「おー、やるねぇ……」

 屋敷の門前に向かって、レジスタンスが矢を放つ。

 同時に射るのではなく、あえて間隔をずらすことで、少人数でも途切れること無く攻撃できている。

 こういうのを何て言うんだったか。だんだんうち、みたいな感じだった気がする。

「俺達もこうしてはいられんな」

「ええ。……それにしても、怖いくらいの連携ですね」

「あんな戦い方もあるんだねぇ……」

 皆に合わせて辺りを見渡せば、街の中でも戦いが始まっているようで。

 そこらかしこから爆音やら破砕音やらが聞こえ、煙が上がっている。

 どうやらトラップは無事に動作しているらしい。

 個人的にはああいう戦法はあんまり好きじゃないんだが。そうも言ってられないか。

「そんじゃ俺も、ちょいと本気出すぜ……メェェェェ!」

 突入前に獣化も行い、いつでも全力を出せるようにしておく。

 他の皆もそれぞれ準備をし、態勢が整ったところで、守る者のいなくなった屋敷を目指して突撃を開始した。


 そういえば獣化の際、妙にヤキトからの視線を感じた気がするが、何か気になることでもあったんだろうか。

 変身なんて珍しいもんじゃないし、そもそもこいつの前でも何回かやってるはずなんだが。


 ◇ ◇ ◇


 アノーシャグから聞いた話だと、一階は部屋らしい部屋はなし、地下は食料庫となっているらしい。

 つまり、何も気にせず真っ直ぐ二階に向かえば良いということだ。分かりやすくて大変ありがたい。

 実際、屋敷に入ってすぐに、二階から話し声が聞こえてきていた。将軍様がそちらにおられるようだ。

「俺が先行しよう」

 そう言ってヤキトが先頭を行く。こういうとき、固いやつがいると助か───

「───待て、罠」

「うおっ」

 ユカリも気付いたらしく、ヤキトの腕を引っ張って止めた。危ない危ない。

 いくら固いとは言え、罠を踏まれると困る。実際この間困った。俺が。

「罠で気付かれる可能性もあります。気をつけましょう」

「すまん、助かる」

 気を取り直して前進する。ほどなくして、執務室の扉の前に辿り着いた。

 声の感じからして、ここに誰かしらはいるはずだが。さてさて。

「随分と質素な鍵ですね。……覗き見、してみます?」

「だな。何話してんのかも気になるし」

 鍵穴から、そっと中の様子を窺う。

 そこには椅子に縛り付けられた老人と、細身でいけ好かない顔立ちの男。

 状況からして、前者が連れてこられたとかいう村長、後者が魔神将様ことアン・リブレだろうか。

「魔術師は街の方か……もしくは、どっかに潜んでる感じか」

 しばらく様子を眺めていると、男が老人に向かって話しかけだした。

 ……けど、何を言ってるのかわからん。共通語に近い感じがするから、恐らくはザルツの地方語なんだろうが。あいにくそっち方面の知識はさっぱりだ。

「私が交易共通語に訳します。なんとか同じ音で発声してください」

 どうしたもんかと顔をしかめていると、フェンがそう言って俺に耳を近づけた。

 おいおい、無茶言ってくれるなぁ。やってみるけどよ。

 なるべく丁寧に、しかし置いていかれないように素早く、そしてバレないようにこそこそと、聞こえた音と同じ音を口から発し続ける。

 それに続くフェンの翻訳で、話の内容が皆にも伝えられていく。

 内容はこんな感じだ。

『……しかし、まだ言う気はないのかね?その情報がどうしても必要なのだが。君達が守っているものなんて、もう何千年も前のものだろう?そんなものを頑張って守り続ける意味は最早ないのではないか?何千年も開いていないのだ。な、有効活用したほうがいい』

 情報?なんだこいつ、尋問でもしてるのか?

 老人が口を割らないのを見ると、教える訳にはいかない類の情報だろうか。

『まぁ、教えてくれないのならばしょうがない。 ……村の者達と、守護龍。戦わせるのも悪くはないかな?』

 黙りこくったままの老人に、今度は脅すような口調。

 そしてその言葉に、老人がびくついたのがわかった。

 守護龍とやらが何かは知らないが……とりあえず、聞いてて面白い話じゃないな。というか早くあいつをぶん殴りたい。

 聞き耳ついでに調べた感じ、頑丈な扉じゃあなさそうだし、俺なら蹴破って突入そうだな。

 いっちょやってやるか。どの道あいつはぶっ飛ばさにゃならんことだし。

 そんな訳で翻訳作業はこの辺にして、扉をぶち破ることを提案する。

 全員からの『行って来い』というサインを確認した後、即座にそれを実行に移した。

「こんばんはー、宅配便でーす!!」

「ん……ぐはっ!?」

 その勢いのまま推定アン・リブレの目前まで駆けつけ、ストレートをくれてやる。

 それを腕で受け止めた奴は、突然のプレゼントに感動したのか後ろに吹っ飛ぶ。

「お届け物はこちら、俺の拳で良かったでしょうかー?」

「なっ、何者だ……おのれ、魔神将ガルシア様に権能を授けられたこの私に、楯突くというのか」

 宅配物の確認をしてやるも返事は来ず、何やらぶつぶつと文句を言っている。

 ガルシア?聞いたことのない名前だ。まぁそんなことはどうでもいいか。

 距離を詰めてもう一発右ストレートをお見舞いしてやる。

 今度はガードせずに受け止めてくれ、受け身も忘れてそのまま壁まで吹き飛んでいった。喜んでもらえたようで何よりだ。

「痴れ者め、控えろ!」

 それなら更にもう一発、といこうとしたところで、突然目の前の空間に電撃が走る。

 一度下がってそれを回避。周りを確認すると、アン・リブレの横にいつの間にか一人の女が立っていた。

「アン・リブレ様はお逃げください。ここは私が」

「すまない、助かる……」

 こいつが例の魔術師だろうか。魔法で色々出来るのだとすれば、突然現れたことにも合点がいく。

 しかも自分が使ったであろう通り道を、アン・リブレの退路として再利用しやがった。なんというか、面倒くさい相手の予感がする。

「ただではおかないぞ、貴様ら」

 そんな魔術師様が置いてあった壺を杖で叩き割ると、中から犬のような姿の、しかし牛のような大きさをした何かが三体飛び出してきた。

「っ、気をつけろ!精神に悪影響を与えてくる面倒な魔神だ!」

 ヤキトが正体と特徴を教えてくれる。テラービーストと言う名前の魔神らしい。

 こいつら、こんな見た目でも魔神なのか。と言うか壺が好きなのかこいつら。この間のドラゴンモドキも壺からのご登場だった気がする。

 ……ま、んなことはどうでもいいか。

「気ぃそがれたお返しに、ぶっ殺してやるしかありませんなぁ!」

 俺の仕事は、とにかく敵を殴ることだ。死ぬまでな。


 ◇ ◇ ◇


「おらっ───ぁあ!気持ちわりぃ見た目しやがって……!」

 駄目だ、いつもの調子が出ねえ。開幕の三連撃が一発しか当たらなかった。

 当たった感じ、一発いいのが入れば一気に持っていけそうなんだが……

『───、──』

「『お褒めにあずかり光栄』、ですって」

 犬畜生が発した言葉をユカリが訳してくれた。この野郎、挑発とは随分余裕があるみてえだな。

「神よ、裁きを───!」

 そんな余裕綽々な野郎に、すかさずヤキトが魔法で衝撃波を放つ。

 それを受けた一匹が吹き飛び、横たわって動かなくなった。

 殴り一発と魔法一発でダウンか。どうも耐久力はそれほどでもないみたいだ。

「すまん、ダビディ……後は任せる」

 そうして俺達が犬と戯れている間に、将軍様がふっと姿を消した。

 くそ、もう一発くらい殴りたかったんだが。

「ええ、お任せを……!」

 ご主人様が撤退したのを確認してから、魔術師が魔法の詠唱に入る。

 すると目の前に、巨大な拳が現れ───そのまま真っ直ぐ突っ込んできた。

【ゴッド・フィスト】か。どうやらダビディちゃんは神官でもあるらしい。

「ぐぅ!?」

「……ッ、はァ!なかなかやるじゃねぇの……!」

 神の拳をモロに喰らった俺とヤキトが後ずさる。不味いな、魔法はヤキトでもそんなに耐えられない。

 いつも通りに庇ってもらってたら、おそらく普通に倒されちまう。

「い、急いで回復を!」

 そう言うユカリ本人の声も苦しそうだ。どうやら今のパンチに巻き込まれたらしい。

 初っ端からとんでもない魔法を使ってくるな、こいつ。

「エリアス!続いてください!」

「おうよ、行くぜぇ!」

 このままやられてばかりじゃいられない。前にも使ったフェンとの連携攻撃を次の犬に───

「ふんっ」

 一発目、ジャブが空を切る。

「はっ」

 二発目、左フック。これも外れ。

「っだぁ!!」

 三発目、避けられた拳が床に突き刺さる。不味い、想像以上にプレッシャーが重い。

「っ、苦戦させられるな!」

 空かしたところに来た反撃をヤキトが防いでくれる。回復も同時にこなしたようだ。

 しかし、二匹目はヤキトを抜けてこっちに飛んできた。避けきれず、腕を噛まれる。

 慌てて振りほどくも、牙の食い込んだ痕から、肉が焼けるような痛み。

 ただ噛みつかれただけじゃこうはならないはずだ。……さてはこいつ、毒も持ってるのか。

 どうにかして動きを止めないとジリ貧な気がする。アデリーあたりがなんとかしてくれないだろうか。

 ……そういえばアデリーがしばらく何もしていない気がする。あれ?最初に攻撃してくれてたよな?

 定位置であるユカリの隣をちら見してみる。

「……ひはをはみまひは」

 涙目になりながら、口を抑えている姿がそこに。

 ……後でお説教だな、これは。

「エリアス、もう一回!」

「おうっ、次は当てるぜ!」

 気を取り直して再びフェンとの連携。大振りに続いて三連パンチ。

 またも一発しか当たらなかったが、手応えありだ。まあまあ効いただろう。

 この調子で一匹ずつ始末していけばなんとかなる……か?

 いや、なんとかするしかねえんだけどさ。


 ◇ ◇ ◇


「……はぁ、はぁ……やったか」

「流石に……強敵でしたね」

 あの後もじりじりと削られる戦いを強いられたが、ギリギリのどころで相手のマナが先に尽きた。

 そこを一気に攻め入り、辛うじて全員に止めを刺すことが出来た。

 正直、三回くらい死にかけた。出来れば二度と戦いたくねえ。

「あ、ありがとうございます。もう少しで危ないところでした」

 椅子に縛られていた老人───かと思ったが、ドワーフか。いやドワーフにも老人はいるだろうけど。

「神へのきざはしの者か?」

「はい。近くの村で村長をやっております、ダン・ドンワです」

「無事でなによりです。お怪我はありませんか?」

「体の方は全く問題ないです……っとと」

 ダン・ドンワと名乗ったその男は、立ち上がって話を続けようとする。

 が、体が若干ふらついている。長いこと軟禁されていたのだろう。

「とりあえず出るか。戻って落ち着いてから話そうぜ」

 耳を澄まさずとも、外からは人族の歓声が聞こえてきている。

 あちらも戦いが終わったのだろう。という事は無事に作戦成功だ。

 最後に何か情報を残していないか、と屋敷の中を一通り確認してから、レジスタンス連中と合流し、共にアジトへ帰還するのだった。

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