翌日。城に呼び出された我々は、それぞれの正装で向かうこととなった。

 俺は普段から身につけている騎士甲冑のままである。

 礼服の類は、どうも肌に合わない。

「うーん……人化していった方が良いですかね」

「俺もしとくか。あとはスーツを着とけばいいだろ」

 蛮族である二人は、人の姿を取ることにしたようだ。

 ……変化できる種族にとっての正装とは何であろうか。そもそもその様な概念は存在しているのだろうか?

 そんなことを考えつつ迎えの馬車を待つこと数分、予定通りにそれはやってきた。

 先に乗り込んでいたフェン(正装しているので今日はフェングでいいだろうか)と共に、王城───白鳥の城 "ルシーニュ"へと向かう。

 程なくして無事に辿り着くと、そのまま玉座の間へ案内された。

 ユカリとアデリーはこういった場は不慣れであったらしく、かなり緊張しているのがひと目で分かるほど顔と動きが硬くなっていた。

 二人はフェングに説明されながら、見よう見まねで跪き、頭を垂れる。

 アデリーはともかく、ユカリのこういった姿はだいぶ稀な光景だろうか。

 ぎこちなく振る舞う彼女達を眺めつつしばらく待っていると、やがて王女姉妹がお見えになり、二つ並んだ玉座にお掛けになった。

 双子の王女、ラフェンサ姫とコークル姫。

 王女にしてはとても若いことと、二人で王女の座に就いている、ということから、遠い地でもその名は知られていると聞く。

「どうぞ、皆様、顔をあげてください」

「はっ」

「は、はいっ」

 コークル姫の言葉に対して、ユカリの反応だけ遅れて聞こえた。

 普段は冷静沈着な彼女がこうも慌てていると、別段危険な場面でないと分かっていても不安を感じてしまうのだから不思議なものだ。

「皆さん、そう緊張なさらなくてもよろしいのですよ?皆さんの働きがなければ、より多くの国民が犠牲になっていたことでしょう」

「人々を救えたことは、ザイアの騎士として喜ばしい限りです」

「そのように仰ってくださるような人が、私達の味方でいてくれることは、大変に喜ばしいことです」

「……勿体なきお言葉です」

 続く対話は、一番慣れているであろう俺が引き受けることにする。

 冒険者としてはここまで畏まる必要はないのだろうが、俺は騎士の身分でもある。

 失礼の無いように振る舞うことを心掛けねば。

「姫様、このような素晴らしい方々に褒章を賜って頂きたく。何卒」

 頃合いを見計らって、フェングが褒章についての交渉をし始めた。

 正直、我々からでは切り出しにくい話だったのでとても有り難い。

 フェングの言葉に、二人の姫は昔を懐かしむような表情をお浮かべになった。

「……思えば、長いこと助けられてきました。ザイアの神官騎士の皆様にも、エリアスさんの……もう何代になりますか」

「それに、このような素晴らしい妖精使いの方まで。幸せですね、私達は……あ、エリアスさんの所は御父上からなので二代目ですよ、ラフェンサ」

「あら、そうでしたか。……まぁ、それはさておき」

 ラフェンサ姫が近くの従者に目配せすると、彼は下がっていく。

 しばらくして、その従者が箱を持って戻ってきた。

「こちら、姫様からです。お受け取りください」

 差し出されたその箱を受け取る。

 普通の依頼であればすぐにでも中身を確認するところだが、今は王女の目の前である。そのような真似は出来るはずもない。

 後でゆっくり行うこととして、とりあえずは礼をしなくては───

「お……姫様!」

 ───そう思った次の瞬間、フェングの口から驚きの言葉が飛び出した。

「人の心につけこみ唆す魔神達のやり方、あまりに目にあまります。どうか、魔神達の根源を断つ旅に出ることをお許しいただきたく」

 ……さて、この場合はどうしたら良いものか。

「あまりに危険です。生きて帰れる保証など……いえ、生きて帰れない可能性の方がずっと大きいのですよ?滅多に言うことではありません」

 すかさず立ち上がったラフェンサ姫が反論を述べる。当然の反応だ。

「承知の上です」

 しかしフェングの決意も固いようだ。その目に、言葉に、一切の迷いは見えない。

 なんとなくだが、許可を得られずとも勝手に出ていく気がする。

「……少し考えさせてください」

 感情を露わにしているラフェンサ姫とは対称的に、コークル姫は静かに、真剣な眼差しで我々を見つめる。

 どうやら何かお考えになっているようだ。こちらは交渉の余地あり、といったところだろうか。

「ではどうでしょう。フェング様の護衛として、その旅に同行するというのは」

 すると俺よりも先に、エリアスが間に割って入った。この様な状況でも躊躇わない、高い行動力は彼の持ち味だ。

 コークル姫は最初からそのつもりでおられたのか、エリアスにこう返した。

「……無理は承知ですが、それ以外、今のところ回答が出せません」

「お姉ちゃん、それは」

 ラフェンサ姫は慌てたままのご様子だ。口調や所作が若干崩れている。

 まぁ、ここまで来たら黙って帰るつもりもない。俺も申し出ることにしよう。

「突然伯爵とのつながりが切れた今、魔神側にも多少の隙ができている可能性があります」

「それに、私達も魔神の根源を断ちたいという気持ちは同じ。お許しいただけますでしょうか」

「ええ。そうですね、今をおいて反撃のチャンスはありません」

 エリアスとコークル姫が続き、そしてラフェンサ姫の様子を窺う。

 これで反対派は彼女だけだ。少々卑怯かもしれないが、これで却下の判断を下すのはかなり難しい状況になった。

「……ユカお姉ちゃんは、どうしたい?」

「私は……いえ、私も着いて行きたいです」

 ユカリとアデリーもこちら側に付いたようだ。微笑みながら手を取り合っている。

 自分以外の全員が賛成派に回ったのを見たラフェンサ姫は、軽くため息を付いてから我々にこう告げた。

「……分かりました。どうか私達の……私達のフェングを、よろしくお願いします」

 そして、深々と頭を下げる。そこに居たのは姫などではなく、弟分を心配する、ごく普通の少女であった。

 最初から守るつもりであったが、こう言われてしまっては、より一層気を配らなければなるまいか。

「承知致しました。必ずや、チャンスを手に」

 そう言って我々も一礼した後、フェングを連れて王城を出ていくのであった。



 こうして我々の、長い長い旅が幕を開けることとなった。

 もっとも、俺に限って言えば目的はもう一つあるのだが───

(あいつと……我が親友と、再会する機会があるかもしれんな)

 ───まぁ、これは心の中に秘めておくとしよう。一番の目的は打倒魔神軍だ。

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