「ところで……お前は風呂に入る必要があるのか?」

「ん?まぁ、汗はかかないが汚れはするからな。それでも娯楽の一つに過ぎんが」

「そういうもんなのか……」

「うむ。そういうものだ」

 脱衣所の前で女子二人と別れ、エリアスと浴室へ入る。

 流石に宿や公共の浴場ほど広くはないが、二人ならば窮屈しない程度の空間。

 壁越しに扉の開く音がしたので、おそらく向こうにはユカリとアデリーがいるのだろうか。

 離れた場所に行ったものだと思っていたが、これなら会話くらいはすることが出来そうだ。

 ……音を聞こうと耳を澄ませた訳ではなく、仕切りとなる壁の上部が開いている作りになっているだけだということは伝えておく。

「ねぇ。ヤキトはたしかに男性なんだよね?」

 湯船に浸かる前に身体を洗おうとしていると、壁の向こうからアデリーの声がした。

「ん?精神上はそうだが……それがどうかしたか?」

 身体的な都合上、フロウライトの性別は精神的な部分で判断されている。

 本人が男だと言えば男だし、女だと言えば女になるのだ。

 その気になれば、俺も今からでも女性になることが出来る。そのつもりはないが。

 さておき妙な質問である。分かりきったことを何故今になって訊ねたのだろうか。

「あー、いや……ラグナカングが言ってたことが少し気になって。 『美味そうな小娘が二人も』って言ってたじゃない?」

「……ユカリとアデリーじゃないのか?」

 そういう事か、と納得しかけたが、それはそれで何故気になったのか、という話。

 エリアスも俺と同じことを思ったのか、どうしてそんなことを、といった感じの声で二人の名前を出す。

 しかしアデリーの考えは違うようで、一呼吸置いてからこう告げた。

「魔神ってさ、穢れのない乙女を好むんだよね。 ユカお姉ちゃんだと、その条件に当てはまらないんだ」

「あぁ……連中、穢れは嫌いでしたね」

 当の本人であるユカリも納得したらしく、なるほどと相槌を打った。

 言われてみれば確かに、魔神の生贄として狙われることが最も多いのは、人族の女性だと聞いたことがある。

 もしも蛮族の女性でも良いのであれば、そちらにも同程度の被害が出ているはずか。

「ふむ……もしかして俺か?」

 そしてこの山羊は一体何を言い出すんだ。

「どういう理屈でそうなるんですか……」

 ユカリも同感のようである。呆れた顔をしているのが目に浮かぶ。

「一応その可能性も考えたけど……エリアスも蛮族だから除外していいと思うの」

「そうか。ううむ、こう見えても俺は中々の美形だと思うんだが」

「あはは……私達がどう、じゃなくて、魔神にとってバルバロスはおいしくないらしいから」

 アデリーが苦笑しながらそう言って、エリアスがである可能性も否定した。いやまあ分かりきっていた話ではあるが。

 しかし、そうなると……

「あとは……フェンさんしかいない、と」

「フェングぅ?いやいや、有りえんだろうよ」

 確かに消去法でいくとそうなるが……実際にフェンが女性であるかはこの場では知り得ないことだ。

 彼は中性的で整った顔立ちをしている。単純に女性と間違えられた、という可能性は、俺とエリアスよりかは高いかもしれないが。

「当事者抜きでは結論は出ないだろう。フェンも入れてまた話すとしよう」

「……そうだね。ヤキトの提案が正しいかもしれない」

 何より、こういった詮索は俺はあまり好みではない。

 どうしても気になると言うのであれば、本人に直接、でいいだろう。

 アデリーも分かってくれたようだし、この話は一旦終わりに……

「それにあんまり関係のない話だし、問題があるとすればぁぁああああ!」

「!?どうした!」

 しよう、と思った次の瞬間。アデリーが突然奇声を上げた。

 思わず身構え、普段帯剣している位置に手が動く。が、当然そこには何もない。

 何か起きたのであれば駆けつけねばならないが、流石に丸腰のままでは───

「あっ、ごめん。背中流してもらって気持ちよかっただけー」

「……そ、そうか」

「まったくもう。なんて声出してるんですか」

「しかたないでしょー、そこ気持ちいいんだって」

 ……忘れていたが、ここは浴室だ。当然向こうも身体を洗うなり湯船に浸かるなりしているだろう。

 危うくとんでもないことをするところだった。

「うっし、湯船に浸かるかぁ」

「……そうだな」

 ……まぁいい。話も一区切りついたことだし、落ち着いて湯を楽しもう。

 こうして皆でゆっくり出来る時間は、きっと、そう多くはないのだから。

「あ゛あ゛ぁ゛〜……よし、歌うか!」

 気分が良くなったのか、エリアスが遠吠えのような声で、ライカンの民謡だという歌を歌いだす。

 お世辞にも上手いとは言い難いそれを耳にしながら、そういえばこうして誰かと風呂に入るのは久しぶりだな、などと思っていた。

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