第2話 Old Freind
駅前のファミレスには、すでに達也が待ち構えていた。客はまばらにいて、仕事を一息入れにきたおじさん方だったり、子ども連れの母親も目に入る。大人たちはすでに休みはとうに終わっているというのに、ガキは呑気なものだと悪態つかれそうな感じがする。あまり目立たないように、店内へ入っていった。
達也はすぐに見つけられた。派手なアロハシャツを着こなし、窓側の四人席を陣取っている。俺が近づいていくと、口で動かしていたストローをはずし、すぐにいつもの人懐っこい顔へと切り替えた。
「よ、雄介」
「おう」
コツ、と俺たちは互いにグータッチをした。そして、困ったような笑みを二人とも浮かべる。あの頃の習慣がまだ失せていない。そういう意味では、俺もこいつもなんら変わっていないのかもしれない。悔しいことに、な。
「とりあえず、お前もなんか頼めよ」
そう促す達也の手元には、すでに半分以上のメロンソーダが消滅している。向かい側に座った俺はメニューに手を伸ばさず、「そうだな」と頷いた。
「いやぁ、お前背伸びたか? 俺とおんなじくらいになってね」
俺は口をつぐむ。開始早々、親戚のおばちゃんみたいなことをいわれてもなぁ。
そのタイミングで、バイトと思われる店員が水を運んできてくれた。ここぞとばかりに、「すいません、注文します」と話を逸らす。
「はい、お決まりですか」
「えーと、ドリンクバーを」
「はい、一つですね。ごゆっくり」
店員さんが背中を向けてから、俺は一つ大きな深呼吸をした。
「身長、俺が伸びたんじゃなくてお前が縮んだんだろ」
ぶふぉ、と達也が口を押えて、ケタケタと笑い始めた。
「雄介、そりゃねーよ。俺がなんかの呪いにかかってるみたいにいうなって」
達也の図太い笑い声が、店内に響きわたる。俺は注意するのを諦めて、じっと黙っていた。昔なら、言葉で忠告してたり、しなくてもデコピンを与えるなりなんなりは実行していただろうに。いきなり連絡が来て、いきなり呼び出されて、いきなり会って、いきなり笑い転げて――達也「らしい」で済まされるものなのだろか。
「達也」
「……ん?」
ヒーヒーと笑いを抑える旧友に、俺は真顔のままいう。
「本題に入ってくれよ」
「本題?」
「なんで、今日呼び出したってことだよ」
「あー……」
ばつが悪そうに、達也は窓の方を向く。いつもの癖だ。都合が悪いと、そっぽを向いてごまかす癖。
「ニュースって、晴人のことだよな。その件で俺にいいたいこと――」
「来るんだ」
来る。「何が?」
「朱音が。だから、朱音が来てからにしよって」
そういうことなら、先にいってくれ。俺は文句を付ける気力も失せ、ゆっくりと立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「ドリンクバー」
端的に答えて、俺はその場から離れた。
ドリンクの種類が豊富なことでも知られているこのファミレスでは、いつも迷いながら決めている。その度に、まだ飲んでいないものを選ぼうとするが、「あれ?これ前飲んだか……いや、飲んでないよな……」と記憶も曖昧になるため、結局無難な「コーヒー」という選択肢に落ち着くのが定番だ。だが、この暑い中、ホットコーヒーはおろかアイスコーヒーで喉をうるわそうという気にはなれなかった。適当に氷を入れて、ウーロン茶のボタンを押す。
ストローも持たずに帰還すると、元居た席に女子がいた。後ろで髪が結ばれ、露出が多い恰好をしている。それで大人っぽさをイメージしているつもりなのだろうか、と俺は残念に思った。
朱音は横で突っ立っている俺に気づくと、あまり歓迎していないような目で見つめてきた。
「なんだ、雄介じゃん。つまんないの」
はいはい、と俺は達也の横に詰める。大きいサイズの隣に座るとはいえ、席のスペースは十分にあった。だが、汗っかきの達也と近いのはあまり良策とはいえなかったかもしれない。実際に彼の首筋には、今俺が持ってきた氷入りウーロン茶のコップと同じような液体を滴らせていた。
「なぁ、雄介」達也が訊く。「そっちの学校はどうだ? 私立なんだろ」
俺は小さく口を開いた。「まあな」
「東京にあるんだっけ」今度は朱音が投げかけた。
「こっから電車で一時間。はっきりいって後悔してる」
「バカだねぇ。中三の頃のあんたに見せてやりたいわ」
こいつも大概バカなのだが。
「人のことを棚に上げるな。お前はどうなんだよ」
「あ、ウチにベンキョーのこと質問するのやめてもらっていい?」
「……ったく、相変わらず」
俺はウーロン茶を口に運んで、続く言葉を飲み込んだ。ほんと、この女は。すぐ調子に乗る野郎だ。
だが、俺がここに来たのは昔を感慨深げに話すことでも、近況報告することでもない。達也と朱音が、「そっちの学校は水泳が強いんだってな」「達也は東高でしょ? だから野球とか?」「いや、俺んところは――」などと雑談する余裕も心境もないはずだ。
「おい、達也」
「――でさ、そこの先輩がめっちゃごつくてさ――」
「おい!」
空気が凍り付いた。客が少ないのが幸いだった。俺はたたみかけた。「話してくれ」
「ちょっと、雄介?」
「お前は静かにしてろ」
「はぁ? 何、その言い方? いきなり会話に割り込んできて、偉そうな態度とってんの?」
「朱音。悪い」
達也が制止した。「わかったよ、雄介」
・ ・ ・
中学二年まで、俺たち四人、クラスは違えどいつも集まるとなるとこのメンツだった。自他ともに認める、「仲良しグループ」だった。俺はその一員であることで、ある程度の優越感はあった。
変わったのは、中三になってから。たまたま、ほんとにたまたま、皆が同じクラスで組まれたときからだった。
最初は、驚いたし嬉しかった。最後の一年をこいつらと過ごせる。その安心感が、胸を埋めていた。それぞれの部活を引退し、本格的に受験勉強に差し掛かろうとしたとき、ちょっとした事件が起こったのだ。
晴人がバスケ部の先輩から、嫌がらせを受けているということだった。
俺は寝耳に水だったし、あとの二人もそうであったはずだ。はじめは、この件を教師に訴えることも考えた。でも、はっきりいってそれは煩わしかった。俺と晴人は塾に通っていたし、あまり遊ぶ機会も減っていたためにそれは絶好の機会だったといえたかもしれない。「受験に集中する」という名目を立てて。
・ ・ ・
「俺たちは、晴人をハブった」
達也が苦々しく言い放った。
「おい、ハブったってそんな――」
「そうに決まってるだろ!」
ガチャン、とテーブルが大きな音を立てて揺れる。何人かの視線がこちらに注がれた気がした。
「……俺たちは、俺たちは、あいつを除け者にした。邪魔者扱いをした」
「それってさ」朱音がいう。「雄介が原因じゃないの?」
「はぁ? 俺?」
「だって……雄介の私立受験に影響出るから、俺らとは関わるなって――」
「勝手に話を作るんじゃねえよ。お前は、なんの名目もないくせに俺たちに勝手に便乗してさ。勉強なんか一切しないで、裏でバカ女共とツルんでいたの知ってるんだからな」
「はぁ? うざ。それは関係ないだろ」
「あるし」
「だからなんだよ!」
ドン、と激しい音で机が衝撃を受け、コップの液体がぐるりと揺らいだ。「――だから、お前らにとっても不都合だろ?」達也がいつもの陽気さを失った恐ろしい目で俺たちを見据えた。
「いいか、俺だけの秘密だ。誰にもしゃべっちゃいけない。家族にも、あと警察にも」
「警察……」
俺は、乾ききった喉をゴクリと唾で濡らした。
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