フェンに続いて店を出た俺達は、集合時間まで事前調査を行うことにした。

 敵の情報と立地の情報、そしてそれらを元に、必要となりそうな対策を練る。

 冒険者の常識であり、これを怠る奴はあまり長生き出来ないとされている。

 ……正直面倒くさいしさっさとぶん殴りに行きたいが、そうしようとすると他の三人がうるさいので仕方ない。

「さてと、俺は会場の下見に行ってきますかね」

 そういう訳で、伯爵本人の情報を仕入れるのはヤキト達に任せ、俺は一人で屋敷へ向かっていた。

 守衛に気づかれないように、物陰に潜みながら屋敷の周囲を確認していく。

 屋敷には正門と裏門があり、それぞれに守衛が配備されている。屋敷の奥行きはおよそ七、八十メートルほど。

 門以外に入れそうな場所は見当たらないし、塀を超えるのも中々難しそうだ。となると、あの守衛をどうにかしなくちゃならねえか。

 そこまで確認したところで、不自然な点に気づいた。

 守衛が全く───本当に全く、動いていない。

 今は気温が高い時期であり、金属製の全身鎧を日中に着ようものならば、あっという間に暑さでやられてしまう。

 だと言うのに、奴らは交代や休憩を行う様子もない。ルーンフォークだってここまでの長時間労働は嫌がるはずだ。

「ははっ、随分と仕事熱心な事で……こりゃ黒かねぇ」

 伏兵が人間でない可能性もある、とフェンは言っていた。これはおそらくだろう。

 受けすぎて飽きつつある魔神退治でも、こういう形であれば大歓迎だ。

 そんなことを思いながら、俺は一旦引き上げることにした。


 ◇ ◇ ◇


 約束の十二時間後。再び五人が揃い、情報共有を行っていた。

 ヤキト達の調査結果もまた、きな臭さを感じるものであった。

 伯爵は以前まで儲かっていなかったはずだと言うのに、最近突然生活が楽になったらしい。

 使用人には暇が与えられ、しかも賃金が増えている。

 なにか大功績を収めたのであれば納得出来なくもないが、そういう話は聞かなかったと言う。

 そして極めつけは───

「……両手に包帯、か」

「ええ。おそらく【デモンズクロウ】を使っている、ということかと」

 自身の身体を変形させて武器として扱う、召異魔法の中でも特に禁忌とされているものだ。

 魔神と内通しており、守衛にもおそらく魔神を配備していると来れば、そういった魔法を使うことが出来ても不思議ではない。

 また、花の導き亭の店員からは『フラーゲンが落とされた直後あたりから急に羽振りがよくなった』という話も聞けた。

 フラーゲンはついこの間魔神の奇襲を受け、支配下に落とされた街だ。

 その際、こちらの動きを攻め方をされた、と聞いている。

 ここまで来るともはや疑いの余地はない。

「さて、フェン。これから開始か?」

「ええ、いよいよ。……正直、濡れ衣であってほしいのですが、皆さんの話を伺うにそれはなさそうですね……」

 残念そうな表情のフェンを先頭に、俺たちは屋敷へ向かっていった。

 俺としては、ようやく本編が始まってワクワクが止まらないって感じなんだがな。


 ◇ ◇ ◇


 裏口に回り、守衛の姿を確認する。昼間に居た者と全く同じ外観であることから、おそらく同一人物───いや、同一魔神か。

「こんなに仕事熱心とは……そんなに給料がいいのかねぇ」

「どうしましょうか?見た目だけでいえば、かなりのやり手に見えますが……」

 フェンは若干不安そうにしている。剣の訓練をしているとはいえ、実戦経験はあまりないのだろう。

 まぁ、あれが本当にやり手の守衛かどうかは大変怪しい訳だが。

 とは言え万が一本当に人だったら面倒だし、魔神であったとしても真正面からやり合うのはあまり得策ではない。

「うーん……ユカリ、魔法でなんとかできるか?」

「えぇ。ただし、声を出したら効果が切れるやつですが」

「オーケイオーケイ。それじゃ、暗殺と行こうじゃねぇか」

「了解です。では」

 そんな訳でユカリに頼み、妖精の助けを借りることにした。

 妖精語であろう言葉で小さく呟くと、先程まで金属の擦れる音を立てていたヤキトとフェンの鎧が静かになる。アデリーも同様に、衣擦れの音すらしなくなった。

 俺とユカリ本人は対象に含まなかったようだが、どちらも隠密行動は得意としているので魔法がなくてもなんとかできる、という判断だろう。

「オッケーです。では行きましょうか」

 ユカリの小声に、魔法を行使された三人がハンドサインなどで応答する。

 声を出すことが出来ないのはやや面倒だが、冒険者ならば手や視線だけで意思疎通を行うのはそう難しくない。

 そうして五人で、物音一つ立てることなく守衛の死角へ潜り込んだ。

 そのまま、この位置からならばこのまま奇襲を仕掛けられると踏んで実行に移す。

 俺、ヤキト、フェンからの一斉攻撃を受けた守衛は、声を上げる間もなく絶命した。

 ……呆気ないな、おい。弔いついでに顔ぐらいは確認しておくか───

「……っ!」

 そう思って死体に触れようとした、次の瞬間。

 声をあげそうになったのか、フェンは口に手を置いてなんとかそれをかき消した。

 まあ、そうなっちまうのも無理はないだろう───人間の死体だと思っていたそれは、別の何かに変わっていたからだ。

 一応死んではいるようだが、何者なのかわからないので、改めて確認をする。

「……インプですね、下位の魔神です。おそらく変装魔法の類をかけられていたのかと」

「ははっ。やっぱ黒だったな」

 俺と一緒にをじっと見つめていたユカリが、それの正体を口にした。

 変装した魔神が屋敷の警備をしていた。これは動かぬ証拠として充分すぎるだろう。

 そんなインプの死体から、今度はフェンが何かを見つけたらしく手を振ってアピールした。

 ありゃあ……鍵か。俺かユカリの肩を叩く、とかしてくれりゃあ喋って全体に伝えるのに……

 と思ったが、ユカリがさっき使った魔法、意図的に音を立てるのもアウトなんだっけか。便利な反面制約もそこそこ厳しいな。

「よくやった、フェン。……さて、どうせ表のもインプだろうし、今のうちに殺っておこうか」

 手柄を褒められて嬉しかったのか、フェンは微笑みながら頷いた。

 ……正直可愛いと思う。これで女だったら、男がこれでもかってくらい寄ってくるんじゃないだろうか。

 それはさておいて、表の守衛二人も同じように奇襲してやると、やはりインプに姿を変えた。

 一匹なら何かの間違いだ、と言えたかもしれないが、これはもう無理だろう。

 死体の片付けは後に回し、屋敷への侵入を目指すことにした。


 ◇ ◇ ◇


 フェンさんの情報を元に描いた見取り図を参考に、私達は使用人が使う裏口へと回った。インプが持っていた鍵で扉を開け、ゆっくりと建物の中へと入り込む。

 少し進んだところで、部屋から寝息が聞こえてきた。どうやら使用人の寝室のようで、覗いてみると二人ほど眠っているのが確認できる。

「使用人は……スルーでいいか?」

「ですね。そうしましょう」

【サイレントムーブ】がなくとも、寝ている一般人を暗殺することは難しくない。

 しかし現状では、明確に黒とわかっているのは伯爵だけだ。使用人まで殺すことはないだろう。

 何より、私はあまり人を殺すのは好きではないし、得意でもない。

 後ろの三人にも一応確認をとった後、そのまま寝室を過ぎて、廊下の突き当りにある衣裳部屋に入室した。

 この部屋の隣はトイレなのだが、どうにも部屋の間に不自然な空間があるのだ。

 調べるのであればこの部屋だろう、ということで、早速床や壁を調べていく。

「んー、ここではなさそう……ですかね」

 しかし、何も見つけられないまま十分ほどが経過していた。

 もしかしてトイレ側か、あるいは二階からこの空間を見てみるべきか?

 そう思い始めたタイミングで、エリアスが何かを見つけたらしく声を上げた。

「なぁ、ここ。足跡が少なくねぇか?」

「……確かに。なにかありそうですね」

 エリアスが示す箇所を確認すると、言う通り足跡が明らかに少ない。

 何故そうなっているのだろう、というのも気になるが、とりあえずはその付近だけに探索箇所を絞り、改めて調べていく。

 しばらくして、その部分の壁面にスイッチを発見した。

 壁を叩いた際の反響音や部屋の構造からしても、隠し通路があることは間違いないようだ。

 念のため罠では無いことを確認してからスイッチを押してみると、壁の一部が音を立てて動き出し、通路への入り口が現れた。

「しかし分かりづれぇな……というか、なんで最初に気づけなかったんだろうな」

 エリアスの言葉を聞いたアデリーが、ペンを取り出して何か文章を書き出した。

 丸っこく可愛らしいその文字で、こう書かれている。

『これ、【バッド・イメージ】だと思う。スイッチの辺りに人が近づかないように、魔法をかけてたんじゃないかな』

【バッド・イメージ】。確か深智魔法の一つだったか。

 対象となった空間から嫌な雰囲気が発され、術者以外は無意識にそこを避けたくなってしまう……という、味方にすると頼りないが、敵に回すと面倒な魔法である。

 今回のように、そもそも使われていることに気が付けない場合が多いのだ。

 では何故彼女が気づいたのかと言えば、彼女もまた魔道師ウィザードであるからというのと……可愛くて賢いからだろう。うむ。

「なるほど。アデリーは頭が良いですね」

 名推理を披露した彼女の頭を軽く撫でると、嬉しそうな顔をしてみせた。

「伯爵様は随分と魔法が達者なようで……」

「しかもかなり慎重ですね。……まぁ、魔神と内通するとなれば当たり前かもしれませんが」

 実際、下級と言えど深智魔法を使える、というのはだいぶ厄介な話である。

 それが何を意味するかと言うと、相手は真語魔法と操霊魔法もある程度使えて、かつ魔法に関する知識もそれなりに持ち合わせているということだ。

 そうなると、この先も同じように魔法で細工を仕掛けられていても不思議ではない。

 その手の罠が多くないことを祈りつつ、とりあえず今は開かれた通路へと歩を進めるのであった。

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