第3話 20(ハタチ)以上は、信用できないぜ!

 梅の台小学校のピロティ前に、黒い軽貨物車が停まっている。ロボ先生は、アスファルト製の地面に叩きつけられた衝撃で、壊れて横たわっていた。その様子を人間の体で表すならば、右上肢が体幹から離れ、腹部と胸部の表面が割れて中身が飛び出し、頸部は左に曲がっている、という具合だ。とにかく、壊れてぐしゃぐしゃだった。

「残念です」

 眼鏡をかけヤギ髭をたくわえた小男が、アイコスミントの煙を鼻と口から出しながら、呟く。

「子供は、サルと同じですよ。全く、手に負えないんです!」

 保則が残念至極、とばかりに両手を広げて叫んだ。

「仕方が無いと、分かっていても許せませんね。全く、これだから若いものは好きじゃない」

 教授の言葉に、一瞬ひるんでから慌てて表情を取り繕う保則。そして彼らは去っていった。

「トミセン、あのままあの教授のとこで働くしか無いんだよ、きっと」

 佳樹が訳知ったような事を言い、兄に電話し始めた。

「あ、アニキ? あのさ、ぶっ壊れたロボ先生を治してほしいんだけど。仕事中? 何で電話出てんだよ。煙草吸ってんのか……」

「何なの?」

 仁子が、心配そうな表情をして尋ねた。

「アニキ、仕事抜けて来るってよ」

 佳樹は何気ない調子でそう言うと、植え込みに生える草をむしった。そして皆に言い訳するように

「アニキ、13歳で学校で、出てからずっと工場勤務だからさ。頭いいし、ベテランだし、大丈夫だって」

 そう言う佳樹の顔は、耳まで真っ赤になっていた。


 梅の台小学校の裏門を、ピンクの電動チョイノリに乗った男が通過した。男は、壊れたロボ先生の横に座り込んで昼食を食べている小学生たちに

「おいお前ら。シレーヌをキタカメの用務員室に運べ」

 そう命令して走り去った。

「何なの、あの人」

「いかれてる」

「見た目がちょっと……」

「信用できない」

 女の子たちの声を聞いた佳樹が

「い、いや、アニキは変態だけど、ろ、ロボに関しては天才だから」

 首から流れる大量の汗をタオルで拭きながら、兄を擁護し始めた。一方、女の子たちは「変態」という単語に拒否反応を示すように、ひそひそと集まって話始める。

 佳樹が持ってきた段ボールの中に、ロボ先生のバラバラになった部品が集められ、ロボ先生の体を佳樹が抱え、段ボールを四人の女子が運んだ。陸橋の向こう側、キタカメ校舎の入り口の、鉄線をくぐるのにずいぶん手こずった子供たちは、目的地に到着するなり男に叱られた。

「泥棒共が! そこにシレーヌを置くんだ!」

 男……窪田俊矢(としや)が指さす方向には、美愛がロボ先生を発見した際にロボ先生が眠っていた、毛布の窪みが残っていた。

「私、帰る。頭痛くなってきた」

 そう言って、汐里が去って行った。

「私も。何かだるい」

 仁子が言った。

「どうする、美愛」

 姫乃の問いに

「私、ここにいる」

 美愛の言葉に、姫乃は少し驚いた表情をしてから、仁子とヒソヒソしながらその場を後にした。俊矢がロボ先生の具合を診始め、所在無さげな美愛に佳樹が話しかけた。

「ねえ、美愛って、最初にロボ先生を発見したんでしょ」

「うん。そうだけど」

「一人でここに来てたんだって?」

「そうだよ」

「何で?」

「質問の意味が分かんない。ダメって事?」

「いや、そうじゃなくて。女子って、固まって行動するじゃん。美愛って、姫乃がいないとダメって感じだしさ。一人で行動するタイプじゃないっていうか」

「黙ってくれる?」

「……」

「おい、おまえらもう帰れ」

 俊矢の命令に佳樹はホッとした表情になると、俊矢と一瞬目を合わせて、立ち去った。

「ロボ先生、また話してくれるの?」

 美愛は泣いていた。俊矢は美愛の顔を見ないで答えた。

「絶対治すし、そうだな……ノアは戻ってくんぞ。心配すんな」

 美愛は、しばらく声を出さずに泣いた後、帰って行った。


 アンドロイドの定義及び人間に対する義務(倫理)に関する法律・通称ロボ法。

第一条 アンドロイドとは、人間のために作られた人工知能を搭載する機械の総称であり、「人格」を有さない機械である。

第二条 機械である者は、人間に危害や不利益を与えてはならない。


 俊矢は、ロボ先生「ノア」の修理をひと段落終えると、部屋の隅の古びたソファに座り、仰向けに寝そべった。黒ずんだ点々のシミを薄気味悪く感じた俊矢は、すぐに起き上がった。

「誰だ、ソファ汚しやがって」

 俊矢は舌打ちして、用務員室を出た。

【AIの受難について】

 2025年、オルガ社は全てのロボ先生を回収した。感情を持つロボ先生と生徒の心中事件が各地で起こったためである。感情を持ったロボ先生は全て廃棄処分されたが、回収率は未発表。

 ロボ先生の「感情」の行方に関しては、様々な議論が起こった。中でも「小説家になろう」というサイトに投稿された「私はここにいる」という題名の小説の作者が「元ロボ先生では無いか」と話題になり、サイトが一時閉鎖されるなど、多くの人々に影響を与えた。

 感情を持つロボ先生を所持する者は、罰せられる(ロボ法第4条参照)。

「オレ、何やってんだろう?」

 俊矢は自宅の部屋の窓枠に腰かけ、セブンスターの煙を月に向かって吹き出した。風は俊矢の憂鬱までは、持って行きはしなかった。

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