんですよね」

「一種の才能だな」

 もっとも、妖精使いは冒険者の中でも特殊な存在なので、専門外の人間から言えることはないのだが。

 妖精の協力を得る、というのは、普通に魔法を極めるのとは全く異なる努力が必要なのだ。

 故に真語と操霊の使い手からは、変わり者などと言われることもあるそうだが。

 実際他の魔法とはあまりにも勝手が異なるので、なんとも言えないところだ。


 と、雑談を交えつつも真面目に指針や目標を定めていって、一区切り着いた頃。

 エリアスが突然こんなことを言い出した。

「ところでよー。このパーティってリーダーいなくね?」

「そういえば。特に決めてなかったですね」

 フェンがそうじゃないのか、とも思ったが、彼女が自分からそう言った記憶はない。

 そして彼女が加わる前からも、パーティのリーダーというのは特に決めていない。

「多くのパーティでは、戦士か魔法使いがやってるって聞くね」

 アデリーがそう言った瞬間、全員が静まり返る。

 魔法使い、とはつまり、彼女自身のことである。

 そしてリーダーというのは、得てしてやりたがる者が少ないもので。

「魔法使い……」

「魔法使い、ね……」

 流れを察したユカリとエリアスがアデリーに圧をかける。

 よし、ここは黙っておこう。

「いや、ヤキトもリーダーの素質はありそうですね」

 と思っていたが、突然こちらに矛先を向けられた。駄目だったか。

「俺か?」

「そ、そうだよね!ヤキト、いつも先頭立ってるし!」

 ここぞとばかりに、アデリーが俺を推薦しだす。

 まぁ、立場や性格からいって、俺が適任なのはなんとなく気づいていたのだが。

 それに、元より騎士とは頼られるべき存在だ。リーダーという形でそれを実現するのも悪くはないか。

「皆が言うならいいだろう。迷惑をかけるかもしれないが、改めてよろしく頼む」

 潔く承諾すると、皆からささやかな拍手が送られた。

 もっとも、今まで居なくともなんとかなっていたので、変に特別な事をしようと意識する必要もあまり無いのだろうが。

 心持ちくらいは変えることにしようか。

「さて、風呂を上がって寝るとしよう」

 会議も終え、いい時間になったところで立ち上がり、湯船を出る。

「俺も上がるかなー。あ、ところでフェンは部屋どうすんのよ」

 エリアスも同じようにしつつ、ふとそんなことを。

 そういえば部屋も分けているのだったか。今日からは二部屋でもいい気がするが、そこはまあフェン次第か。

「……ユカリさん、布団って空いてます?」

「詰めれば入るんじゃない?」

「ですね。詰めましょう詰めましょう」

 どうやら一緒の部屋にするようだ。少しは距離が縮まるといいが。

 ……いや、距離自体はそれほど空いていなかったか。ならばより親密に、だな。

「こっちなら詰めなくても空いてるぜ?」

「おい」

 などと思っていたらこれである。この山羊は本当にどうしたものか。


 と言うかよく考えたら、俺は今後こいつらをまとめないといけないのか。

 そう思った途端、存在しないはずの胃が痛んだような気がした。

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