参
通路は幅四メートル程とやや広いが、あるのは下へ続く階段だけだった。
ヤキトを先頭にして、その後ろにエリアス、フェンさん、アデリーと続き、私が殿を務める。
途中でエリアスが毒ガスの罠を起動させてしまったが、素早く退避出来たため、被害者はエリアス本人のみ。
致命傷にも至らなかったので、ヤキトの神聖魔法と私の救命草で全快させることができた。
突き当りの扉にも同じく罠が仕掛けられていたが、こちらは起動前に発見・解除することに成功。
ここまでしているということは、この扉の先に決定的証拠がある、と見て間違いないだろう。
「……よし、開きました」
罠の解除に続いて鍵も外し、そっと中の様子を伺う。
壁際は本棚で埋め尽くされ、部屋のあちこちに得体の知れない薬が入った壺が並んでいる。
棚の本は、よく見ると魔神に関する書籍のようだ。こんなものを持っていたら魔神と関わりがなくとも処刑は免れないだろう。
とまあ全体的に、正直見ていて気味が悪い。あまり長居したくないタイプの部屋だ。
「なんと言うか……悪趣味ですね」
「全くだ。これだけで充分な証拠になるだろうな」
最深部に到着し、黙っている必要のなくなったヤキトが私の発言に同調した。
うちのパーティの中でも人一倍正義感の強い彼のことだ、伯爵を斬ることにもはや躊躇いはないだろう。
ともかく、まずは詳しく調べるために部屋の中に入っていく。
すると中央のテーブルの上に、手紙をひとつ発見した。
フェンさんがそれを手に取り、内容を確認する。
「これは……交易共通語か。フェンディルによる反撃の計画について書かれていますが…… 関係者しか知らないレベルの情報ですね。宛先は、"魔将軍アン・リブレ"」
言いながら、手紙の文面を見せてくれる。宛名のところには、確かにその名前が書かれていた。
アン・リブレと言えば、人族でありながら魔神に加担している裏切り者としてそれなりに名が知られている。
魔神軍の侵攻当初、善戦していたルキスラが押し込まれたきっかけを作った男であり、長いこと続いているこの戦争の原因のひとつ。それが奴だ。
手紙の右下にある印は、これを伯爵が書いたという証明。
これを王城に突き出せば、伯爵は詰みとなる。
「確定、だな」
ヤキトのその言葉に、背後から反応する声があった。
「そこまでだ、諸君」
「……ふぅ、なんだ?裏切り者」
「裏切り者。なるほど。なんとでも呼ぶがよい」
振り返るとそこには、コ・クーレ伯爵ご本人が待ち構えていた。家を留守にする、というのはブラフだったらしい。
「私を嗅ぎ回っているネズミがいると感じていたところで、インプの定時連絡の途絶。 何があったか確認しに戻ってみれば……このようなことになっているとはな」
「……会えて嬉しいぞ、伯爵殿」
ヤキトが鞘の剣に手をかける。不審な動きを見せたら、すぐにでも斬りかかるつもりだろう。
「姫様を害するそなたの行い、許せぬ。せめてもの情けだ、この場で投降するのであれば、姫様に減刑を要求してやろう」
死刑の仕方が緩くなるだけかもしれんが、と続けて、フェンさんがフードを外す。
エリアスもそれに続き、待ってましたと言わんばかりに臨戦態勢を取っていた。
こうなっては手遅れな気もするが、一応穏便に済ませたいという姿勢は見せておくべきか。
「というわけで、投降をお勧めしますが」
「ふん、なめるなよ───お前達全員、私の爪の錆にしてくれる!」
私の勧告も虚しく、伯爵は応戦の意を示した。
両腕の包帯を取り去ると、その下から不気味な色と形状をした、魔神の爪が現れる。
「コ・クーレ!貴様は姫様も魂も……その肉体をも魔神に売ったのか!」
伯爵の腕を見たフェンさんが怒りの声を上げる。剣を構える手に、より一層力をこめたのがわかった。
さて、どうやら本当に【デモンズクロウ】を使っていたようだ。となると伯爵本人も脅威足り得る。
爪はもちろん、召異魔法もそれなりに使えるということだからだ。
ここまで来ると、実質魔神と言っても過言ではないだろう。
更に、伯爵の言葉に反応してか、壺のひとつからなにかが飛び出した。
五十センチにも満たない物体───と思ったが、それは急速に膨張し始める。
部屋に散らかる本や机を押しのけ、最終的に全長五メートルほどの巨体となったそれを、私は改めて見つめ直す。
「……ラグナカング、ですか。醜悪なあなたにお似合いのペットですね」
天井まで届いている首を揺らしながら、竜の如き魔神はこちらを睨み返す。
牙には猛毒、尻尾には麻痺毒。大きな翼では避けるのが難しい打ち付けを繰り出す、凶悪な魔神。
幸い天井が低いお陰で空を飛ばれることはなさそうだが、それでも手強い相手だ。
どうしたものかと考えていると、ラグナカングの下卑た笑いが聞こえてきた。
『美味そうな小娘が二人もおるわ……けひひ』
「うわっ……」
魔神語なんて勉強するんじゃなかった、と割と真面目に思った。理解できないほうがいい言葉もこの世にはある。
横にいるアデリーに至っては軽く震えている。そういえば彼女も魔神語を理解できるのだった。変なトラウマを植え付けられてはいけない、あの口はさっさと閉じさせなければ。
「やはり荒事になったな」
そんなことを考える私を尻目に、ヤキトが鞘から剣を抜く。
その音が開戦の合図となり、全員が一斉に動き出した。
◇ ◇ ◇
「───ふんっ!!」
ヤキトの鋭い一撃が、ラグナカングの胴体を斬り裂く。
『が───!?』
直前にフェンさんの【パラライズミスト】と、エリアスの三連撃を喰らって体勢を崩したのだろうか。
避けるのに失敗し、急所へ直撃したようで、胴体の動きが大きく鈍った。
『おのれ、調子に乗りおって……!』
しかし依然、倒れる気配はない。身体が大きい魔物や魔神は、頭部や心臓のような部位を叩かないと致命傷にはなり得ないのだ。
それに、こいつは神聖魔法を行使できる。
完全に死亡していなければ、【アウェイクン】で損傷した部位を復活させることが可能だ。
実際にそうしたようで、魔神語による詠唱が完了すると、胴体が動きを取り戻した。
「【アウェイクン】か。ならばもう一度斬るだけだ」
ヤキトが再び剣を構えようとするが、それより早くラグナカングの尻尾がエリアスを襲う───
「やらせんよ」
───が、それに素早く反応し、身体で受け止める。
麻痺毒を含んでいるため、本来ならば危険極まりない行為だが、フロウライトである彼には何の問題もない。
「おいおい、頭に血が上ってんじゃねぇか魔神さんよ?」
「まったく、前衛が頼もしくて助かりますねぇ」
後衛である私からすれば、これ以上有り難いことはない。
「私からも、プレゼントをあげましょう」
前衛に余裕があるということは、補助の必要性が薄いということ。私も攻めの手を打つべきだろう。
風を司る妖精の力を借りて、【ウィンドカッター】をラグナカングの巨体に二発、伯爵にも一発撃ち込んでやる。
起きてそうそう申し訳ないが、前衛のために頭を下げてもらう必要がある。
そのためにも、胴体は再起不能でいてもらわないと困るのだ。
風の刃を喰らった胴体は再び動きが止まり、今度こそ全身が倒れ込む。
頭の高さが、無事ニメートルほどまで下がってきた。
「という訳でみんな、がんばって!」
私が攻める一方で、アデリーは皆に深智魔法の【タフパワー】を行使する。
身体が強化され抵抗力が上がるため、毒や魔法が効きにくくなる。なるほど、やはり彼女は賢く優しい子だ。
「このペースなら、勝てそうですね」
「ああ。いい流れだ」
開戦前はどうなるかと思っていたが、これならなんとかなりそうだ。
相槌を打つヤキトの声にも余裕が感じられる。
「よしっ、このまま畳みかけますよ!」
フェンさんが突っ込んで、剣を大きく振りかぶった。降ろされた頭を狙われたラグナカングは、それを避けようと動きに注視する。
「おら、いくぜいくぜいくぜ!」
その隙をついて、エリアスが再び三連撃を繰り出す。即席だのに見事な連携だ。
奴はかろうじて二発を喰らうに留めたようだが、長くは保たないだろう。
「これ以上、好きにはさせぬ……!」
一方的な展開に苛立ちを隠せていない伯爵が、腕から魔法の衝撃波を放つ。
召異魔法の【アストラルバースト】だろうか。確かに強力な魔法ではあるが───
「っ……その程度の魔法では、私達は倒せませんよ!」
「なっ……これを防ぐのか!?」
アデリーのお陰で抵抗は容易くなっている。奥の手があまり効いていないのを見て、伯爵は驚愕の表情を浮かべた。
しかし完全に遮断出来ている、ということはなく、ダメージは確実に通っている。
光の妖精魔法【アドバンストヒーリング】で手早く回復を済ませはしたが、私のマナにそれほど余裕はない。
そう何度も同じことは繰り返せないとなると、長期戦に持ち込まれるのは避けたいところだ。
そうなると、有利を取れているうちに速攻を仕掛けるべきか。であれば、どの程度叩けば倒しきれるだろうか。
そう考えた私は少し集中して、奴に関する知識と、この戦いで与えたダメージを照らし合わせ始めていた。
さて、頭脳労働担当の力の見せ所と行きましょうか。
◇ ◇ ◇
「───これで終わり、ですね」
「ぐっ、あぁ……」
瀕死の伯爵に、ユカリが【ウィンドカッター】で止めをさす。
ラグナカングの頭を総攻撃した後、エリアスが伯爵に対して強烈な一撃を放ち、押し切る形での勝利となった。
……もっとも、俺は魔法の行使に失敗した上、剣撃も深手を負わせるには至らなかったのだが。
騎士としても神官としてもあるまじき失態だ。精進しなくてはならない……
という反省会はさておき、伯爵の身体を調べなくては。何か重要な品を所持している可能性もある。
俺がそうしていると、背後から皆の会話が聞こえてきた。
「それ、幸運の首飾り?なんでそんなの持っているの?」
「あぁ、これは頂きものです。大切な人からの」
「大切な人……ちょくちょく話に出て来る姫様、か?」
「えっ?……ええ、まぁ。騎士になった時に、ですね」
どうやらフェンの首飾りについてのようだ。なるほど、姫様からの頂き物であれば身につけておくべきだ。
フェンの姫様に対する忠誠と、姫様のフェンに対する信頼を感じて、素直に羨ましく思った。
「いい姫様じゃないか」
「ええ、素敵な姫様ですよね!」
俺の言葉を聞いて顔を綻ばせる。こういうところが姫様に好かれているのだろう。
戦いの様子からして剣の腕も悪くない。将来有望な同僚に出会えて嬉しい限りだ。
「……アデリーの方が可愛いですもん」
ユカリが何か呟いているような気がしたが、調べるのに集中していてそれは上手く聞き取れなかった。
何か大事な話でなければいいのだが。
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