生贄セルフィッシュ

蓮見 悠都

第1話 Tragedy




 じゃんけんぽん。その合図で4つの形が中心に集まる。グー、パー、グー、チョキ。

 おー、とお互いがお互いの顔を見合わせて、緊張状態が一瞬だけ緩む。だが、すぐに戦闘体勢。4人の作られた拳が再び集まって、腕の筋肉に力がほとばしる。


晴人はると。お前何出す?」


「いうわけないだろ」


「あっそう。ちなみに朱音は?」


「あたしは……どうだろうねー」


「そういう達也はどうなんだよ」俺は訊いた。


「俺? へっへ、じゃあパーを出す!」


「おっ、パー宣言出ました!」晴人が囃し立てる。


「てことで雄介。お前は何を出す?」


 そう問われた俺は、「勝つものを出す」と答えた。


 ニヤリと笑いを送り合う、俺と達也。


「おーし、じゃあいくぞ。じゃんけん」


 達也の呼び声で、俺らは一斉に、勝負のピースを突きだした。


 ぽん。


 グー、グー、グー、チョキ……。


 虚空に舞う俺の指が、へなへなと崩れ落ちた。敗北宣言のようなものである。


「はい、雄介のまけー! おごり確定な!」


「ちょっと、達也。セコくない?」朱音が笑いながら指摘する。


「いやー、これも勝負勝負」


「そういう朱音だって、しれっとグーに合わせてんじゃん」晴人の鋭い発言に、朱音はばつが悪そうな顔をした。「た、たまたまだよ。グーゼングーゼン」


「お前ら図りやがって」


 ほんと、いい性格してる奴らだ。達也も、晴人も、朱音も。たかが休日、たかがファミレスの飯代でこれだけ盛り上がるなんて、大袈裟にも程がありそうだ。

 でも、俺らはみんな笑っていた。この幸福を噛み締めるように。永遠に続くものであると錯覚しているように。



     ・   ・   ・



 夏休み最終日の惰眠を目覚めさせたのは、一通のLINEだった。しかも、懐かしの友人から。


『ニュース見た?』


 十文字にも満たない文章。その送り主を寝ぼけた目で確認すると、『たつや』のひらがなが映った。


 感慨に更ける前に、頭には疑問符が飛び散った。中学卒業から一年半も経った今ごろになぜ? それにニュース? なんのこっちゃ。


『何? ニュースって』


 そう返信すると、10秒と間を置かずに既読が付いた。返事が来るのを今か今かと待っていたのだろうか。


『いいからニュース見てみろよ』


 俺はさらに眉を潜めた。


『もったいぶらず教えろよ』


『自分で見た方がはやい』


 やけに、口のチャックが固い。自分でいうのが憚られるほどの何かなのだろうか。それとも、単なるからかい?

 わけがわからないので、とにかく布団から体を起こし、そのままリビングに直行した。時間は、ちょうど全国ニュースが始まろうとするタイミングだ。ドタドタと部屋に入ると、母親が顔色のよくない表情で立っていた。


「おはよう。あんた、ニュース見なさい」


と、朝の挨拶も適当にテーブルへと誘いだ。

 席には食パン二枚とブルーベリー。それに手を付ける間もなく、テレビの中の時報が鳴った。

 深刻な表情をした男性アナウンサーの前に、テロップが出される。


『楢北市高校生 同級生を切りつける』


 ウチの市じゃん。

 アナウンサーの機械的な喋り口をバックに、画面いっぱいに映像が流れ出す。


「昨夜、楢北ならきた市の工場跡で、17才の少年二人が血を流して倒れているのが発見されました。病院に運ばれましたが、二人とも意識不明の重体です。警察は、同市に住む同級生を殺人の疑いで逮捕。犯行を認めているとのことです。三人は同じ楢北市の高校に通う男子生徒で、調べに対し、『いじめられていたから、やり返した』と話しているそうです――」


 俺は声が一つもでなかった。ニュースと、達也のLINEの不自然さが見事に一致して。

 現場として撮されていた工場――遠い昔、潜入と題して、あの四人で侵入したことがある。


 そのすぐ近くに、石見晴人の家があるからだ。











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