窮鼠神を噛む

「ふぅ……こんな空気も、少しは慣れて来ましたかね」

 冒険者の店で食事を取りつつ、俺はそう呟いた。


 ここ数年、街全体の雰囲気は変わりつつあった。冒険らしい冒険の依頼はなく、やれ「魔神を倒してくれ」だの「あそこへ援軍として参加してくれ」だのと、軍隊の様な仕事ばかりが店の求人用掲示板を埋め尽くしている。

 今食事をしているこの『花の導き亭』も殺伐とした雰囲気となっており、店名からは遠くかけ離れた有様である。

 飯が不味く感じるのはそのせいだろうか、それとも単に料理人の腕が落ちただけだろうか。

 そんなことを考えていると、店に新たな客が一人訪れた。

 フードを目深に被り、表情を隠したその人物はまっすぐ店主の元へ進んでいく。

 しばらく会話したのち、店主がこちらに向かって来た。どうやら仕事の話らしい。

「君達向けに仕事だ。詳しくはフェンさん……彼から奥の部屋で聞いてくれ」

 それだけ言うと、店主はすぐに戻ってしまった。フェンと呼ばれた男は無言でこちらを見つめている。

「依頼か、話を聞こう」

 ヤキトはそう言って席を立った。コバルトブルーに輝く晶石の身体と、金属鎧が反射していた光が揺れる。

 騎士神ザイアの聖印を首に下げている奴は、いわゆる神官戦士、もとい神官騎士だ。

 困っている人間を無碍に扱う、などという選択肢は存在しないんだろう。

「まあ、聞きはしますが……」

 続けてユカリも席を立った。蛇のような下半身をゆらゆらとさせながら、ヤキトの後を追っていく。

 その後ろを私も私も、とアデリーがにこにこしながらついていく。その光景は仲睦まじい姉妹に見えなくもない。

 もっとも、ラミアとエルフでは成人年齢も寿命も違うんで、歳が近いからといってそういう扱いをして良いのかどうかは微妙なところだが。

「俺も行きましょうかね」

 俺もまた、頭に生えている山羊角を店内の装飾にぶつけないよう気をつけながら、皆の後を付いていった。

 人化して無くなっちまうと寂しいが、あったらあったで邪魔になりがちなのは困りもんだな、などと思いながら。


 個室に入った俺達は、円卓の席に着いた。

 こちらの顔を見回した後、フェンと名乗った男が真剣な表情でこう告げる。

「まず、話の前に……今回の依頼は、解決するまでは他言無用の話となります。約束していただけますか?」

 報酬は一人二千ガメルです、と言い足して、再びこちらの様子を窺う。

 どうやらこれだけの情報で受けるか受けないかを決めろ、ということらしい。

「他言無用、ですか。それほど重要な依頼で?」

 俺の問いにフェンは無言で頷く。肯定の意志表示だろう。

「……無実の誰かを傷つけるもの、ですか?」

 ユカリが不安げな声と表情で訊くと、今度は首を横に振った。

「そうではない……と、考えています」

「どのようなタイプの依頼か、ぐらいは教えてほしいのだが」

「タイプ……うーん、護衛依頼、でしょうか」

「ふむ、護衛か……」

 ヤキトの問いには少し考えてから答えた。

 明確に何をして欲しいか決まっていないのか?

「護衛ですか。なら私は受けますよ」

「ユカお姉ちゃんが受けるなら、もちろん私も受けるよ」

 しかしユカリとアデリーは二つ返事で承諾し、残った俺たち二人の方を見つめる。

 もう少し話を聞きたいと思い、俺は追加の質問をした。

「二千ガメルか、まあまあだな……依頼の内容もそれ相応なのか?」

「相応より若干上です。ただし、別途成功報酬が……恐らくは出せます」

「ほぉー……なるほどなるほど」

 恐らく、という言葉が少し気になるが、まあ報酬が増えるのは悪いことじゃあない。

『どうする?』という意図でヤキトに視線をやると、奴は小さく頷いた。

「俺は受けよう」

「分かった。俺も受けるとしよう」

「……ありがとうございます」

 全員から承諾を受けて、フェンは安堵の表情を浮かべた。

 そしてすぐに、依頼の詳細内容の説明に入る。

「まず、この国の情勢は大体ご存知かと思いますが───」


 ◇ ◇ ◇


「───以上です。何か質問がなければ、十二時間後にこのお店の前で待ち合わせで」

 一通り説明し終わったフェンは、改めて四人の顔を見回す。

 説明によると、コ・クーレ伯爵が容疑者その人であり、今日からしばらく屋敷を留守にするらしい。

 その間に屋敷に忍び込み証拠を掴みたいが、潜入や魔法は得意ではないため同行して欲しい、とのこと。

 途中、魔法についてかなり疎いのだとわかる発言や、魔神を封印できる道具について知らなかった素振りを見せるなどもあったが、まあ依頼に支障はないだろう。

 そもそも冒険者か専門家でもなけりゃ、そういう知識を得る機会なんて早々ないだろうしな。

「依頼についての質問はない。……が、最後に1ついいか?」

 しかし、それらとは別に懸念点があったらしいヤキトがまたも質問を口にした。

「はい、なんでしょう?」

「依頼の内容が内容だから、無理に言わなくてもいいが……自分の身分は明かさないのか?」

「……あっ」

 どうやら予想外の質問だったらしく、硬直してしまう。

 今までの様子から察するに、おそらく天然な性格なんだろう。可愛いなおい。

 そんな彼はしばらくあたふたとした後、覚悟を決めたのか、被っていたフードを外してゆっくりと顔を上げた。

「……ほぉー、これはこれは。大物さんじゃあねぇですかい」

 そこにあったのは、商業大臣であるベールゼン公爵の息子、フェング・ベールゼンの顔。

 そんな人物が何故自ら潜入任務に赴くのかはわからないが、どうも大事の予感がする。久々に楽しくなりそうじゃねえか。

「な、何かあったら責任が……」

「ははは!何言ってんだ。俺らが失敗したりなんかあった時は死んだ時だぜ?」

「……はぁ。気楽というか、なんというか」

「これくらいでいいんじゃない?今の時代なら、特に」

 狼狽するユカリへ、アデリーと共に軽口を叩く。フェングはそれを眺めつつ、再びフードを被った。

「ということで、よろしくお願いします。……名前を呼ぶ時も『フェン』でお願いします」

「そうか、了解した。『フェン』」

 ヤキトの返事に口元を緩める。顔立ちが良いこともあり、とても絵になる表情である。

「では、私はこれで。夜にまた会いましょう」

 嬉しそうな顔のままそう言ってから、フェンは一足先に去っていった。

 足取りが軽く見えたのは、多分気のせいじゃあないだろう。

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