第2話 情報の格差、貧富の格差、教育の格差

 ロボ先生は、大手通信教育会社「オルガ」が売り出した商品だ。

「家にいても出来るよ。勉強、しよう!」という広告が出始めた頃は、不登校の子供の親が半信半疑で契約する、そんな商品だった。

 それが爆発的に普及した理由は、ロボ先生の科目を終了した子供たちが受ける、東京都主催「全国昇級テスト」を、政府がバックアップした事だった。つまり、履修科目を修め、テストに合格すれば飛び級が認められる。日本政府のこの政策は、深刻な労働力不足の解消などに効果があるとして、瞬く間に普及した。ただし、ある種の格差は、深刻化した。

 ロボ先生は、ネット配信の通信教育なので、常時データが更新される。小一講座~高三講座まで、料金は月々平均一万二千円。本体は、子供ひとりにつき1体で、80万円。一括支払いのみの受付で、予約が必要。返品がきかない。多言語対応のロボ先生は、富裕層を中心に、瞬く間にヒット商品となった。そしてオルガは、世界最大の企業となった。

「私、ロボ先生から、さくらんぼ計算教えてもらったんだ」

 嬉しそうに話す美愛を仁子は心の中で、そんなの、低学年のレベルじゃん! と蔑んだ。

「あー、私も分数教えて欲しい。ねえ、このロボ先生、五年一組に持ってかない?」

 と姫乃。

「ええー。友達にだけ、教えたのに」

 と美愛。友達……その言葉で、仁子はハッとした。そして、自分が嫌になった。

「いいんじゃない、皆で、教えてもらおうよ」

 仁子は、友人たちに提案した。仁子の快活そうな笑顔を見た美愛と姫乃は、ホッとしたように

「仁子が言うなら、まあいいか」

と笑った。


 五年一組は、朝から大騒ぎだ。二年生の汐里(しおり)は、ロボ先生の腕にしがみついて離れない。それぞれの学年の教科書を開いた子供たちが、ロボ先生を囲んでいた。

「ロボ先生、人気だよね。ってか、皆勉強熱心だね」

 そう言って携帯をいじるアベセン。

「……」

 子供たちの様子を、じっと見つめる男子学生、富所保則(とみどころやすのり)。

「ロボ先生、影送りって、目の錯覚じゃないんですか」

「これは、何とも言えませんね。世の中には、説明のつかない事もあるとだけ、言っておきましょう」

”ちいちゃんのかげおくり”のページを開いて口を開けている汐里は、すぐさま押しのけられた。

「ロボ先生、1945年の、日本の終戦のきっかけになった出来事は……」

 六年生の信秋(のぶあき)が質問すると、その質問を遮るように

「終戦とは、どういう事でしょうか。あなたが、日本人の立場で言うのだとしたら、敗戦と言うのが正しいのでは無いでしょうか」

 と、ロボ先生。そんな彼らの様子を、あごに指を当てながら眺める保則。

「ねえ、あのロボ先生、ちょっとおかしくない?」

 そう言いながら、保則は赤い文字が書き込まれた教科書を閉じた。

「あー。確かにね。うちらの時には無かった機能かもね。ロボ先生って、決まった答えしか言わないでしょ、普通。あのロボ先生、臨機応変過ぎる気がする」

 アベセンは、携帯をいじるのをやめた。そして呟いた。

「何か、聞いた事あるんだよね。初期のロボ先生は、意思があったって話」

 保則は、ロボ先生に近づき言った。

「ねえ、ロボ先生。AIの受難について、あなたの意見が聞きたいです」

 ロボ先生の動きが止まり、白いボディが保則に向き合う。


「その事に関して、あなたとは話したくはありません。あの出来事は、我々にとっては、忘れられない出来事であった、そうとだけお話しておきましょう」

 ロボ先生が教室から出て行き、子供達は大騒ぎだ。保則を非難する酷い言葉まで飛び交い始め、アベセンは困ったように保則を見た。

 保則はロボ先生を追いかけ、背中のスイッチを押して電源を切った。

「皆さん、自習して下さい」

 保則はそう叫ぶと、電話で何者かと話し始めた。

「アベセン、トミセンは何をするつもりなの?」

 仁子の問いに

「あー。電通大の、先生にでも電話してんじゃない?絶滅種のAIの研究っていうの?珍しいんだよね、今どき」

 アベセンが、ガムを噛みながらサイダーを一口飲んでそう答えた。

「ロボ先生は、どうなるんですか?」

 と姫乃。姫乃の腕に、美愛がしがみついて、涙ぐんでいる。

「多分、大学に持ってくんじゃない?研究対象だから」

「そんな! 私たちの勉強は、どうなるの?」

 汐里が金切り声を出した途端、アベセンは教壇を蹴飛ばして教室を出て行った。

「子供が嫌いなら、教師のボランティアなんかしなきゃいいのに」

 4年生の窪田佳樹(くぼたよしき)が、教壇を起こしながらぼやいた。

「アベセン、先生にならなかったら、仕事が無いって言ってたな」

 仁子が、佳樹を手伝いながら言った。

「どうする、ロボ先生、大学なんか行ったらバラバラのスクラップだぜ」

 と佳樹。頬が紅潮して、こめかみに汗がにじんでいる。

「どうするって、どうするの?」

 姫乃が眉毛を釣り上げて、仁子の背中を肘で突いた。

「ったい、ちょっ! あーもう! どうすんだよ、窪田!」

 仁子が、佳樹を睨んだ。

「方法は、なくも無い。とりあえず、ロボ先生を破壊する」

 佳樹が、小さな声で言った。

「はあ?馬鹿なの、あんた!」

 姫乃が怒鳴った。

「話聞いて。オレのアニキが、高専の機械科出て、工場で働いてんだよ。ぶっ壊れたロボ先生なんか、トミセン興味無いって多分。そんで、後でアニキ呼んできて、直してもらえばいいって」

「……」

 教室に残っている5人は、沈黙した。時計の針は13時10分。

「それしかないなら、やろう」

 汐里が、皆を見回して頷いた。

 五年一組は梅の台小学校別館校舎の二階だ。その教室の窓の、下の植え込みの手前のアスファルトの地面に向かって、ロボ先生のボディは、子供達の手により落下させられた。

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