「あ、アノーシャグさん。皆さん戻ってきましたよ」

 風呂を上がると食事が用意されており、フェンは俺達より先にその席についていた。

「報告書は出来上がったか、フェン?」

「は、はい?はい!えっと……ばっちりですよ!」

 椅子を引きながら何の気無しに聴いてみると、何故か一瞬動揺した後に、元気よく胸を張ってそう返してきた。

 ……やはり何か隠しているのではと感じるが、だからと言って堂々とそれを口にするのも憚られる。

 場の雰囲気を悪くしてしまう可能性もあるし、今はやめておくか。

「さて、あまり贅沢な物は出せなくて済まないが、まあ食ってくれ。

 アン・リブレさえやれればもっと良い物を出せるんだがな」

 全員が席に着いたところで、アノーシャグがそう言う。

 卓上に並んでいるのは、軍用食らしき箱。

「おー!いや、保存食よかマシですわ!ありがとうございます!」

「ですね。保存食以外を食べられるのはありがたいです」

 あくまで携帯性や保存性を優先したものなので、どうしても一般的な料理には劣ってしまうが、エリアス達の言う様に保存食よりはずっとまともな食事だ。

「俺はガムを頂こう」

 もっとも、俺は基本的に食事を取れない故、質の程は分からない。

 だからと言って何も口にしないのは物悲しいので、こういう時はガムや飴など消化の必要がない嗜好品を頂くことにしている。

 ……さすがに軍用のガムとなると、噛めればそれでいいだろうと言わんばかりな味をしているのだが。贅沢は言えない。

「さて、食べながらでいいから聞いてほしいんだが……明日の夜、早速決行しようと思ってる」

 既に味が無くなりかけのガムを噛んでいると、やがてアノーシャグがそう告げた。

 俺達五人の視線が、自然とそちらに向けられる。

 街で依頼を受けた時と同じ、仕事の話をする時の目だ。

「急だねー。でも、どうやるの?」

「なに、作戦は単純だ。奴はかつてディザ太守が持っていた屋敷にいることが分かっている。

 そこの守衛を俺達が誘き出し、その間にお前たちが突入して奴を叩きにいくのさ」

「おいおい、大丈夫かよ。そっちに負担行くぜ?」

 いわゆる陽動作戦、という奴だ。そして往々にしてこの戦術は、囮側の方がリスクや負担が大きいものである。

 しかしアノーシャグは、にやりとした笑みをエリアスに返してみせた。

「街中の戦闘であれば、こちらに有利がある。それに……」

 そして一枚の地図を取り出し、皆に見えるようにした。至る所にバツ印が付けられているのが確認できる。

「ディザの地図か。この印は?」

「聞いて驚け。このバツ印、全部トラップだ」

 そして再びのにやけ顔。これなら心配いらないだろう、と言いたげだ。

「……わぁ」

 ユカリが驚きと感心の混じったような声を上げる。

 実際、そうしてしまうくらいには数が多い。百を超えていそうな勢いだ。

 これ程の準備をする程度には重要な作戦、ということか。

「おー、かなり気合入ってんなぁ」

「ふんふん。一定以上は任せてしまって大丈夫そうだね」

「仕掛けるのは少し大変だったけどな。だが、これを上手く使えば、うちの連中も戦力差以上に戦えるはずだ」

 エリアスは楽しそうに、アデリーは真剣に地図を眺めて頷いている。

 冒険者である俺達も似たような事をする機会が無くはないが、ここまで本格的にやることは早々ない。

 相手より単純な頭数や戦力で劣ることの多い、ゲリラ部隊ならではと言えるだろう。

「……で、奴の居場所だが。屋敷から逃げてきた使用人曰く、二階の執務室にいるだろうとのことだ」

 街の中央付近、館らしき建物の位置を彼は指差す。

 その敷地はコ・クーレの物ほどではないが、邸宅としては充分大きい。

 あまり時間を掛けられない状況下で、そんな建物の中をじっくり探索しなければならない、というのは不安要素でしかない為、目的地がはっきりしているのは有り難い。

「ふむ。では俺達はそこを目指せばいいのだな」

「ああ。ただ……どうも最近、"神へのきざはし"ふもとの村の村長を連れてきたらしい。 何が目的かは分からんが、お友達になろうってんじゃなさそうだ」

「人質、か?警戒しとくに越したことはなさそうだな」

 相手も、ただ黙って敵を待っている訳ではなさそうだが。

 ただの人質目的か、それとも何か別の目的があっての拉致か。

 襲撃のついでにそれも調べないといけなさそうだ。

「それと、奴の側近の魔術師。ダビディ・アナにも注意が必要だろう」

「……奴と一緒に寝返ったというあいつか」

「……強いの?」

「強力な魔法を扱うと噂されていますね。単純な戦闘能力は姫様を上回る程だと聞きます」

 加えて更なる敵の情報。一人で待ち構えているとも考えにくいので、これもまた想定の範囲内の話。

 とは言ったものの、かの双子姫───ユカリと同等か、それ以上の妖精使いである───よりも更に上の存在が相手となると、少々気が重くなる。

「どうする?正直、延期するなら今のうちだが……」

 そんな雰囲気を察したのか、アノーシャグが作戦決行の最終判断を委ねてきた。

 が。

「延期したところで変わらんだろう。むしろ、俺達の到着が知られていないであろう今がチャンスだ」

 それは戦わない理由にはならない。他の四人も同意を示してくれた。

「オーケー、それじゃあ明日の夜に決行だ。今夜はよく休んでくれ」

 アノーシャグもまた、笑って返してくれた……と思った途端、ため息をついて不満げな顔をした。

 そのままこんな愚痴をこぼす。

「こういう時いつも思うんだが。ノーブルエルフみたいなのがぱーっと助けてくれないもんかねぇ」

「……なんぞそれ?」

 エリアスが首を傾げる。俺も聞いたことがない存在だ。

「魔法文明時代、ノーブルエルフという種族がいてな。種族、というのも憚られる半神的存在だったそうだ。 その体は絶えず輝き、病むこともなく、不老不死であったという」

「……ですが、魔法文明時代とともに滅びてしまった」

「ええ。貴族熱なる病に、ノーブルエルフも、それに連なる力をもつ者たちも倒れたと聞きます。だから今の時代にはいないのだと」

 続く説明に、ユカリとフェンがそれぞれ付け足す。二人は知っていたようだ。

「ほーん……まぁいいさ。居ないもんはしょうがねぇ、俺達で解決するしかねぇさ」

「うむ。やることは変わらん」

「そういうこったな。明日はよろしく頼むぜ、俺達も上手くやってみせるからよ」

 最後にそう言い残して、アノーシャグは食卓を後にする。

 それを見送った後、皆は食事の残りを食べきり、俺はガムを包み紙に吐き出して、今日のところは解散となった。


 しかしノーブルエルフ、か。案外、生き残りがどこかにいたりするのだろうか。

 例えば、食事中に部屋の隅で何故だか震えていたトマスとか。

 ……流石にないか。大方、明日の作戦での重役でも担っているだけだろう。

 であれば、後で彼の分もザイア神に勝利を祈っておいてやるか。

 そう思いながら、俺も部屋に戻るのだった。

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